2016年5月26日木曜日

日本語で話していること

わたしたちが日本語で話をした時に実際に相手に伝わっているのはどんなものなのでしょうか?

わたしたちは話しをして相手に何かを伝えているときに感覚としては言葉が伝わっていると思っているのではないでしょうか。

自分の思っている言葉が相手に伝わらなかったときに、自分の伝え方を顧みることなく思わず相手のせいにしていることはないでしょうか。


話し手が実際に発しているものはなんでしょうか?

人は声帯で発生した声(音)を口腔を通して発しています。

声帯で発することができるのは一つひとつの音であり、それは必ずしも言葉となっているものではないと思われます。


中には一音で言葉になっている「は」(葉、歯、派、刃・・・)のような言葉もありますが、言葉として捉えるためにはその「は」の使われ方が分かるような言葉としての塊が必要になります。

実際に人が発しているものは言葉の要素となる一つずつの音ではないでしょうか。

そして、言葉は一音で構成されているもの以外はいくつかの音が連続することによって初めて言葉として認識できるものとなっています。


言葉を構成する音は言語によってそれぞれ独特の音となっています。

日本語の場合は言葉を構成する音が「ひらがなの音」となっていることになります。

基本の清音である46音に加えて濁音・半濁音の25音で構成されており、拗音・撥音などの小さなひらがなで表現される音はそのバリエーションと言うことができます。

日本語は基本音としては71音とそのバリエーションですべての音を表すことができる、世界の言語の中でも音数の極めて少ない言語となっています。

わたしたちが話をしているときに言葉として発することができるのはこれらの音の連続でしかないのです。

「ひらがな」の画像検索結果

また、言語によって言語として使用されている音の周波数の幅が決まっているようです。

その比較を見てみると日本語で使用されてる音は125Hz~1,500Hzと言われており、言語の中では低い領域に集中しています。

そして母語として持っている言語の音について言葉として発信し聞き取れるように体の各器官の機能が発達していくことになります。


したがって、日本語を母語として持っている私たちは「ひらがなの音」を効率よく発することができるように声帯が発達し口腔が発達しており、他の言語を発することが苦手となっているのです。

このことは聞き取る場合にでも同じことになっており、「ひらがなの音」を言語として効率よく聞き取ることができるようにその周波数帯の音に対して敏感に聞き分けできるように聴覚が発達してきているのです。

音楽の録音やスピーカーの性能に対して重低音域にうるさい日本人の特徴はここからも伺うことができるのです。


話している方も聞いている方も直接言葉でのやり取りがなされていると勘違いするほど効率の高い変換が行なわれていることになります。

それも実際に発信し受け取っている「ひらがなの音」を全く意識することなく行なわれていることになります。

現実に発せられているものが「ひらがなの音」だけであるのなら、発信者・受信者のそれぞれの間で行なわれていることは以下のような変換活動になります。

言葉(発信者)⇒ 「ひらがなの音」(発信者)⇒ 「ひらがなの音」(受信者)⇒ 言葉(受信者)


この活動は行なっている本人でさえも意識することがないほどに効率よく瞬時に行なっているのではないでしょうか。

とくに発信者側においては自分の持っている伝えたい言葉を伝えたい使い方で順番に発しているだけですので言葉を伝えていると思っても無理はないことだと思われます。

しかし、受信者側においては実際には言葉になる前の「ひらがなの音」を受取っているにもかかわらずに言葉を受取っていると勘違いしてしまうほど瞬時の効率の高い変換が行なわれていることになります。


ひとたび「ひらがなの音」として発せられた言葉は発信者の込めた意図を離れて受信者の解釈に委ねられることになります。
(参照:日本語で聞いていること

言葉を発している器官である口はそのための専門器官ではありません。

五感の一つを受け持ち生きるための基本である食を受け持っている器官でもあります。

言葉を発すること以外に生命を維持するための大切な機能を受け持っている器官となっています。


それに対して「ひらがなの音」を受け止める器官である耳は音をきき取るための専門器官です。

五感の一つを受け持つ専門機関となっておりきくための機能を専門として磨き上げてきた器官となっています。

その専門性ときめ細かさから見てみれば発する機能よりも受ける機能の方がより洗練されたものとなっているのではないでしょうか。


話すことと聞くことは一対の活動で成り立っているコミュニケーションと言うことができます。

この活動では聞き手の持っている能力に頼っている部分が多いのではないでしょうか。

発信者が実際に発しているものは「ひらがなの音」ですが、そこに込められた意図は様々なものがあります。

言葉を媒体として伝えてはいるのですが実際に伝わっているのは「ひらがなの音」になります。


伝わっているつもりの言葉と実際に伝わっている「ひらがなの音」の間にはギャップは存在していないのでしょうか。

受け手が聞くことができた「ひらがなの音」から言葉に変換しそこから発信者の意図を理解するためには多くの段階が存在しています。
(参照:「きく」の五段階活用

聞き手の活動をより正確に助けるための活動として発信者ができることもあるのではないでしょうか。

あるいは発信者側としては理解活動を聞き手に任せることによって期待してはいけない諦めなければならないこともあるのかもしれません。


71種類の「ひらがなの音」をより正しく発声すること以外にも「ひらがなの音」を意識することで発信者側にもできることがありそうですね。

それこそが話すために本当に必要な技術になるのではないでしょうか。

「ひらがなの音」という視点が見えたことで他にも見えてくるものがあると思います。

どんなものが見えてくるのか楽しみですね。



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