2013年7月31日水曜日

母語の習得と幼児教育(2)

今回は母語を習得するのに好ましい幼児期の環境について触れてみたいと思います。

読んで字のごとく母語の習得においてカギとなるのは母親です。
子供は一番身近で一番愛情を持って接してくれる人の言葉を母語として習得していきます。

特に2歳前後の言葉の噴火・爆発の後は、カタコトであっても言葉によるコミュニケーションの範囲が一気に広がっていきます。

特別なことをしなくとも子供は自然に母語を身につけていきます。
しかし、
環境によっては、母親との接触が少ない場合などで母語習得の機会が減ってしまうことがあります。

ましてや都会での仕事を持った母親の場合は、長時間にわたる保育施設への委託などで基本的な母語習得に影響が出る場合もあります。


今でも田舎の方ですと、昔ながらの地域で子供を育てる環境があります。

同居、またはすぐそばに祖父母がおり、毎日のように子供に声をかけ肌をふれ合います。

隣近所は顔を合わせるたびにあいさつを交わし、子供に話しかけてくれます。

母親は常に穏やかな気持ちで子供に接することができますので、子供は安心して育っていきます。



特別なことをしなくとも子供は自然と母語を習得していきますが、母親の接触機会の多少によってはその習得度合いに変化が出ることはありうることだと思われます。

母親一人での子育てはできません。
家族であり、隣近所であり、周りのサポートがないと子育ては大変難しいものになってしまいます。

そのことは当然、母語の習得にも影響してきます。

特に自律性が備わっていない乳幼児期は母親の精神状態も大きく影響を及ぼします。


母語習得に絞ってみると、一番大切なのは語りかけです。

外部から入ってくる音を真似ることと何度も同じ声を聞くことが、母語の習得における基本パターンです。

子供にとって一番素直に受け入れられる声やリズムは母親のものです。
語りかけや絵本による読み聞かせが効果が大きいのはそのためです。

理想的には父親や祖父母の声が混ざることが、後々の世代間の言葉ギャップによるコミュニケーションの欠落を防ぐことにもつながるのです。

70歳の祖父と10歳の孫の会話が成り立たなくなってしまっては文化の継承は不可能になってしまいます。

子育てに祖父母の協力が大切ということには、将来的な世代の離れた言葉のギャップを埋める力があることがふくまれているのです。


読み聞かせには具体的には3つのものがあります。

一つはいわゆる絵本による読みきかせです。
あとの二つは「数え聞かせ」「歌い聞かせ」と言い換えることができると思います。

どのタイミングでこれを行うかは子供の興味や関心を日々感じながら、試しながらやっていくことしかありません。

「数え聞かせ」と「歌い聞かせ」が同時にできる「数え歌」がどんどん消えていっていることはとても残念なことです。

地方独特の数え歌も存在していますが、それを聞くことは最近ほとんどなくなりました。
発達過程や年齢に応じた「数え歌」はもっとあっていいと思います。

そのうち作っていきたいと思っています。


さて、一番効果の高い読み聞かせですが、逆効果になるまたは本来の効果が発揮できず子供の成長を妨害するやり方があります。

効果的な読み聞かせは、仕事を持った母親の子供との接触時間の少なさを補う効果があることが認められています。

やっていけない読み聞かせは、ついやってしまいがちなので余計に注意が必要です。

やってはいけない読み聞かせ方法は以下の内容です。

1.読み聞かせる本は親が選ばない。

2.何度も同じ本を持ってきても拒まない。

3.途中で子供が飽きてきたら無理に続けない。

4.遠くから読み聞かせない。

5.面倒がって早口にならない。

これらのことをするとせっかくの読み聞かせが逆効果になることがあります。

それぞれの内容については次回に見ていくことにします。




2013年7月30日火曜日

母語の習得と幼児教育(1)

どんな言語であっても母語の習得について一番大切な時期は2歳から5歳ころまでであることは今までも何度か述べてきました。

この時期は人間の脳が一番発達する時期であり(脳の容積が一気に約4倍になる時期です)、母語の習得にかかわらず人としての基本機能を習得するとても大切な時期です。

この時期に興味を持って何かに集中的に取り組めばいわゆる天才を作ることが可能であることもわかっています。

かつては実験的に芸術的分野や高等学問的分野において、そのような取組がおこなわれてきたこともありました。

しかし、ある時期までは記憶や技術的習得において天才的な発達(吸収力)を見せたものの、その後の一般生活においては思考的な欠陥が生じることもわかってきました。

それ以降、幼児期における集中的な偏った習得は、人としての思考力を育てるための弊害になるとして英才教育は消えていきました。


その後の研究によって、この時期は将来の思考の基礎である(思考するための道具である)母語の習得こそが、その後の可能性の広がりと思考力の育成につながることがわかってきました。

考えてみれば当たり前のことですが、知識の習得はすべて母語によってなされるわけですし、思考はすべて言語によってなされるからです。


知識の習得のための母語の基礎は2歳から5歳の間で完成します。

その後は10歳くらいまでの間で母語をベースにした第一言語を習得し、思考するための道具である言語を身につけていきます。

それ以降は様々な思考方法に触れたり、語彙を増やしたりしながら思考する道具を磨き上げていくことになります。

特に日本語のように大きな言語(膨大な語彙数、多様な表記文字種、複雑な文の構成など)は母語を習得することによって、母語の中にある感性を習得しないと使いこなすことができません。

その後の学校教育の中ですべてのことを教えることはできないからです。

学校教育で教わらなかったことでも、聞いたり読んだりした時に精確ではなくとも何となく理解できるのは、この感性のおかげといえます。

全く言葉を使う環境になかった子供(例えば奇跡的にジャングルで育った子供など)は、15歳くらいを越えてからは一切の言語を身につけることはできないという調査結果があります。


言語が身につかないということは思考ができないことを意味します。

思考は言語でなされます。

言語の基礎である母語が身につかないと、記憶することはできてもその記憶を使いこなす思考が育ちにくいことになります。


では、母語の習得において一番大切な時期である2歳から5歳の時にどうしたらいいのでしょうか。

特に意識しなくとも子供は自然に母語を身につけていきます。
2歳前後には言葉の噴火・爆発と呼ばれる、一気に言葉を発し始める時期が来ます。

一番大切なことは、母語の習得のために妨げにになる英才教育的なことを一切やらないことです。

幼児期の英語教育や偏った分野の芸術教育や学問教育が最大の妨げになります。

親からしてみたら、何をやらしてもスポンジが水を吸うように吸収していきまので、その成長過程は見ててたのしくもあり、将来の無限の可能性を感じるかもしれません。

しかし、そのことが母語の習得の機会を減らすことによって、逆に将来の無限の可能性を封じ込めることになるのです。

ましてや子供の興味がそこにないのに続けることは、拒否反応を植え付け将来的な欠損に結びつく可能性が大きいことが研究されています。

人として生きるための最大の推進力である、思考することの力を削ることにつながるのです。


今回はまず、母語習得のための最大の障害について触れてみました。

次回は、母語習得のための好ましい環境について触れてみたいと思います。



2013年7月29日月曜日

語源を同じくする言葉

古代の「やまとことば」にある動詞はきわめて少なかったと思われます。

漢語が入ってきたときに与えられた訓読みが同じ漢字は、もととなる語源が同じであると考えられます。

漢語の導入以前には文字がありませんから、話し言葉しかありません。

同じ音の言葉を区別する術はありませんから、漢語導入時につけられた訓読みが同じ漢字はもとは同じ言葉であることになります。

動作を表すのが動詞ですので、同じ訓読みを持つ漢字には必ず共通する動作があるはずなのです。

同じ動作(動詞)を異なる漢字の訓読みに充てているので、もともとあった言葉の意味はかなり広い範囲を表す言葉であったことがうかがえます。


たとえば、「かく」という動作を表す訓読みを持つ漢字は、「書く」、「掻く」、「描く」などがあります。

この3つの言葉に共通する動作から、「かく」という動作が手をこするように動かすことであることが想像できます。

もともとの「かく」を漢字の持つ意味に合わせてより詳細に表現した訓読みと言えるのではないでしょうか。


漢字の訓読みが同じものは、継承されていく過程で音に変化が生じていない限りは同じ動作を表

す「やまとことば」を語源としていると思われます。

たくさんある訓読みのひとつとしては「はかる」があります。

漢字を考えてみますと、「図る」「測る」「計る」「量る」「諮る」「謀る」などがあります。

話し言葉しかなかったときは、抽象的なことを表現することはほとんどできなかったと思われています。

これらの「はかる」は2つのグループに分かれます。

一つは「測る」「計る」「量る」の具体的に何かをメジャーする「はかる」です。

もう一つは「図る」「諮る」「謀る」の頭の中で計画する「はかる」です。

この2つグループともそのもととなっているのは具体的に何かを「はかる」ところからきていることは想像できるところだと思います。

第2のグループは頭の中で「はかる」という動作をするようになったと言えると思います。

結局はこれらの言葉もその語源とするところはすべて同じ具体的な動作としての「はかる」なのです。


このように同じ訓読みを持つ漢字は、語源は同じと考えてよいようです。

語源の方が広い意味を持っている動作を表していることがほとんであり、訓読みとしてその言葉を与えられ漢字は、その字が持っている意味と語源とによってより具体的な内容を示していると言えます。

日本語の語彙が豊富な理由の一つがここにもありました。

2013年7月28日日曜日

文法がなかった日本語

言語には2種類の見方があるようです。

とくに言語を比較する場合は何らかの基準を設けないと、比較することができません。

そのために、一つの方法として「文法と語彙」に分けて考えることをするそうです。

また、実際の使われ方については「話し言葉と書き言葉」について考えたりもします。

今回は、「文法と語彙」の方を少し覗いてみたいと思います。


もともと日本には文法という考え方がありませんでした。

明治維新以降に西洋の言葉が一気に大量に入ってきたときに、文法に沿ってできている文章に美しさを見つけ、文化の開きを感じたことが始まりと言われています。

もともと文法という考え方がない訳ですから主語,述語がなく、場の状況や描写を意識して言葉を捜して会話してきました。

その場の雰囲気を大切にして言葉をつないできたのです。

そこに西洋より採り入れられた文法という考え方を無理やりあてはめたわけです。

通常、文法については研究者の名前を取って〇〇(式)文法と呼ばれます。

どの文法研究においても必ず例外が数多く存在しています。

もともと文を構成する規則性を持たずに1000年以上を経過した言語を、無理やりに分類してあてはめたわけですから、そこいらじゅうに説明のつかないことがあるのは仕方ありません。


日本語は主語や述語が省略されることが多くて分かりにくい、とよく言われます。

文法から考えるとこのような言い方になってしまうんですね。

もともと、文法なんかないわけですから、主語も述語も省略も何もないんですね。

自由奔放に飛び交う言葉に対して、文法的な理屈をつけてるわけですからその研究は例外だらけになってしまいます。

例外の多さは研究者にとっては敗北感を味わうことになりますので、更に細かく研究していきますと、ものすごい量の研究対象と分析になります。

文法研究に関する書物はとんでもない厚さになっており、ほとんどの研究は完結しておらず何らかの継続課題を残しています。


ところが、論理的に言語を学ぼうとすると文法から始めることが一番頭に入りやすい方法です。

枠(文法)を学んで、その枠にあてはめる要素(語彙)を学ぶのは学習の王道ですよね。

ところが日本語の場合はこの王道をきちんとやればやるほど、例外で頭をひねることになります。日本語を学ぶことが難しい理由はここにもあるんですね。

もし、私が日本語を知らないで日本語を学ぶことになったら間違いなく途中で挫折すると思います。

唯一の方法は、難しさに気付かないうちに学び続けてしまうことでしょうね。



語彙についても日本語は他の言語に比べて、とんでもなく多くの語彙を持っています。

「やまとことば」を残しながら漢語や西洋語、英語も取り込んできたため、異常な情報量の増加も手伝って毎日語彙は増えています。

こんな例があります。

ネイティブ同士の会話の90%程度を理解するのに必要な言葉の数を研究したデータがあります。

フランス語ですと2,000語、英語だと3,000語あれば理解できるそうです。

日本語ですと10,000語が必要だそうです。


どこの国の人でも自分の母語についての文法を意識して使っている人はいないと思います。

母語である限りは使い方は感覚として身についてしまっているからです。

第二言語として学ぼうとした時に、例外の少ない文法があると論理的に学ぶことができやすいということになると思います。

几帳面な人には嫌われるかもしれませんが、日本語は文法を考えないほ方が本来の自由奔放な表現力を生かせる言語です。

日本語特有な文法に囚われない様々な言い回しがあり、その場に応じて表現する言葉が選択できます。

使い方にこだわらない言葉こそ、本来の言葉の活きる使い方も知れないですね。



2013年7月27日土曜日

意味が変わっていく言葉

言葉は常に変化しています。

その意味合いも使われ方も常に揺らいでいるといっていいと思います。

ある言葉が表現されたときに、その言葉から受け取る意味合いが、より多くの人が一致するほうに流れていくのです。

やがて、もともとの意味合いすら忘れられていくことも珍しいことではありません。

今回は、今ちょうど変化の途中にあるにあると思われる言葉を思いつくまま見つけてみたいと思います。


まずは、「役不足(やくぶそく)」です。

一般的には「あいつは課長には役不足だよ。」というと、①課長という役割に対してあいつの力量が足りないことを意味するようです。

本来の「役不足」の意味合いは、②力量にたいして役割が不相応に低いことを表します。

そうなると、使い方も違ってきますね。

本来の意味を生かすならば、「課長はあいつには役不足だよ。」となります。
あいつの力量には課長という役割ではたりない、もっと高い役を担うことができるということです。

実際の使われ方では①のほうが半数以上を占めていると思われます。

いずれは②の意味合いは消えていくことになるでしょう。

正しいとか正しくないとかの判断ではないのです、言葉ですからより多くの人が感じる意味合いに流れていくのは自然なことなのです。

本来の意味と言われているもの自体もある時点での過半数の意見にすぎないのです。


次はこの言葉を見てみましょう。

「うがった見方」

「君はずいぶんうがった見方をするね。」のように使われますね。

なかなかいい意味には取ってもらえないようですね。

意味合いとしては、①疑ったような見方となると思います。

本来の意味は②物事の本質をとらえた見方です。

辞書的な意味では「うがつ」で、人情の機微に巧みに触れる。物事の本質をうまく的確に言い表すこととなります。

したがって本来の使い方としては「君はうがった見方のできる人だ。」のようになります。

これも①のほうが過半数を持っていそうですね。


もう一ついってみましょう、「さわりだけ聞かせてくれるかな。」の「さわり」です。

①ちょっとした部分、冒頭の一節の意味で使われています。

本来の意味は②広く芸能で一番の聞き所となるところ(サビ)、もっとも感動的・印象的な部分となります。

昔からの芸事では本来の意味合いが残っているところもあるようですが、一般的には①の方が過半数でしょうね。

「会議が煮詰まる」という表現があります。

①会議が硬直してしまって意見が出にくい状態、というのが一般に使われている意味のようです。

本来の意味は②会議が活発化して充分に討論され、結論が出る状態にある、こととなります。

私の感じている範囲では、今のところ①②は五分五分といったところでしょうか。


いったん流れ始めた意味合いは、本来の意味や使い方に戻すことはとても難しいことです。

きっかけは駄洒落からかもしれませんし、意図して使われた業界用語からかもしれません。

半数以上が使い始めれば、いずれはその意味や使い方が当たり前の使い方となっていくのです。


天然という言葉があります。

天然ボケという言葉ができました。

ここまでは天然という言葉の使い方としては、天然資源や天然記念物と同じ従来通りの使い方です。

やがてこの天然ボケのボケが省略され「天然」だけで天然ボケや阿呆の意味を持つようになりました。

使い方も今までになかった、「あいつは天然だから。」「お前は天然だなあ。」というようなものが出てきました。

新しい言葉の誕生でしょう。


こうして多くの言葉が新しい意味を持ったり、新しい使い方をされていきます。

今までの意味や使い方からしたら間違っているのですが、絶対的に正しいものはないのです。

言葉は流動的な物です。

ただ、歴史をさかのぼるときにその時代において使われていた意味が分かることが必要になります。

そのための古語辞典の編集や古典文学の研究は欠かせない分野でしょう。

敬意を持ってその成果を見届けていきたいと思います。

2013年7月26日金曜日

新「いろは歌」はどこへ・・・「とりなく歌」

先回の「いろは」に隠された「咎無くて死す」は、江戸時代はかなり有名な話だったようです。

例に出した「仮名手本忠臣蔵」や「菅原伝授手習鑑」だけでなく、偶然だとは言われながらも一部には縁起が悪いから教育用には使うべきではないとも言われていたそうです。


そのせいではないと思いますが、明治36年(1903年)に萬朝報という新聞が新しい国音による歌を募集しました。

その条件は、いろは47文字に「ん」を加えて48文字を、一回ずつ使って歌を作るというものでした。

応募は1万首以上あったといわれています。

賢い人がたくさんいたんですね。

私のような無精者には考えるだけでも頭が痛くなりそうです。

その中で坂本百次郎(埼玉に住む数学の先生だといわれています。)という人が作った「とりなく歌」が採用され、戦前には「とりな順」として「いろは順」と同様に書道の手本などとして使用されていました。

作り方は48枚の一文字ずつ書いたカードを並べ替えながら考えたそうです。

生徒の並び順を「いろは順」でなく「とりな順」で行う学校もあったほど普及したといわれています。

香川県の中学校の書道の先生が、戦後35年たっても「とりなく歌」を手本として使っていたこともあったそうです。


では、「とりなく歌」をご紹介します。

  とりなくこゑす、ゆめさませ          

  みよあけわたる、ひんがしを

  そらいろはえて、おきつへに

  ほふねむれゐぬ、もやのうち


   鳥鳴く声す 夢覚ませ

   見よ明け渡る 東を

   空色栄えて 沖つ辺に

   帆舟群れ居ぬ 靄の中



東を「ひんがし」と読ますことによって「ん」を加えて、見事な七五調の48文字の歌に仕上がっています。

このリズムと言葉の流れに乗れば、今の私たちでも「ひんがし」と読むことに何の抵抗もないのではないでしょうか。

また、「ひがし」と読んでしまっては語呂の悪さを感じざるを得ないと思います。

「いろは歌」に比べると時代がずっと新しくなる分、私たちにとってもとても取りつきやすいものとなっています。


戦後の教育改革によって「あいうえお順」が全面的に採用され、「いろは」も「とりな」も使われることはなくなってきました。

しかし、ほぼ同様に扱われていた「いろは歌」に比べて、「とりなく歌」はあまりにもその後の存在感が薄いのではないかと思います。

「いろは」はすべて言えなくともほとんどの人が存在は知っています。

「とりなく歌」を知っている人は、専門に学んだ人以外はいないのではないかと思います。

素人の私がたまたま見つけることができて、自分で「へ~。」と思っているくらいです。

せっかく見つけることができたこの「とりなく歌」は、このまま埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しい文化財だと思いますが・・・




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2013年7月25日木曜日

「いろは」に隠された怨念

今の時代に五十音表は書けても、「いろは」を書ける人はほとんどいないのではないでしょうか。

「ん」を除き「ゐ」と「ゑ」を加えた47文字による、いわゆるかな文字を覚える手本ですね。

いろはにほへとちりぬるを
わかよたれそつねならむ
うゐのおくやまけふこえて
あさきゆめみしゑひもせす

これを七五調四句で「いろは歌」として意味をつけて覚えやすくしたものが以下です。

色は匂へど散りぬるを
わが世誰ぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて
浅き夢見し酔ひもせす

こちらで覚えている人の方が多いのではないでしょうか。

「やまとことば」についてこだわっていくと、「あいうえお」ではなくて「いろは」に行ってしまうのは自然の流れでしょうね。

そう思っていたら、この「いろは」にとんでもないものが隠されていることがわかりました。

しかも、結構有名な話なんですね。

皆さん知ってました?


日本最古の「いろは歌」の記録が、東京の大東急記念文庫にある「金光明最勝王経音義」(こんこうみょうさいしょうおうきょうおんぎ)と言う仏教の教義を解説した本の巻頭に書かれているのだそうです。

それは、つぎのように万葉仮名で、きちんと七行で書かれてあるそうです。

「いろは歌」は、七五調四句で構成されている歌ですから普通には四行で書かれています。

四行に書けば、字数もそろうし、一行一行区切って読めて、意味もわかりやすくなります。

にもかかわらず、古い記録はわざわざ七行で書かれているのです。

したがって、原文も七行に書かれてあったと見て間違いはないと思われます。。

これをひらがなに置き換えれば以下のようになります。

あえて原文に即して七行詩にすると、各行の一番下の文字を読んだ時に「とかなくてしす」となります。

昔の表現では濁点はすべて省かれていますので、意味ができるように濁点をつけてから漢字にしてみると以下のようにすることができます。

「とかなくてしす」 → 「とがなくてしす」 → 「咎無くて死す」

つまり、罪もないのに殺されるという内容が出てきます。

もともと七行であったものを四行にして広めたことによって、七行ではあからさまになってしまうことを隠す意図があったのではないかと言われています。


江戸時代にはお上のしたことに文句を言えば罪になるが、浄瑠璃や歌舞伎では遠まわしにお上の裁きを批判する物が演じられてきました。

代表作は、「仮名手本忠臣蔵」です。

内容は説明の必要はないと思います。

赤穂の四十七士が主君の敵を打つために、禁じられた仇討ちを行った結果、全員死罪となった話ですね。

私は初めてこの演目を聞いた時から「仮名手本」が気になっていました。

なんで歌舞伎の演目がかなを練習する手本になるのか、意味が分からなかったのです。

一説によれば四十七士を文字数に置き換えて「いろは」に当てたとするものもあります。

「仮名手本」=「いろは」です。

話の内容がまさしく「咎無くて死す」そのものです。

どうしても意図が感じられます。


また、同じく浄瑠璃、歌舞伎の演目に「菅原伝授手習鑑」というのがあります。

学才の菅原道真が政争に巻き込まれ、罪なき罪をかぶせられ流刑にされやがてその地で命を落とすのですが、霊として罪に落とした一族に祟るというものです。

この「手習鑑」=「いろは」の手本ということです。

ここには四十七の数字も表れてきません。

このタイトルを置き換えれば「菅原の咎無くて死んだことを伝え授ける」ということになります。


どうも単なるこじつけだけではなさそうです。

「いろは」に隠された「咎無くて死す」は調べてみるといろいろなところで見ることができます。

日本語って面白いですね。



2013年7月24日水曜日

漢字の使い方、ひらがなの使い方

先回も少し触れましたが、正確さや厳しさ重厚さ、あるいはあえて意識付けする言葉などは漢字で表現することがいいようです。

それとは反対に曖昧さゆるやかさ軽薄さなどは、ひらがなで表現したほうが雰囲気が伝わるようです。

漢語伝来以来の序列で、ひらがなよりも漢語(漢字)のほうが格式が高いものとして扱われてきました。

漢語は政治や国としての公式文書や、位の高い男性の言葉として位置づけられてきました。

ひらがなは女性や子供が使う日常の言葉として、漢語が使えない者の言葉として明確に区別をされてきました。

万葉集において万葉仮名として表現されたひらがなは、宮中における皇族たちの家庭教師として採用されたの女官たちの創作活動によって文学的な地位を確保していきます。

競うように優秀な女官が採用され、女流文学が盛んになりました。

「蜻蛉日記」から始まる平安女流文学は日記文学から物語文学に移行しながら、ひらがなによる文学を確立していきます。

やがて古今和歌集の選者でもある紀貫之が、女性の振りをしてひらがなを使って「土佐日記」を作りました。

以降は身近な言葉としてのひらがなによる随筆的な文学が定着していきます。

私は曲を作りますので、詞には少しこだわりがあります。

メロディを聞かせるための曲もありますが、基本は詞を聞いてもらうためにメロディを付けることだと思っています。

私の大好きなアーティストに日本語使いの「さだまさし」さんがいます。

彼の詞の一部で、こんな漢字の使い方、ひらがなの使い方もあるというものを見てみたいと思います。

「案山子」という曲の冒頭であり、サビでもあります。

漢字にできるものはすべて漢字で書いてみます。

元気でいるか

町には慣れたか

友達できたか

寂しかないか

お金はあるか

今度いつ帰る

この詞で言いたいことは一番最後の「今度いつ帰る」です。

そのために、具体的な心配事を羅列してるわけですね。

日本語ならではの、感情の盛り上がりを感じる詞だと思います。


曲を聴くときは普通は詞を見ません。

音で詞を聞きます。

最近ではTVの字幕に歌詞が出ることもあります。

漢字だらけのこの歌詞が字幕に出たら、曲の雰囲気とは異なってしまうと思われます。

私はひらがなを使ってこのように書きたいと思います。(変えたところは赤です)

げんきでいるか

町には慣れたか

ともだちできたか

寂しかないか

お金はあるか

こんどいつ帰る

3つの観点から置き換えています。

1つ目は都会に一人で出て行った家族を思いやる詩ですので、優しを表現するために音読みを含む漢字をすべてひらがなに置き換えました。

元気→げんき、友達→ともだち、今度→こんど、ですね。


次に最後の「いつ帰る」によりインパクトを与えるために、そこまでに至る否定的な意味で使われている言葉を強調するためになるべく漢字を残しました。

町には慣れたか、寂しかないか、お金はあるか、すべてマイナスイメージで使われていますね。

ここも音読みの漢字言葉が混ざるときつすぎるのではないかと思います。
(感覚ですけど・・・)

訓読み漢字ですので、音読みよりも優しいイメージがあると思います。

先ほどの「げんき」、「ともだち」はプラスイメージで使われていますよね。


最後は一番言いたいところの「いつ帰る」ですね。

今まで流れからすれば「かえる」とひらがなでもいいのですが、少し優しすぎると感じました。

ここは最後に強調するために「いつ帰る」と漢字で締めたいと思います。

置き換わったものを見てみた感じはどうでしょうか。


私たちの感覚の中にはどうしてもひらがなよりも漢字が上位にあります。

漢字にできるものはできるだけ漢字で書きたい。

この字が漢字で書けないと恥ずかしいというのもあるかと思います。

漢字で書けるけどあえてひらがなにしてみると、少し「やまとことば」に近づくと思います。

話す言葉としてはどちらでも同じです。

文字として残す時に、見せるときにひらがなで魅せるなんて素敵だと思いますが。

2013年7月23日火曜日

話し言葉と書き言葉(1)

言葉には話し言葉と書き言葉があります。

文字ができる前から話し言葉はありましたが、その始まりはよくわかっていません。

文字がないときですので記録がないからです。

紀元前数千年の世界最古の文明と言われるメソポタミア文明を作り上げたシュメール人たちは、楔形文字を使っていたといわれています。

日本では、文字の導入は西暦500年ごろの仏教伝来や律令の導入あたりではないかと言われています。
漢語の導入ですね。

この後が奇跡なんですね。

この輸入してきた漢語から、もともと使っていた話し言葉を表記するためのかな文字を作り出してしまうんですね。

しかも導入した漢語はきちんと使いこなしながらです。

それまで使っていた話し言葉と漢語の音があまりにもかけ離れていたからでしょうか?

すでに漢語による音で当時の最先端の文明を作り上げた中国という国があるのに、なぜ漢語の音一色にならなかったのか理由がよくわかりません。


ロシア語はアルファベットの導入から始まっていますが、文字を独特のものに変えたことによってもとのアルファベットはなくなりました。

通常の言語においては表記文字は1種類です。

韓国は漢字とハングル文字の両方を使っていましたが、第2次大戦後漢字の使用を規制しました。

何十年と言う間に漢字を使えない世代が出来上がり、漢字で残っていた文化が消えかかっていて問題になっています。


日本はかなを発明したことによって、漢語導入以前の文化をかなで継承することができました。

更に漢語(漢字)の非常に高い造語力によって多くの言葉を作り出してきました。

やがてこの言葉は漢字使用国にも逆輸出されることになります。


漢語以前の話し言葉をひらがなで継承してきているのです。

文字のないときの話し言葉は発音するその場で消えていきますので、細かなことを表す言葉はほとんどなかったと思われます。

漢語が導入されてからも、日常生活の話し言葉はほとんどがかな言葉であり漢語は皇室・高官の儀礼的な物であったと思われます。

公式文書やインテリの間では漢語による記録がレベルの高いものとされ、かなは女子供が用いる書き文字とされてきました。


漢字の訓読みについてはもともと話し言葉であったものに、意味としての漢字をあてたものと言えます。

したがって、広い意味ではひらがなと漢字の訓読みを合わせて「やまとことば」ということができると思います。

導入された漢語や新しく作られたいわゆる和製漢語は音読みになります。

導入された年代によって同じ漢字でも音が異なったりするので、何種類もの音読みを持つ漢字が存在ます。


漢字は造語力があり細かなことまで表現することができます。

精確さ厳しさを表現するには漢字のほうが適しています。
公式記録に漢語を使用したのがわかる気がします。

書き物として詳細を残す必要がある場合には漢字をたくさん使ったほうが格が上がります。

役所の公式文書や申請書類がまさしくそれですよね。


反対に話し言葉で伝える場合には「やまとことば」を中心に使うととても分かりやすくなります。

訓読み漢字は音で聴けばひらがなですから、とても聞きやすい流れになります。

話し言葉の中で音読み漢字をたくさん使うと話の内容がとても分かりにくくなります。

昔の役人の演説がまさしくこれで、音読み漢字のオンパレードです。

音読み漢字をたくさん使える方が格が高いと思われていたんですね。


また、同じ訓読み漢字でも文字にして伝えるときは漢字の特徴を知っておくとより伝わりやすくなります。

がっちりしたこと激しいこと強調したいことなどは漢字で書くとその雰囲気が出ますし、やわらかいこと漠然としたことなどはひらがなのほうが雰囲気が出ます。

たとえば「きびしい」と「やさしい」で見てみましょう。

「厳しい」と「きびしい」はどちらがよりきびしく見えますか?
「優しい」と「やさしい」はどちらがよりやさしく見えますか?

「厳しい」と「やさしい」になりませんか?


今は漢字変換ソフトあるので、字を知らなくてもキーひとつで漢字にしてくれます。

特にプレゼンテーションや人前で話す機会のある人は漢字とひらがなの使い方一つで、伝わり方が変わってくると思いますよ。



2013年7月22日月曜日

英語との付き合い方(3)

すでに音声入力→音声出力による瞬間自動翻訳のアプリが登場してきています。

google翻訳は音声入力に17言語対応し、翻訳されたテキストの音声出力に24言語対応しています。

認識ミスや翻訳ミスは散見されますが、テキスト表示があるために確認することが可能です。

もう少し時間がたてばミスも激減してくるでしょうし、翻訳スピードもずっと速くなるでしょう。

こうなってきたときに英語を学ぶ必要はあるのでしょうか。


現在の学校教育で約10年間英語を学んできても、ほとんどの人はネイティブの英語話者と会話することができません。

TOEICで800点以上を取っている人でも、会話のできない人はいます。

私たちは何のために英語を学んでいるんでしょうか。
会話すらできない語学学習に意味があるのでしょうか。

答えは簡単です。

高校、大学の入学試験の科目に英語があるからです。

就職試験や推薦入学においても、英検やTOEICが重視されています。
中には他の科目よりも英語の配点が大きくなっていることもあり、受験英語で点数を取るための学習は避けて通ることができません。

この学習は、決して会話ができるようになるためや英語で文学書が読めるようになるためのもではありません。

いわゆる篩(ふるい)にかけるための手段の一つにすぎません。


学校教育で英語を学び始めるのは、学習指導要領によれば小学校5年生からです。

そうなると今度は中学校の入学試験科目に英語が入ってくる可能性があります。

すでに取り組んでいる中学校もあると聞いています。


会話をするのも、論文を書くのも、原書を読むのもすべて翻訳ソフトで対応できてしまうようになります。

下手に自分でやるよりはよほど程度の高い翻訳が、目的に合わせてできてしまうのです。
文字でも、言語でもです。

論文であればその体裁もレイアウトもテンプレートによって自動的に作成されます。

さて、英語を学習して何をやりますか、どう使いますか?


きちんと翻訳してもらえる日本語を身につけたほうがよくありませんか?

日本語は他の言語に翻訳するにはとても難しい言語です。

主語が省略されことが頻繁にあります。
述語が省略されることもあります。
同じことや似たようなことを表現する言葉がたくさんあります。

日本語の特徴をよくわかったうえで、翻訳されやすい誤訳されにくい日本語を使うことを学んだほうが、英語を学ぶよりもはるかに役に立ちそうでが・・・


伝達の道具としての英語は学んでもしょうがないという時代がそこまで来ているんでしょうね。

言語学や民族学としての研究の場合はその基礎としての英語を学ぶ必要があるかもしれませんが、第二言語として伝達の道具としての言葉は学んでも使いようがないことになります。

英語一辺倒になっている現代の状況に疑問を感じてもいい頃です。

決して極論ではないと思っているのですが・・・




2013年7月21日日曜日

英語との付き合い方(2)

英語との付き合い方に触れるためにはどうしても「母語」についてお話しておかなければなりません。

今までも何回か「母語」については触れてきていますが、今回は具体的に第二言語としての英語学習における「母語」の役割について触れておきたいと思います。
(参照ブログ:母語について母語で考える母語は精神そのものあらためて母語について考える母語のいる場所母語と国際語について )


人の思考は母語よってなされています。
母語以外での思考はできないのです。

英語を母語として持つ者と同様の思考をしたければ、母語を英語にする以外にはないのです。

母親の母語が英語であればそれもむずかしいことではないかもしれません。
しかし、
母親の母語が英語でない場合で、子供の母語を英語にする場合は相当な努力を必要とします。

一番間違いない方法は母語が確立する10歳前後まで、英語を母語とする者以外は子供に接しないことです。

そんなことは現実的には不可能ですよね。

母親の持つ母語と違う母語を子供に持たそうとすると、どうしても中途半端な母語にならざるを得ません。

母語は一つしかもてません。

環境的に複数の母語を持つ可能性がある場合は、早い段階で意識して一つにしないと中途半端な母語が身につくことになります。

ごく稀に、母語を2つ持つのではないかと思われる人がいますが、言葉によって使用される母語が異なりますで思考の統一性が失われます。

日本人が論理性に弱いのは日本語という母語の中に、本来ならばそれぞれ独立した言語として存在してもおかしくない、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットが存在するからかもしれません。

しかし、論理性はテクニックですので後天的にいくらでも養うことができます。

日本人が論理性に弱いのは学校教育のせいかもしれませんね。

こんなことを研究した学者はいないと思います。



「理科系の作文術」というロングセラーになった本を書かれた木下是雄先生は、学生たちを指導するときに英語の論文を書くことにあまりの時間を取られることがこの本を書くきっかけだったと言われています。

約10年も英語を習ってきて、なぜ英語の論文が満足にかけないのか。
結論は、
「彼らは英語ができないんじゃない、日本語ができないいんだ。これに気付いた時にすべてが解決した。」と言われています。

名著が生まれる背景にはこんなことがあったんですね。
この本が発行されたのは1981年です。

30年以上前に今と変わらない状況だったんですね。


第一言語である日本語は基本的な母語が形成されたうえに、国語学習によって習得していきます。

これは他の教科と一緒ですね。

国語は基本的には小学校の中学年くらいまでは母語で習得していきます。
そしてそれ以外の教科は国語によって習得していきます。

国語の習得経過に合わせて、他の教科の教科書に使われる言葉が変わっていくのです。

国語の学習が遅れると、他の教科の学習についていけなくなるのはこのためです。


母語が日本語の場合は思考が日本語でなされますから、英語を使う場合には頭の中で日本語から英語への翻訳が行われます。

英語が使いこなせるということは、この翻訳が効率よく行われることに他ならないのです。

先回も述べましたが、日本語は英語よりもずっと大きな言語です。

置き換える言葉は日本語よりも英語のほうがずっと少ないのです。
置き換えるべき言葉さえわかってしまえば、この翻訳はさほど難しいことではありません。

反対に、英語が母語の者が日本語を使う場合は、一つの言葉に対して置き換える言葉がたくさん存在します。

しかも母語が英語ですからたくさんある言葉からどれを使えばいいのかという思考は英語ではできません。

おきかえる言葉の数だけ使い方をマル覚えするしかないのです。


母語が日本語である以上、その日本語を使いこなせる以上、英語を使うことは難しいことではないのです。

母語形成期にしっかり母語を習得することの方が、幼児期や小学校低学年で英語を学ぶことよりもはるかに英語習得のためになるのです。

いつでも英語は使えるようになるのです。

英語を学ぶことよりもよりも、しっかり母語を身につけて日本語を使えるようにすることの方が遥かに大切なのです。



2013年7月20日土曜日

英語との付き合い方(1)

最近、幼児の母語教育の大切さを伝えるときに、幼児期の英語教育についての質問を受けることがとても多くなっています。

前にも触れたことはありますが、直近の状況を取り込みながら何回かに分けて改めて英語との付き合い方について触れていきたいと思います。
(参照:これからは日本語力・・・英語との付き合い方


今の日本においては英語を学ぶことから逃れることはできません。
理科系でも文化系でも大学入試までずっと英語という科目がついてきます。

はたまた、就職活動においてもTOEICの高スコアは、特に書類審査においては相当のアドバンテージを持っていますし、筆記試験として英語を課している会社もあります。

こうなるといつから英語を学習したらよいか、どんな学習をしたらよいか、学校の学習で十分なのか、いろんな不安が起こってきます。

これに便乗した商売が結構儲かっていることも、いかに多くに人が不安を抱いているかの証でしょう。


結論から先に申しあげましょう。

英語を身につけ使いこなし、英語での思考ができるようになってしまうと、日本人の場合は本来持っていた思考能力が低下します。

英語が母語化してしまうと、日本語を母語としたばあいよりも思考能力が落ちるのです。
思考は母語でなされます。

では母語は何歳くらいまでに形成されるのでしょうか。

基本的な母語は5歳くらいまでに身に付きます。

そして母語を使って母語をより鍛錬しながら、人としての母語がほぼ固定されるのが10歳前後と言われています。

小学校における英語の学習の必修化が、5年生からであることはこのことに基づいているからだと言われています。

つまりはそれ以前には英語には触れないほうがいいということです。

触れ方もあるのですけれどそれについてはまたの機会にします。


今回はなぜ英語が身につくと思考力が落ちるかということを中心にしたいと思います。

日本語は和語と漢語を持ち、両者が組み合わさって豊かな語彙を提供しています。

和語(ひらがなことば)が日常語で漢語が高級語という違いは歴史的に明らかですが、もう一つ大きな違いがあります。

それは漢語のほとんどは名詞だということです。

ごく一部のもので漢字の音読みで動詞になっている、「講じる」、「牛耳る」、「論じる」などがありますが、基本はほとんどが名詞です。

「する」がついたり後ろに「な」がついたりして動詞や形容詞になったりはしますが、元の形は名詞です。

つまり、ひらがなである助詞はもちろんとして、動詞、形容詞、指示詞などは和語しかないのです。

漢字は数が多いうえに漢語は通常では漢字2字で表されるため、漢語の種類は多くて数えられないくらいです。

それでも覚えるのにさほど苦労をしないのは、一文字ずつに意味があるからです。

したがって微妙な違いを表すのに大変優れています。

例えば、和語では「開く」一つでも、漢語では開く物によって「開店」、「開場」、「開校」、「開港」、「開講」、「開山」などを使い分けできます。


最近多い英語由来の外来語もまた、ほとんどが名詞です。

日本語に入った英単語は、一般に漢語より意味が広いものばかりです。

例えば「オープン」という単語一つで先程の「開店」、「開場」などの全てを置き換えることが可能になってしまいます。


日本人は、意味が広い和語の隙間を、千年以上かけて意味が狭い漢語で埋めてきました。

このことが日本語の幅をぐっと広げたわけですが、今後英語由来の外来語を増やしても日本語は豊かにならなりません。

英単語は和語と同じく意味が広いからです。
むしろ漢語を押し潰していくので、幅は狭まるばかりになっていきます。

今まで区別していたものをしなくなる訳ですから思考がどんどん曖昧になっていくのです。

いくつもある漢語による微妙な違いを表現したものが、英語では一語になってしまうのです。


こんなデータがあります。

ネイティブ同士が会話している内容の90%を理解しようとしたときに、それぞれの言語でいくつくらいの言葉が分かれば理解できるかというデータです。

フランス語では2,000語、英語では3,000語だそうです。
日本語では何と10,000語が必要だそうです。

言語としての大きさがまるで違うんですね。

日本語を母語とする者はいつでも英語を使いこなすことができるようになるそうです。
英語を母語とする者は永久に日本語を使いこなすことはできないそうです。

当然ですよね、思考は母語でしかできないんですから、もともと区別のないものを分類して表現することなんかできる訳がないのです。


5歳を越えてしまえは母語の置き換えはできません。

2つの母語の候補を持って育ってきても、5歳までに一つにしないと残った母語の成長に問題が残るといわれています。

日本語を母語として持っている私たちは、英語の学習は最低限にしないと思考能力が落ちるかもしれないんですね。

でも、大丈夫ですよ。

中学校以降は母語が書き換えられることはありませんから、英語で思考することは生涯ありません。

母語である日本語で思考したことを第二言語としての英語へ翻訳するだけのことです。

きめ細かく思考されたものを結果として大雑把に表現するわけですから、使う言葉さえ覚えてしまえば訳ないことになりますね。

いくつから始めても、核になる言葉さえ覚えてしまえば英語が使えるようになるのはこういうわけなんですね。



2013年7月19日金曜日

「真、善、美」という判断基準

私は迷った時の判断として「真、善、美」という基準を置いています。

これといった具体的な判断基準があるわけではありません。

自分の感性としてその基準に対して引っかかるところはないかという程度ものです。

判断するのは私自身ですので、周りが何を言おうと関係ありません。

たとえ、周りのすべてがNO.と言っても、自分の判断基準でOKならば必ずやってみます。

もちろんその時には周りのサポートは一切ありません。

自分だけですべてやってみるしかありません。

でも、不思議とできるんですね、こういう時は。

すると、やってみた経験知は私だけのもになってしまうんですね。

もちろん報告はしますが、前提条件・過程・結果まで説明できるわけなんかありません。

結局やったことでしかわからない、伝えられないことってたくさんあるんですね。

小頭のいい人ほど、人の報告を聞いていかにも自分がやって経験したかのように伝えるのは上手

ですね。

天才的とも言えると思います。

でも、やった人から見ると経験しないで言っていることはすぐ分ってしまうんですね。


さて、「真、善、美」ですが、三位一体ではないかと思っています。

「真」はまことです。

ウソ偽りやごまかしのないことです。

「善」は正しいことです。

地球という自然の中で生かされていることにおいて、悪い影響を与えないで少しでも良化のために

役に立つということです。

「美」は醜くないことです。

目立つことのない、自然な周囲との調和としての美しさです。

シンプルさにもつながると思います。

三位一体であるというのはそれぞれが成立するための条件として、他の二つが満たされないとい

けないと考えているからです。

あくまで、具体的な基準がない感覚的なことです。

「真」であるためには「善」であり「美」でなければなりません。

「善」であるためには「真」であり「美」でなければなりません。

「美」であるためには「真」であり「善」でなければいけません。


たとえば、新しい組織図を書いたときに「どうも美しくないな。」と感じた場合は、大概「真」でないま

たは「善」でないものがどこかにあります。

場面としては目で見える感覚が情報量としては一番多いですから、きっかけとしては「美」で感じる

ことが一番多いですね。


実は、このことについては今まで表に出したことはありませんでした。

打ち合わせなどで私が時々「美しくないなあ。」と言うものですから、慣れてない人は途端に資料を

整理し始めたり清書しようとしたりします。

「美しいものが好きなんだから。」とも言われますが、あくまでも感覚ですから美しいという感覚はな

いのです。

ただ、「美しくないな」と感じるだけなのです。

ある種の違和感かもしれませんね。


この言葉を教えてくれたのは美術の先生でした。

美術というのは「美」を表現するための技術を磨くことで、そのためには「真」であり「善」でるものを

表現しなければいけない。

「真」であり「善」であるものを見極める目を持とうとしてください。

それは必ず作品の上に現れてきます。

というようなことを言われていました。

実際には会社に入ってから何かの時に「真、善、美」という言葉が出てきて、語呂がいいので口に

してたら先生を思い出したというところです。


危ういところを何度この言葉のおかげで救われたかわかりません。

そして、よく考えてみたら自分自身の行動が一番「真、善、美」から遠いことに気づきました。

少しずつでも追い求めたいと思います。

            

2013年7月18日木曜日

母語と国際語について

言語は国の戦略によっては極めて政治的なものになると言えます。

人は言語によって思考し、言語によって表現します。

したがって、思考や表現をコントロールするために国は言語を統制しようとします。

植民地政策における言語統制はそれの最たるものです。


文化的なレベルが植民地よりも宗主国の方が高い場合(通常は武力に優れた宗主国のほうが植

民地よりも文化的レベルが上です。)、宗主国の文化が導入されることによって植民地の言語が侵

略されていきます。

よりレベルの高い文化のほうが便利なわけですから、便利なほうを取り入れていくことになります。

武力による侵略の後に待っているものは、文化による侵略です。

植民地における支配層・指導層が宗主国の言語に侵略されていきます。


更に宗主国の文化と習慣を持ってきますので、その便利さ・文化を享受しようとするために植民地

の言語はどんどん圧迫されていきます。

特に言語統制をしなくとも流れは自然にそうなっていきますが、さらに言語統制が加わると植民地

でもともと使われていた言葉はあっという間に辺境に追いやられることになります。


このことが現代においてもすでに実行されているという指摘があります。

現代においては武力による侵略はきわめて少ないですが、英語話者たちは英語圏の経済的優位

を固定化しようとしているといいます。

そのために英語学習において強い戦略的な方向性を打ち出しているそうです。


それは、英語教育を「読み書き」から「会話」中心にシフトさせるという流れです。

これは、どこでも宗主国が植民地に対して行ってきたことです。

植民地の住民に「読み書き」を教えた場合に、優秀な子どもであれば短期的にその言語を習得し

文学や哲学・宗教書まで読んで理解できるようになります。

「読み書き」を中心に言語学習をした場合は、植民地の住民が宗主国の国民を知的に圧倒する事

態が出現しうると考えられています。


植民地における宗主国の現地官僚が名前しか知らない古典を、現地人がそらんじて内容を理解し

ている状態は彼らにとっては「悪夢」です。

歴史上、この実例として漢語を導入した日本と英語を丸ごと導入させられたアメリカが挙げられて

います。

宗主国と植民地の関係ではありませんが、漢語の「読み書き」を習得した日本は知的レベルで中

国に対して文化を輸出する国になってしまいました。

英語を丸ごと「読み書き」まで導入したアメリカはヨーロッパを技術的・経済的に追い越し世界一の

文明国になってしまいました。

アメリカは植民地が宗主国を圧倒することを自ら経験した国なのです。


母語は思考そのもでありアイデアそのものです。

母語が国際語である人々はそれだけで国際競争力におけるとてつもないアドバンテージを持って

いることになります。

英語が現在の国際共通語としての地位にあるのは、20世紀においてアメリカとイギリスという英語

国が覇権国家だったからです。


今でも国際水路についての公用語はフランス語です。

国際郵便についての公用語もフランス語です。

しかし、その価値は下がる一方であり、私企業への移行のが始まっています。

国際航空管制の公用語は英語です。

そしてインターネットの世界において英語が共通語になったことによって、かつては国際共通語とし

て競合していたフランス語、ドイツ語は完全にその地位を失いました。

第2次対戦後の国際連合において公用語とされた英語以外の、フランス語、ロシア語、中国語、ス

ペイン語(のちにアラビア語も追加)はもはや国際共通語への可能性はありません。


英語圏の国は非英語圏の国に対して「会話」学習に専念するように、あらゆる方面から仕向けてい

るといわれています。

それに引きずられて英語学習をどんどん「会話」中心に切り替えている国は、我が国を含めてそこ

らじゅうにあります。

母語で最高学府の講座・研究を実施できることはその国にとって大きな文化的資産です。

ほとんどの国における最高学府のトップレベルの講座・研究は英語で行われています。

それも「会話」が中心です。

教えるための人材は英語圏は喜んで提供します。


宗主国の言語の学習を「会話」に限定する限り、植民地の国民が知的に宗主国の国民を脅かすと

いう事態は絶対に起こりません。

あらゆる場面においてネイティブスピーカーはノン・ネイティブスピーカーに対して「そんな言い方は

しない。」という内容を丸ごと全否定する権利を留保することになるからです。

「会話」中心の英語を教える限り、英語圏のネイティブにとっては圧倒的に有利な言語的な立場を

維持することができるのです。


日本語に対しての研究はかなりのレベルで行われているそうです。

そこでの結論では、日本語を母語として持つ者はネイティブと同等に英語を使いこなすことが可能

になるそうです。

反対に、英語を母語として持つ者はネイティブと同等に日本語を使いこなすことは永久にないとさ

れているそうです。

母語としての大きさがまるで違うということらしいです。

何とかもう少し詳細な情報を入手したいですね。

 

2013年7月17日水曜日

「かおり」と「におい」

「香り」と「匂い」という臭覚に関する言葉があります。

ふと、これの使い分けが気になりました。

こういう比較をするときの常とう手段は、同じ使われ方をするときとそれぞれ独特の使われ方をするときを見てみることです。


どちらとも臭いについての言葉ですが、最近「香り」についてはほとんど使っていないことに気づきました。

感覚的には「香り」の方がそこはかとない上品さが感じられる気がします。

そんなそこはかとない上品な場面にとんと出会っていないということなのでしょうか。

確かにそうですが。

では、言葉の面から見てみましょう。

「香り」も「匂い」もともにやまとことばです。

古くから使われている言葉です。

「かおり(かをり)」の「か」は、幽玄や奥深さを表現し、目には見えないが何となく漂ってくる気のようなものを表します。

「をり」は、酒を醸造するときに次第に仕上がって芳醇になっていくことを表します。

したがって「かおり(かをり)」は感覚通り、なんとなく漂ってくる品の良い上質な空気感を表すことになります。

一方「におい(にほひ)」の「に」は丹(あか)・煮のことで時間をかけてじっくりと現れるものを意味します。

色もきつい感じですね。

「ほ」は秀でること、目を引くようになることを表します。

「ひ」は日・火で勢いのあるものつまりエネルギーを表します。

したがって「におい(にほひ)」は、そのものが持っている根源的な力強さがじわーと滲み出てくる重厚感を感じます。

「かおり」のあるかないかの儚さに対して、「におい」はどっしりとした力強さを感じさせることになります。


そういえば「花の香り」と言うことがなくなっていました。

「花の匂い」と言っている自分に気づいて、感覚がガサツになっているなあと思いました。

花もたくさん集まってくれば「むせ返るような匂い」という表現もあるでしょう。


「かおり」も「におい」も共通する面白い使い方が有ります。

それは日本語独特の感覚の一つだと思います。

それはその「におい」や「かおり」が現実に存在しなくても、その場の雰囲気を表すために臭うという表現を使うことです。

春の香り、秋の香りは具体的な香りの対象があるわけではありません。

雨の匂い、夏の匂いも同じですね。

夏や冬の厳しい天候や激しい変化には「匂い」が似合いそうですね。

春や秋の穏やかな変化には「香り」のほうが似合いそうです。

「どうも嘘くさい匂いがする。」などは嘘にまで匂いを付けしまいました。

嘘に香りは合わないですね。


どうも世の中全体が「香り」から「匂い」に移行してきてしまったような気がしますね。

そこはかとなく漂う花の香りに季節の移り変わりと心情を映してきた日本語独特の表現が、だんだん現実離れしてきているのでしょうか。

たまには古典に触れてそんなことを思い出し、公園や植物園に行ってみるのもいいですね。



2013年7月16日火曜日

「こんにちは」か「こんにちわ」か

「こんにちは」か「こんにちわ」か、皆さんはどちらを使っていますか?

「こんばんは」か「こんばんわ」か?

昭和61年に文化庁より出された「現代仮名遣い」という悪名高い通達があります。

それまでの歴史的仮名遣いに近年の変化を取り込んだものなのですが、専門家や言語学者が指摘するところでは、変化の内容に基準がなくしかも現実を反映していないということです。

いずれにしても、公教育における仮名遣いはすべてこれが基準になっているので批判をしてもこれに習うしかなくなっています。

まあ、意見を言う分には構わないと思いますが。


この現代仮名遣いによれば「こんにちは」「こんばんは」が正しいかな表記となります。

いろいろなところで見るものですから「こんにちわ」「こんばんわ」に対しても違和感も抵抗もなくなってきていませんか?


わたし的にはこの表記はどちらでもいいのではないかと思っています。

もともと仮名文字は音を表している文字です。

古くは、文字のなかった時代に使われていた言葉に漢字の音を当て字として使用したのが始まりです。

ですから書き文字よりは話し言葉としての音のほうが本来の姿を現しています。

その趣旨からいけば実際の音と異なった表記をすること自体が間違いのもとになります。

実際の音は「コンニチワ」なのに文字にすると「こんにちは」として元の持つ音が「ハ」である文字を「ワ」と読ませます。

もちろんその理由をたどれば「今日はよいお天気で…」などが略されたものであることは理解できるのですが。

通常であれば「キョウワ・・・」ですね。

これを「コンニチは・・・」と読むようになり、挨拶の言葉として「こんにちは」の部分だけで使われるようになったというところでしょう。


ところでこの「今日」という漢字の「キョウ」という読みは、音読みなのでしょうか訓読みなのでしょうか?

はたまた、この「今日」という漢字によみがなを振るときには、「今」と「日」にそれぞれどのように振り分ければいいのでしょうか?

「き・ょう」「きょ・う」?


まずは音読みなのか訓読みなのかです。

音読みはもともとの漢語の読み方ですよね。

「今」に対しては音読みは「コン」「キン」の2つしかありません。

訓読みは「いま」しかありません。

「き」も「きょ」も「きょう」もどこにもありません。

「日」に対してもその読みとして「う」「ょう」「きょう」というものはどこを探してもありません。


実はこれは「熟字訓」と言って2文字以上の漢字にまとめて訓読みをあてる読み方だそうです。

熟字(熟語)にたいして一字一字ではなくまとめて訓読みを当てますので、よみがなも区切りはなく全体でひとつのよみがなになります。

「今日/きょう」、「昨日/きのう」、「明日/あした」、「明後日/あさって」、「為替/かわせ」、「玄人/くろうと」、「大人/おとな」、「二十歳/はたち」、「小豆/あずき」、など

もともとある日本の言葉に対してその音だけを利用して漢字を充てたものが当て字ですが、熟字訓はもともとある日本の言葉に対してその意味を利用して漢字を充てたものです。

その成り立ちには一語ずつ理由が付けられそうですね。

広い意味ではこれも当て字と言えるのでしょうね。

これを作った人はかなり頭がいいですよね。


「こんにちは」の「は」について触れてみなければ熟字訓まで行きつけませんでした。

わたしも読み方は分かっていてもこの熟字訓というカテゴリがあることは初めて知りました。

これ、実は常用漢字表の最後の付表についているんですね。

よほどの用がないと常用漢字表を見ることがありませんが、その時は周りを見る余裕なんかないですね。

せっかく普段いかないところへ行くのですから、きょろきょろと周りも見てきたほうがよさそうですね。



2013年7月15日月曜日

主格を示す「は」と「が」

主格を表す助詞(格助詞)としての「は」と「が」の存在は、母語としての日本語を持たない者にとっては何とも分かりにくいものとなっています。
 
また、この「は」と「が」については専門家の間でも様々な意見があり、まとまっていないのが現実です。
 
「既知と未知」や「対比と排他」などの使用法についての貴重な意見も存在しますが、あくまで部分的な使用法についての意見であり、なかなか包括的な納得感のある使用法には巡り合うことがない現状です。
 
 
例を見ながら考えていきたいと思います。
 
「既知と未知」については一番一般的に知られている用法です。
 
初めて登場したものには「が」が使われ、すでに登場し既知のものとして扱われる場合には「は」が使われます。
 
例:彼が吉田君です。彼は電話をかけます。
 
吉田君が初めて対象として登場する場面です。
 
いったん「彼が」という形で登場すれば、以降は「彼は」「吉田君は」という平常文として「は」の用法ができるようになります。

 
これとは別に既知となっている場合でも使われる「が」に「対比と排他」の「が」があります。
 
この場合は平常文として「は」を使うこともできますが、対象が他と比べて際立った物であることや唯一のものであることを強調する場合に「が」を使います。
 
例:山は遠くに見えます。 (一般的に山と言うものは遠くに見えるものです。)
 
  山が遠くに見えます。 (遠くに見えるものは、沼でも小屋でもない他ならない山というものです)
 
 
以上の二つの使い方に共通する感覚から、「は」と「が」の包括的な使い方を説明した意欲的なものもあります。
 
それによれば、「が」かついた場合には「は」がついた場合に比べて、その次の内容をしっかり確認しないといけないという感覚になると言います。
 
実際に読んだり、聞いたりしてみると確かにそのような感覚になることが理解できます。
 
なぜ、そのように次の内容をしっかり確認しなければと感じるのかについてこのように説明しています。
 
「が」は受ける語を客体として扱うことになるため、なんの対象としての客体であるのかを確認するまでは不安が残ります。
 
「は」がついている場合は受ける語は絶対的な主体者であり、「〇〇は、」という形を見ただけで平常文としてある程度の安心感を持ってしまうようです。
 
会話で展開されている世界や文で語られている世界においては、一方的に主体からの見方だけで描かれるととても不安になるようです。
 
同様に客体だけの見方で表現され続けることも、不安定さを感じさせることになるようです。
 
会話にしても、文章にしても対象に関して触れている間が長いほど、同じ対象に対しては主体としてと客体としてのバランスを取ろうとする力が働くようです。
 
 
このようにして見てみると、「既知と未知」の「が」はまさしくそれまで主体としては存在しえなかった対象を客体としてとらえた「が」であり、ひとたび「が」で登場すればその対象は、次は主体としての扱いができるようになります。
 
また、「対比と排他」の「が」についてもまさしく客体としての対象を強調・限定することにほかなりません。

 
「は」と「が」についてきちんと論理立てて外国人にも分かるようにみていくと、試みたように大変難しいことになります。
 
しかし、母語としての日本語を持っている私たちはこんな難しい理屈がわからなくとも、感覚で「は」と「が」を使い分けることができます。
 
言葉は常に変化しています。
 
変化している最中では、理屈で説明できない使い分けもたくさん出てきます。
 
言葉は現実に使われているやり方にどんどん変わっていきます。
 
そこは理論よりもはるかに現実的です。
 
理屈よりも感覚のほうが実際の言葉を左右することが多いようです。
 
おかしな変化によって継承している言葉を崩さないためにも、2000年を超えて継承されている日本語の恩恵にあずかるためにも、母語としての感性を磨いておきたいですね。
 
 
 
 

2013年7月14日日曜日

方向を示す言葉「に」と「へ」

方向を示す言葉として副詞の「に」と「へ」があります。
 
日本語を習っている外国人の人にはどちらを使ったらいいのか、使い分けがとても分かりにくいようです。
 
学校へ行く/学校に行く、東京へ行く/東京に行く、どちらも普通に使っていますよね。
 
専門家の説明でも、絶対的な決まったものはなく揺れている内容ですね。
 
いくつか見てみましたが、なかなかすっきりしたものはないようです。
 
方向を示す副詞の「に」と「へ」についての問題は、格助詞の「は」と「が」の問題と同様に典型的な例のようですので少し考察してみたいと思いました。
 

「に」と「へ」について

 
同じ副詞ですがその機能が異なると思われます。
 
あえて言うならば「に」は最終到達点(目的)を示すものであり、「へ」は場所や方向(~の方)を示すものとすることができると思います。
 
いい例が挙げられていました。
 
山へスキーに行く。
 
山という場所へ、スキーという目的のために、行くと言う内容ですね。
 
これも、「山へ行く/山に行く」とどちらでも使いますよね。
 
日本語は省略の言葉です。
 
会話者同士の意思の疎通が進めば進むほど、言葉が省略されていきます。
 
業界用語に省略形が多いのも、ただの便利さからだけではない理由があります。
 
「山へスキーに行く」を例にして「①山へ行く/②山に行く」を見てみたいと思います。
 
①山へ行く = 山へ(スキーに)行く
 
②山に行く = 山(へスキー)に行く
 
どうでしょうか、何となく見えてきませんか。
 
①は山へ行く目的である「スキーに」が完全に省略されています。
 
つまり、目的がわからないけど山(のほう)へ行くというイメージが持てると思います。
 
これに対して②は「に」があることによって「へスキー」が省略されても「〇〇のために」と言うニュアンスが残ります。
 
つまり、単に山という方向や場所に行くのではなく、そこで何かをするために行くというイメージになると思います。
 
同じことを例を変えてみてみます。
 
①休みに学校へ行く
 
②今日も学校に行く
 
①の「学校へ行く」は休みの日に学校にという場所に行くことだけを表現しているのであって、そこで何をするのかの目的は関係ありません。
 
②の「学校に行く」と言う表現の中には「に」があることで、(勉強のためにと言う)目的が込められていることがイメージできないでしょうか。
 
これが先生が言った言葉であるならば(勉強を教えるためにと言う)先生としての学校へ行くための一番自然な目的が込められていることになります。
 
①は休みという学校本来の勉強をするという目的がない日に行くわけですから、本来は「休みに学行く。」というのはおかしいはずですね。
 
ただし、休みには学校では勉強がないので、休みには学校は遊びに行くものとして子供たちが共通な意識をもっていたら「休みに学校(へ遊び)行く。」は成立することになります。
 
どちらもともに具体的な行為としては同じことをします。
 
行ってからの目的が異なるだけです。
 
この区別はとてもつきにくいと思います。
 
いづれはどちらを使ってもいいという日が来る気がしますね。

 
次回は格助詞の「は」と「が」について見てみたいと思います。
 

2013年7月13日土曜日

ここにもあったイスラエル語(ヘブル語)

前に、何回かにわたって日本とイスラエルの関係を言葉を中心に見てきました。
 (参照:やまとことばとイスラエル語

その時に気になっていたことの一つが数についてでした。

漢語として入ってきて「イチ、ニイ、サン、・・・」の音が中国の「イー、アル、サン、・・・」と微妙に違いがあるのはどうしてか?

そこにイスラエルの影は見えないのか、と言うのが意識にありました。

数字は技術の一番のもとであり基礎中の基礎です。

ここにもともとの文化以外の影響が見えれば、その文化の影響はかなり広範囲に及ぶことが推察されます。

「イチ、ニイ、サン、・・・」については漢数字を含めて漢語からきていることは間違いないと思われるので、基本的なことに対する漢語の影響力はかなりあることが考えられます。


ところが、前のようにイスラエルとの関係を見てくると、その影響が漢語導入以前の原日本語に及んでいることがわかります。

そうなると数字として注目すべきはやまとことばの「ひい、ふう、みい、・・・」と言うことになります。

これについては純粋なやまとことばとして、その成り立ちを疑ったことはありませんでした。

しかし、一つずつの言葉の意味については何を調べても全く説明がつかない言葉であること以外は分かりませんでした。

これについても、やまとことばの中にイスラエル語(ヘブル語)をたくさん見つけたユダヤ人のヨセフ・アイデルバーグが面白い指摘をしているものを見つけましたのでご紹介したいと思います。


彼によれば「ひい、ふう、みい、よお、・・・」のすべてがヘブル語だというのです。

しかも数を表す言葉ではないと指摘しています。

アイデルバーグ氏はイスラエルに育ったので、氏の母国語は、もちろんヘブル語です。

氏はヘブル語のほかにも7か国語に精通し、日本に来て風俗習慣を勉強したこともあります。

「ひい、ふう、みい・・・」は今日、数をかぞえる言葉として用いられていますが、もともとはそうではなくてじつは、『古事記』や『日本書紀』の神話にもとづく、一種の祈祷文なのだというのです。


記紀神話の中の有名な場面に、天照(アマテラス)大御神が「天の岩屋戸」に隠れてしまい世の中が真っ暗になることがあります。

古い伝承によるとそのとき女祭司アメノコヤネノミコトは、女神にそこから出てもらおうと次の祈祷文を唱えたとあります。

「ひぃ ふう みぃ よ いつ む なな や ここの とう」

アイデルバーグ氏はこれを実に美しいヘブル詩文だと指摘します。

これはヘブル語でつづると次のようになるといいます。

「HI・FA・MI・YO・TSIA・MA・NANE・Y・KAKHENA・TAWO」

さらに音節で区切って文字を当てると

「HAIAFA・MI・YOTSIA・MA・NAANE・YKAKHENE・TAWO」
(ハイアファ ミヨッツァ マナーネ ヤーヘーナタウオ)

と発音され、その意味は「だれが女神様を出すのでしょう。誘いに、いかなる言葉をかけるのでしょう」となるとします。

日本語では全く意味のない「ひい、ふう、みい・・・」が、ヘブル語として見れば、非常によく意味の通る言葉になるというのです。

この言葉がのちに数を数える言葉として用いられるようになったとしています。


氏はさらに続けます。

「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とう」

数を数える時には「ひい、ふう、みい・・・」の後ろに「とつ(たつ)」「つ」をつけます。

これがヘブル語で「TETSE」(てつぇ)「TSI」(つぃ)となり、「出てきてください、お出ましを」と言う意味になるといいます。

「ひぃ、ふう、みい、・・・」とアメノコヤネノミコトのひとことが終わるたびに、周りの神々が「てつぇ」とみんなで唱和したのだろうとしています。

「ひぃ」+「てつぇ」、「ふう」+「てつぇ」、「みい」+「(て)つぇ」、「よ」+「(て)つぇ」、・・・

「だれが女神様を出すのでしょう。誘いに、いかなる言葉をかけるのでしょう」という祈りの言葉に対して、ひとことごとに周りから「お出ましを」と合いの手を入れる姿となります。


強引なところもないとは言えませんが、非常に納得感のある説です。

やまとことばの数を表す言葉にもイスラエルの影響が大きく反映されているかもしれませんね。

この時代にヘブル語を話す者がいたか、ヘブル語を話す者との交流があったと考えることはできそうですね。

また、楽しくなってきました。


前にイスラエルのことに触れたときもそうですが、私は決して日本人の祖先がユダヤ人だとか言っているわけではありません。

日本人は間違いなく雑種です。

ツングース族、苗族、ネグリート族、アイヌ族、漢族などの諸民族が混合した、モンゴロイド主体の混血民族です。

その中に、北王国イスラエルあるいは南王国ユダの子孫の血が多少混ざった可能性はあるのではないか、それが言葉から見えるのではないかとしているだけです。

誤解を招くといけないので一応触れておきます。



2013年7月12日金曜日

虹の色

先回は古代の「やまとことば」に置ける色について考えてみました。

今回は色の中でも典型的な虹の色についてみてみたいと思います。

虹の色はと聞かれたら皆さんは七色と答えるのだと思います。

実はこの虹の七色については、日本でもそんなに古いものではありません。

江戸時代の末期(明治維新にかけて)、西洋の科学が取り入れられた時に導入されたものだといわれています。

この時の西洋科学では光の反射によっておこる現在でいうところのプリズムの光の分析によって七色の定義がなされていました。

これを日本語で言うと、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色となります。

「せき、とう、おう、りょく、せい、らん、し」と言って覚えた記憶はありませんか(古すぎるかな?)。


それ以前の日本では虹の色は五色と言われていましたが、時代によってその色にも変化があり固定された色ではなかったようです。

特に沖縄では明と暗の二色(赤、黒または赤、青)とも言われていました。


科学の十分進んだ現代でも国によって虹の色は微妙にとらえ方が違うようです。

もちろん、どの国でも科学的に分析された七色はあるのですが、歴史的に虹の色のとらえ方が違っているようです。

また、学術的には7色であることが分かったうえでも、文化的・宗教的な観点から7色以外の色で虹を表現していることもあります。

しかも学校教育等で虹の色を教えられることがない国も少なくなく(日本は教えてましたけ?)、虹の色を質問した時に即答する国と「あえて言えば」と前提のつく国があるようです。

具体的な色の名前は分からないところもありますが、国による虹の色数の違いは以下のようになります。

 8色・・・アフリカ:アル族
 7色・・・日本、韓国、オランダ
 6色・・・アメリカ、イギリス
 5色・・・フランス、ドイツ、中国、メキシコ
 4色・・・ロシア、東南アジア諸国

この違いは科学的なレベルではなく、むしろ文化的な虹と言うものに対するとらえ方に由来することが大きいようです。


ところで虹と言う漢字はなんで「虫へん」なんだか疑問を持ったことはありませんか?

私は初めてこの漢字を見たときに「虫へん」と実際のニジがどうしてもイメージが合わなくて、覚えられなかった記憶があります。

この字は中国から来た漢語ですね。

この虫は昆虫としての虫ではなくて、動物の意味だそうです。

古代中国の人は虹を見て、大空を翔る竜を思い浮かべたそうです。

架空のものではあっても竜は動物ですよね。

「工」は貫くという意味で、空を貫く竜から来た字だそうです。

言葉について語ってますのでここは押さえておくところですかね。

科学的なレベルでとらえたときの七色にはそれなりの意味があります。

虹の七色(赤から紫まで)は継続的に変化しており、人間の目で見える可視光線の範囲を示しているものです。

もちろん、光には可視光線以外のものもあるわけですが目には見えません。

光の単位はnm(ナノメートル)で表しますが、見える範囲での一番波長に短いものが紫色でり、それよりも波長の短いものを目には見えませんが紫外線(Urutra Violet Ray)と呼びます。

同様に目に見える一番波長の長いものが赤色であり、それよりも波長の長いものを赤外線(Infra  Red Ray)と呼びます。
 


可視光線の限界の色である紫色は様々な場面で特別な色として用いられております。

古くは聖徳太子の定めた冠位の最高位の色であり、また僧侶の最高位の袈裟の色でありました。

古来中国でも紫色は特別な色とされ、皇帝が認めた者だけが着用できる最高位の色として扱われて来ました。

日本においても紫衣は帝がみとめた僧侶のみが着用を許された最高位のものでした。

その慣わしは今でも継承されており、「紫衣を賜る」という表現が残っています。

今回は虹の色から、紫外線・赤外線、紫色の特別性までを少し科学的な観点も入れて見てきました。

色の表現は文化そのものです。

色の扱い方から見えてくる文化の背景が面白さを増してくれますね。

2013年7月11日木曜日

古代やまとことばと色

中国から漢語がもたらされるまでの古代の「やまとことば」にはどれだけの色があったのだろうか?

たまたま、現代の日本における色表現の数を目にしたときに気になったテーマです。

現代の日本工業規格(JIS)では物体色の色名として269の色を挙げています。

そのうち147種が日本語の色名で、他の122種は「ベージュ」「エメラルドグリーン」などの外来語です。

外国語でも色の表現は様々な自然の色に例えられて数多くの色を持っています。

色表現の多さがその言語を持つ人の感性の高さにつながるのではないかと思い、古代の「やまとことば」における色の表現を探ってみました。


結論からいきましょう。

4つしかありませんでした。

そもそも色と言う概念がなかったのではないかと思われます。

その4つは「あか」「くろ」「あお」「しろ」です。

使われ方も色を表すというよりは明るさを表す表現としたほうがいいのかもしれません。

あかるい・・・あか、くらい・・・くろ、はっきりしない・・・あお、はっきりしている・・・しろのような使い方となっています。


この4つの色は現在でもきっちり継承されているところがあります。

相撲の好きな方はすぐ分ったかもしれませんね。

相撲の土俵の上につり屋根が下げられています。

その四隅に色のついた(4色)の房が下げられています。

そしてその房の下の場所ことをそれぞれ「赤房下」「青房下」「白房下」「黒房下」と言います。


古代「やまとことば」における4つの色表現は、漢語が入ってきてからますます確定してきたと思われます。

古代中国の天文学に東西南北の方向を示すものとして、それぞれ四神(神話に基づく聖獣)を当てています。

  東・・・青竜・・・あお・・・春・・・木

  南・・・朱雀・・・あか・・・夏・・・火

  西・・・白虎・・・しろ・・・秋・・・金

  北・・・玄武・・・くろ・・・冬・・・水

それぞれの四神の初めの文字が色を表す文字です。

先ほどの土俵の上の房の色もこの方角に合わせられています。

この色はまた、季節を表す色でもあり、これに黄(黄竜・・・中央・・・土用・・・土)を加えて五行説を表すものとなっています。

この四神はすっかり日本に根付いていき様々なところで使われていきます。

玄界灘、玄武洞などの場所の名前や、白虎隊、朱雀門などですね。

参考までに、白虎隊ばかりが有名ですが、会津藩では年齢別に50歳以上の玄武隊、36歳から49歳までの青龍隊、18歳から35歳までの朱雀隊、17歳以下の白虎隊と四神の名前を部隊名として軍構成していたそうです。

麻雀をやったことがある人は分かると思いますが、東を起点に時計回りに回ると東南西北の順になりますよね。

春夏秋冬の順番はそのまわり方になります。


その後、万葉集においては赤の表現だけでも赤、茜、紅、丹、朱などのものが見られており、この時にはすでにさまざまなものを表現するを色を持っていたことになります。

厳しい自然の中で、生き抜くことことだけが精一杯だったときは色を感じることができずに、明るさしか感じることができなかったのではないでしょうか。

そして厳しい自然と折り合いをつけ、愛でることができるようになって初めて、そこにある色を感じることができるようになったのではないかと思っています。