2014年5月15日木曜日

和歌に学ぶ言語技術

日本語の表現技術は、文字のなかった時代より和歌によって磨かれてきたと思われます。

和歌が残っている最古の記録としては万葉集と言うことになるのでしょう。


文字の発達においても、中国から導入された漢語の音を利用しながら文字を持たなかった「古代やまとことば」を表現するかな文字を生み出しました。

その目的は、「古代やまとことば」で詠われた和歌を文字として記録することが中心であったろうと思われます。

万葉集はそれだけとっても一級の文化資料であり、その研究だけで学問分野が成り立つほどのものです。

ここでは、万葉集と古今和歌集の表現の技術を比較することによって、発展を見てみたいと思います。


万葉集には、短歌・長歌・旋頭歌の形式で約4,500首の和歌が収められています。

扱われている歌の内容によって、相聞歌と言われる主に男女の恋を詠ったもの、挽歌と言われる使者を慈しみ哀傷する歌、それ以外の内容としての雑歌の三分類に分けられています。

表現の特徴からの分類も行われており、以下の分類が一般的となっています。
  1. 寄物陳思(きぶつちんし) - 恋の感情を自然のものに例えて表現
  2. 正述心緒(せいじゅつしんしょ) - 感情を直接的に表現
  3. 詠物歌(えいぶつか) - 季節の風物を詠む
  4. 譬喩歌(ひゆか) - 自分の思いをものに託して表現

その後の表現の技術の発展の基礎となっているのが、1と4で行われている「例える」技術です。

万葉集には古今和歌集(約1,100首を収めている)に比べると、長歌の量が多くなっています。

そこで行われている「例える」の技術は、例える対象物と例える心情を同じような言葉で両方とも表現しています。

長歌という文字数制限の比較的緩い方法だからできることともいえるでしょう。


これが150年以降に成立した古今和歌集になると、長歌が5首、旋頭歌4首となり、ほとんどのものが短歌となっています。

表現する文字数が少なくなるとともに、短歌という表現形式が定型化したものとして定着していることを示していると思われます。


古今和歌集のなかでは、より少ない文字数で定型化した短歌形式として、その中での表現技術が磨かれていきます。

万葉集の長歌の中で見られた「例える」技術は、短歌のなかでより洗練された技術として磨かれていきます。

その一つが、例える対象物と例える心情を同じような言葉で両方とも表現していたものを、短い文字数のなかで一つ言葉で両方のことを表現してしまう技術です。

この時代の和歌の中心技法としての掛詞(かけことば)です。


自然を詠った「水」(みず)に「見ず」(見えない)をかけて、川の「水」を詠いながらも相手を「見ず」に過ごす日々を恨めしく思っている感情を込めたりする技法です。

掛詞として使われる言葉も、自然における名詞や現象を表す言葉だけではなく、様々なことについての形容詞や動詞まで多岐にとんできています。

長歌における並記に比べると、ひとつの言葉で表現されることによって同時性がより強調されるとともに、秘めたる思いという心情が強調されています。


そこには、同時性を利用した「例える」ことを越えた表現も現れています。

その一つは全く正反対のことをひとつの言葉に込めることによって、不安定さや揺れ動く状態を表現する技法です。


次の小野小町の歌を見てみましょう。

  色見えて うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありけり

ここには、もう一つの大きな技術である濁点の不使用を見て取ることもできます。

掛詞の可能性を大きくするために、当時の技術では十分に対応できるはずの濁点を、あえて表記に使用にしないと言う技術です。


「色見えて」と「色見えで」で全く反対のことを表現しています。

それによって「色見えて うつろう物は」の最初の二句は二重の意味を持つことになります。

「目に見えて色が変わるもの」=「自然の花」と「目に見えないで色が変わるもの」=「心の花」が同時性をもって表現されています。


万葉集の時に漢語の音を使って「やまとことば」を表記した技術は、古今和歌集の時代には表記として使われる漢語が定まりながらも崩れ始めており、ひらがなの原型が見られるようになっています。

この当時の技術をもってすれば、濁点を表記することは決して不可能ではなかったと思われます。

和歌の表現技術のために、あえて濁点表記をしなかったと考える方が自然ではないでしょうか。


万葉集の長歌にあった並記による「例える」技術は、短歌が主流になることによってより短い言葉で行われる技術として磨かれていきました。

並記の技術はそこで消えてしまったのかというと決してそんなことはありません。

古今和歌集をよく見てみると、テーマごとに和歌群が構成されています。

この和歌群の構成が絶妙なのです。

テーマにおけるひとつずつの和歌の順番も選ばれている歌の数も絶妙なのです。


まるでテーマとしての和歌群によって、長歌が成り立っているような構成になっているのです。

複数の和歌を並べることによって、そこに使われている言葉や技術の対比の妙が、あたかも並べて構成するために詠まれた歌であるかのような編集がなされているのです。


近代以前では万葉集よりも古今和歌集の方が高い評価を受けていました。

近代以降は万葉集の方だと言うことになりました。

その理由の一つは長歌にあります。

文学の原型として表現技術を、短歌よりも直接的に見ることができるからです。

逆転のきっかけの一つとなったのが、「万葉集は歌集の王なり」と宣言した正岡子規の言葉です。


子規がどんな思いで主張したのかは定かではありませんが、古今和歌集を絶賛した江戸時代の国学者にたいして、きちんと万葉集のことも研究しなさいと言いたかった程度ではないでしょうか。

そもそもが、異なる時代の文化・文学の発展を示す第一級の資料であり「上」「下」で判断するようなものはないでしょう。

ここで言えることは、万葉集以降は長歌が読まれることがほとんどなくなったとともに、短歌における表現技術が飛躍的に発展した時期ということができると思います。

万葉集と古今和歌集を比較することは、日本語における表現技術の原点に触れるきっかけになるのではないでしょうか。


あえて勉強する必要はないでしょう。

同じ日本語として自分で感じられることで十分だと思います。

日本語の感覚として持つ文化と言語技術は和歌によって磨かれ発展してきたものということができます。

現代でも使える忘れられている技術もそこにはあるのではないでしょうか。


書くこと、表現することが大きな力となるのがネットの時代です。

短い表現で人を感動させる技術においては、和歌は素晴らしいものがあります。

もう一度、興味を持ってみてもいいと思いますよ。



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