二元論を元にしたクリティカルシンキングも、行き着くところがYES/NOになってしまうことによって実態をとらえきれなくなっています。
コーチングや制約条件理論なども論理の展開や手法としては理解できても、実際に使用する場面においては、ある種の割り切りによる定型化が必要になってきています。
人の生活が豊かになることによって生まれている価値観の多様化は、様々な価値基準を生み出しており、今までの考え方では現状を把握することすら難しくなってきているのが現状でしょう。
把握したと思った現状すらが、切り口が異なれば全く正反対の評価をせざるを得ないものとなっています。
二十世紀の前半には、自然科学の世界では革命的な変化が起きました。
その変化を引き起こしたのはアインシュタインの相対性理論と量子力学の発見です。
古典的な物理学の土台をなしていた、因果律と決定論が破綻しました。
一義的決定性や完全なる記述の可能性という幻想は過去のものとなりました。
つまり自然界は根底のところで、一義的な決定的な表現ができないことが明らかになってきたのです。
それによって、自然科学はあらゆる中間領域(=あいまいな領域)に焦点を合わせるようになってきたのです。
私たちの存在そのものの根本原理に関しての見解は、物理学を土台として成り立っています。
物理学が二十世紀前半に成し遂げた飛躍的な発展は、やがて私たちの考え方にも変化をもたらしてくることになります。
すでに、自然科学の革命的な転換を受けて西洋の哲学も「あいまいさ」に目を向け始めています。
古代ギリシャ哲学の「ファルマコン」や「老子道徳経」などがさまざまな角度から取り上げられています。
こうした変化の波がいつ日本に届いてくるのかはわかりませんが、世界のあらゆる分野で日本人の思考や言語との関係が取り上げられてきています。
日本文化にその波が及ぶ時期は予想できませんが、近づいていることは間違いのないことでしょう。
今現在は、過去のものとされている日本古典文学は、その「あいまいさ」において実は未来のものであると言うことができるのではないでしょうか。
古代日本人は、古代中国の哲学を自らの経験を通して認識し、その認識を日本独自の表現方法である和歌を通して発展させていきました。
その結果、和歌は文学表現のメディアであるとともに、当時の知識層による哲学的議論のメディアとして活用されていったのではないでしょうか。
そして、哲学の対象である「心」は、古代日本人の存在論の基本的な概念として定着していったと思われます。
言い換えれば、もともととらえどころのない「心」は、古代中国の思想を特徴づける「あいまいさの哲学」と関連付けられることによって、現実的な概念として定着してしていったと思われます。
世界のどの国においても、「心」についてこれだけ多くの階層が、これだけ気軽に表現することができた環境は、日本における和歌以上のものを見ることができません。
「心」は自然科学における象徴であるとともに、唯一自分で感じること確認することができるものです。
一部の哲学者だけがその閉ざされた環境の中で思考してきた「心」は、そのほとんどを和歌においてみることができるのです。
そこにあるのは、まさしく極端から極端まで揺れ動く、中間領域における「あいまいさ」に他ならないのです。
この「あいまいさ」の思想は、まさしく私たち現代人の考え方に合いません。
現代の私たちは、決定論的な考え方に基づいて、古典の文学の読み方についても「ただ一つだけの正しい解釈」をしようとします。
もちろんこうした読み方も可能ですし、こうした読み方こそが今の考え方に即したものだと言えるかもしれません。
和歌の変遷を見ていくときに、単なる文学論として「大変美しいが、形に囚われてテーマが狭くて、深みが感じられない」という評価がほぼ定着してしまっているのはそのためではないでしょうか。
和歌を考える時に、当時の表現の手段を考えてみれば、知識層の問答がそこに集約されているとみることができると思われます。
誰もが表現できるその形式は、日常語に近いものとしての意味も持っていたのではないでしょうか。
あらゆる階層や地域での和歌を意図をもって編集するためには、最高権力者としての力が必要であったのではないでしょうか。
勅撰集という、単なる趣味嗜好の域を超えた事業としての意味合いもそこから伺うことができると思われます。
特に平安時代の和歌を考える時に、哲学的な議論の手段という役割をそこに認めると、古代人の存在論としての「あいまいさ」が一段と浮かび上がってくるのではないでしょうか。
これから世界を救うのはこの「あいまいさ」ではないでしょうか。
「もったいない」は世界を救ってきました。
「おもてなし」は世界の興味を引きました。
「あいまいさ」を感覚として持っている日本語を母語としているものとして、もっと日本語で表現を発信していってもいいのではないでしょうか。
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