日本語には英語のような発音記号がありません。
英語は同じ文字であっても前後のつながりによっては音が変わる使い方がたくさんあるので、単語(文字のつながり)を見ただけでは音が確定できない場合が多くなっています。
そのために音を表す記号として発音記号があることになります。
中国語にもピンインと呼ばれる発音記号の役割を持った表記方法があります。
実は国際音声記号と呼ばれる世界のあらゆる言語の音声を文字で表記するための音声記号があるんですね。
国際音声字母とも呼ばれるこの記号は1888年に最初に制定されて以来、対象としていなかった言語が加わるたびに改定を繰り返しています。
現在ではどんどん付け加えられた記号によって使用されている記号(文字)がどれだけあるのかすらわからないくらいになっている膨大なものとなっています。
日本語には発音記号がない代わりにその機能を担っているものが読み仮名として使用される仮名(ひらがな)です。
しかし、読み仮名として表記された仮名の読み方(音)が使用されている文字と一対一で完全対応していないために文字と音のズレが存在しています。
そこには二種類のズレ方が存在しています。
ひとつは、同じ文字に対して複数の音を持っているために生じているズレ方であり、もうひとつは複数の文字が同じ音を持っているために生じているズレ方になります。
前者の代表が「は」になります。
一般的な使い方の場合には「ハ」という音なのですが、格助詞としての使い方である「わたしは」や「ときには」などの使い方の時には「ワ」という音になります。
日本語を母語とする私たちには意識することなく使い分けができますが、「あいうえお」から習った外国語話者にとってはとても難しい使い分けになります。
「へ」という文字が目的地や方向を表す場合には「エ」と読むことも同じことですね。
後者の同じ音を持つ文字の代表は「お」と「を」や濁音である「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」などがあります。
同じ音なのに違う表記文字を持っているのですから書くときにはどちらを使ったらいいのか紛らわしいことになります。
もともとの読みが「ち」と読まれるものが濁音となったときには「ぢ」を使うといったことを習った記憶がありますが、必ずしもルール化されている表記方法ではないようです。
ここまで取り上げたズレの例は誰もが気がついているものだと思いますが、自分でも気づかないうちに文字と音のズレをやっていることを挙げてみましょう。
極めて基本的な言葉である「言う」を見てみましょう。
読み仮名は「いう」となっています。
国語としての漢字の読みや仮名の表記を定めたものに内閣告示・訓令として出されている「常用漢字表」「現代仮名遣い」があります。
これによれば「言う」の読み仮名は「いう」でなければなりませんしその発音としては「ユウ」となっているのです。
読み仮名として仮名を使用してもその仮名の持っている音で読んではいけないことになってしまいます。
似たような基本的な言葉に「行く」がありますが、こちらの読み仮名は「いく」でも「ゆく」でもいいことになっています。
読み方(音)の指定もないと思います。
こんなことは国語の時間に習ったことなどありませんでした。
「言う」にたいして「ゆう」と読み方を書いてテストで不正解となって納得できなかった人もいるのではないでしょうか。
「いう」と書いて「ユウ」と読ませるのは何故かと聞かれてきちんと答えられる先生はいるのでしょうか?
さらに、何気なく使っていて気にしていなくともズレが生じているものが伸ばす音の表記の仕方です。
「お母さん」「お兄さん」「友人」の読み仮名は「おかあさん」「おにいさん」「ゆうじん」となります。
伸ばす音が持っている母音だけが残って伸びていきますので、伸ばす音がア行の場合は「あ」、イ行の場合は「い」、ウ行の場合は「う」が伸ばす音として使われています。
極めて自然な表記だと思います。
ところが伸ばす音がエ行とオ行の場合はどうなっているでしょうか。
「計算」「提携」と「お父さん」「東京」を見てみましょう。
「けいさん」「ていけい」と「おとうさん」「とうきょう」という読み仮名になります。
実際の音は「ケエサン」「テエケエ」と「オトオサン」「トオキョオ」となっていませんか?
エ行の音を伸ばす場合には「い」が使われ、オ行の音を伸ばす場合には「う」が使われているのです。
これらの使い分けを意識したことはあるでしょうか。
カタカナで表記した時などには「ケーサン」「テーケー」や「オトーサン」「トーキョー」などのように長音記号である「ー」で代用してしまうこともあるのではないでしょうか。
なぜ、エ行とオ行の伸ばす音の表記として「い」と「う」が使われているのかは今までにきちんとした納得のいく理由を聞いたことがありません。
普段から頻繁に使っていることばにこれほど文字と音のズレがあるとは思いませんでした。
文字よりも先に話し言葉があったことは歴史的にも間違いのないことです。
話しことばを表記するために文字(仮名)が作られたのは日本語においては確定的だと思われます。
日本語の音はすべて仮名で表記することができます。
外来語をオリジナルに近い音で表記するときに日本語が持っていない音が必要になる時があると思いますが、日本語化してしまった言葉はもはやその必要もありません。
仮名遣いとして定められている使い方が必ずしも文字と音の一致を前提とはしていないのですね。
外国語を母語とする人が日本語の音を確認するときにローマ字的に表記しているのを見たことがありませんか?
彼らの持っている音で日本語の音に近い音を表そうとしたものだと思います。
もともとのアルファベットの読み方が日本語とは違うので日本語の音そのもにはなりませんが、発音記号としてアルファベットを利用した工夫だと思います。
言文一致を目指して設定した現代仮名もこれだけのズレを持っているんですね。
それも日本語らしさの一つだと思いますが、外から見たら例外が多いことになるのでしょうね。
個人的には無理に改めない方が日本語の良さが残ると思いますが・・・
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