2014年5月17日土曜日

かな文字が生んだスーパーテクニック(掛詞)

かな文字の原型を見て取れる資料は万葉集です。

漢語の音のみを使って、それまで表記文字のなかった「古代やまとことば」に文字を与えたのです。

見た目は漢語そのものですが、「古代やまとことば」の一音一音にその音を表す記号として、漢語を充てたものです。

やがて時代とともに、「古代やまとことば」に音をあらわす文字として与えられた漢語が、どんどん省略されていきます。


2種類の省略のされ方をしていきます。

音記号として充てた漢語をそのまま省略していったものが「ひらがな」となりました。

充てた漢語の一部を残したものが「カタカナ」となりました。


表記の初めは読み仮名としてあてられた漢語と送り仮名として充てられた漢語があったと思われます。

「ひらがな」は「古代やまとことば」を文字として書き表すために発達したものと言えるでしょう。

「カタカナ」は漢語を「古代やまとことば」に翻訳したときの補助表記として発達したものと思われます。


したがって、やがて「ひらがな」は古代より伝わる「やまとことば」を表記する文字として、日本独自の使われ方をしていくことになります。

日本語の話し言葉・書き言葉としての技術の基盤を作ってきたのが和歌です。

和歌にもいろいろな種類があります、有名なところでは短歌、長歌、旋頭歌、などがあります。

しかし、今では和歌=短歌としての認識の方が一般的ではないでしょうか。


万葉集に始まった和歌の記録は、勅撰和歌集という一大事業によってその歴史をたどることができる貴重な文化史料です。

世界にたった一つしかない表記文字としての「ひらがな」は、世界でも極めて珍しい独立した言語なのです。

日本文化の特徴と、日本人の歴史の感覚がすべて込められているものということができます。


ひらがなが今の文字に定着したのはそれほど古い話ではありません。

印刷の技術が確立して、一文字一文字が明確に区別できるようになってからのことです。

それでも筆で書かれた文字は、見事な連続性を見せ、そこには個性も加わり、現代の私たちが理解するには難しいものとなってしまっています。


和歌の中心的な技法である掛詞(かけことば:ひとつの言葉に複数の意味を持たせたもの)は、仮名文字として漢語の姿の残っていたころは、音を拠り所としていたと思われます。

やがて「ひらがな」で書き表すようになると、そこから想像が大きく広がっていったのではないでしょうか。

現代和歌では、漢字も多用しますのでその意味するところは文字からでもわかりやすくなっていると思います。


掛詞の例として、次の歌を挙げておきます。

古今和歌集に収められている歌です。

 今日別れ 明日は近江と 思えども 夜やふけぬらむ 袖の露けき

京から近江までの旅は当時はほぼ一日であったと思われます。

掛詞を考えずに、素直に読んでみると以下のような内容になるでしょう。

「今日、私たちが別れて、明日あなたが近江につくと思うけれど、夜が更けたからだろうか、袖に露が置いた」


しかし、「あうみ」とひらがなで書かれた近江にはすぐにも「逢う身」が想像できるし、平安以降は普通に掛詞として使われるようになりました。

平安頃には省略されたひらがな字体がかなり定着し始めているころであり、漢語のゴツさが抜け始めている頃と思われます。

また、「今日別れ」は次の句の近江との対比において、素直に「京別れ」と読むこともできるようになっています。

「逢う」の掛詞としてよく使われた「逢坂の関」が近江にあったこととも決して無縁ではなかろうと思われます。


想像される条件が多ければ多いほど、掛詞としての使い方は一般的になります。

また、思わず「なるほど」と思わせるような関連から導かれる掛詞は、「技あり」という評価を受けます。


次に二首を比較してみましょう。

ひとつめは万葉集(奈良時代)に掲載された歌であり、二つ目はその後数百年を経過した鎌倉時代の玉葉集という勅撰集に載っているものです。

  淡路の 野島が崎の 波風に 妹が結びし 紐吹き返す

 近江路の 野島が崎の 波風に 妹が結びし 紐吹き返す

違いは一か所「淡路」と「近江」だけです。野島が崎の場所が淡路から近江に移っただけのことです。


見方によっては後者は万葉集の盗作ということになるでしょう。

勅撰集の選者が万葉集に収められている歌を知らないはずがありません。

その勅撰集に後者の歌が載っているのにはやはり何かがあるはずです。


対比は「淡路」と「近江」だけです。

後世で「近江」に「逢う身」を掛けていることが見えてくると、「淡路」の音に「逢はじ」(逢うまい、逢わないだろう)が見えてくるのではないでしょうか。

野島が崎の場所が変わったことによって、「逢わないだろう」から「きっと逢うだろう」へと180度変わった意味になってしまいます。


本歌取り(元歌を意識させる技法)をしながら、たった一言を変えることによって全く逆の内容にしてしまう技術ですね。

しかも、明らかに直接的な表現で変えるのではなく、掛詞同士のなかで変えるという憎らしさを見せています。

見た目には場所が変わっただけにしか見えません。

「近江」=「逢う身」が一般化したことによって、改めて数百年前の歌に掛けられた思いを対比して見せてくれる、何とも憎い演出ではないでしょうか。


数百年前の歌に隠された掛詞がわからなかったとしても、現代の掛詞からそのことを想像することができます。

改めて数百年前に対する興味を持たせてくれるのではないでしょうか。


「ひらがな」は日本の言語においては最下位に位置付けされる文字です。

もっとも初級の言語です。

そこに日本の言語の本当の姿があるのではないでしょうか。

楽しくなってきますね。



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