「同訓異字」という言い方は余り馴染みがないのではないでしょうか。
「同音異義」と比較してみるとわかり易いと思います。
同じ音読みなのに異なった文字表記(漢字)をするものを「同音異義」語と言うのは慣れている表現だと思います。
日本語を学習する場合にこれによって悩まされることが多いようですね。
曖昧さを指摘される日本語の特徴の原因の一つとも言われています。
「同訓異字」は「同音異義」から推測するとわかり易いと思います。
同じ訓読みなのに異なった文字表記(漢字)でなされているものになります。
「同音異義」語の音読みは、もとは漢語から来たものであるために音数に違いがあるとは言え中国語との共通性を見ることができます。
それに対して「同訓異字」の訓読みは日本独自のものであり、表記文字としての漢字については共通性が見られても訓読み「ことば」としての意味(語義)についてはまったく共通性がないと言えます。
したがって、漢字という文字を使用していてもそこには日本語独自の感覚が込められているものとなっています。
訓読みにも二種類の訓ものを考えることができます。
文字のない時代より「やまとことば」(倭語、和語)として存在していた口頭言語に、外来語である漢語の持っている文字のとして意味(字義)を転用して表記したものが最初の訓読みだと思われます。
「やまとことば」の音は古い言葉ほど短い音節でできていたと思われますので、2音節の訓読みはそのほとんどがこのようにしてできたものと思われます。
もう一つは、短い音節から広がっていって作られた新しい「やまとことば」やすでに持っていた訓読みが転用されたり合わさったりしてできていったものが考えられます。
時代と共にもとになる「ことば」としての意味(語義)や文字としての意味(字義)が使われ方によって変化したり消滅したりすることはよくあることです。
それによって、本来持っていた語義や字義と合わなくなった使い方だけが現代に残っているものもたくさんあります。
その中には、もともとの語義や字義そのものが既に推測すらできなくなっているものもあります。
「はかる」という訓読みを持つ漢字はいったいどのくらいあるのでしょうか。
まずは使用する漢字の範囲を決めないといけません。
常用漢字だけなのか、JIS漢字まで含むのかによってはその数に大きな差が出てしまいます。
ここでは、世界最大の漢和辞典と言われる大修館書店から出版されている『大漢和辞典』を例にしてみることになします。
収容されている文字数は、親文字と言われる単文字が約5万字、熟語が約53万語となっている膨大なものです。
この『大漢和辞典』において字訓索引によると「はかる」という訓を持つ漢字は実に137種類も存在していることが分かります。
そのうち学校で習うものについては、「図る」「諮る」「謀る」「測る」「計る」「量る」の六種類があります。
このうち、後半の三つはそれぞれが合わさって熟語を持っています。
「測量」「計量」「計測」は「はかる・はかる」となっており互いの意味において共通性があることことを物語っています。
対象によって使い分けられたと思われる後半の三つの「はかる」ですが、熟語があることによってどちらを使用するのがよいのかをかえって分かりにくくしてることもあるようです。
より似つかわしい馴染んだ使い方というのはあるのですが、こちらの文字でなくてはならないという正しさは規定できないようです。
「体重をはかる」と言ったときの漢字はどれなのでしょうか。
「体重計」は体重をはかる道具ですが、「重量」は重さをはかることです。
また、「体重測定」はやはり体重をはかることになります。
熟語にしてみてもそれぞれ根拠はあるように思えます。
「同訓異字」はまさしく「やまとことば」として持っている語義と漢字の文字として持っている字義のぶつかり合いになっているものです。
昔の「ことば」を探れば探るほど両方の持っている意味が離れていくことがあります。
時代を経て使われ方や意味に対しての馴染み方に変化が加わってきているからです。
しかし、同訓の文字があることによってもともと持っていた「ことば」の語義を複数の文字から推測することが可能ではないでしょうか。
"文字と言葉"で述べてきたように、文字から直接「ことば」を理解することは出来ません。
(参照:文字と言葉)
文字は「ことば」に導くための記号です。
音としての「ことば」になって初めて意味を理解することができるものとなっているのです。
意味を持った文字があることがその字義によって、語義への理解を妨げてしまうことがあるのです。
幸いにも、現代の私たちが文を書くとに使うのはほとんどがワープロの機能です。
ワープロという言葉すらが死語になりつつあります。
日本語変換ソフトが入ったソフトウェア(アプリケーション)ということになるのでしょうか。
入力方法はローマ字入力やかな入力などありますが、漢字にするためには変換が必要になります。
頻度の高い変換には優先的な変換もされますが、基本的には変換の候補がいくつか出てきているはずです。
これらを無視しないことです。
多少の余裕を持って、候補たちを眺めてみることもいいトレーニングになります。
文字を直接書くことがほとんどなんくなった現代では、日本語の変換機能を上手く利用することが日本語の感覚に触れる機会になります。
音読み熟語は必要ありません。
訓読みの候補にこそ、その「ことば」が持つ感覚の一部が現れているはずです。
漢字を使った遊びは機知にとんだものがたくさんあります。
「?」と思う時には訓読みが関係している場合が多いです。
「海海海海海」これは何と読むのでしょうか?
かなり難解ですが、すべて海の付く漢字二文字が関係してます。
「海女(あま)」「海豚(いるか)」「海胆(うに)」「海老(えび)」「海草(おご)」こうなると分かるのではないでしょうか。
最後の「海草(おご)」(海髪)が馴染みのないところでしょうか。
すべて訓読みで二文字ですので一文字目の海だけを取り出してみると、「あいうえお」と読めることが分かります。
海という字は組み合わさる字によって「あ行」のすべての音が使われているんですね。
文字自体が持ってる意味が字義になりますが、字義は漢語がもともと持っていたものです。
近代になって日本において作られた字義もありますがそれでも元の字義の転用から大きく離れたものではありません。
字義を追うことは、漢語としての意味を追うことになります。
日本語の感覚としては「やまとことば」としての語義を追いたいのです。
大事なのは音としての訓読みから導かれる「ことば」なのです。
そのきっかけとして、「同訓異字」における表面的な字の違いはいいきっかけになるのではないでしょうか。
海のように一文字で多くの訓読みを持った文字がたくさん存在しています。
訓読みに込められた日本語の感覚にできるだけ触れてみたいですね。
2015年10月5日月曜日
2015年9月3日木曜日
「やまとことば」と漢字の訓読み
漢字の訓読みは、個々の漢字に対して日本語の意味に相当する和語(やまとことば)によって読む方法が定着したものと言われています。
その漢字が漢語として読まれていた音が音読みであり、漢語が導入された時代によって同じ漢語であっても音が違っていたりもしています。
呉音や漢音・唐音などと言われて同じ漢語であっても読み方が異なる場合も多くなっています。
訓読みを作ることができた大きな理由の一つに、漢字という文字が表意文字であることが挙げられます。
文字そのものが意味を持っているものであるために、その意味に相当する「やまとことば」に読み替えることができたからです。
したがって、訓読みを見てみればその漢字が表している意味を知ることができるようになっています。
漢字の音読みは元の音が漢字の文字の中に含まれていることが多くなっています。
とくに画数が多く部首がはっきりしている漢字の場合は音読みの音が部首のどこかにあることが多いために、読み方の知らない漢字であっても音読みであれば想像することも可能となっています。
漢字そのものから音読みとしての音を見つけることが可能となっているのです。
ところが、訓読みは漢字の持っている意味を表していますので、文字を見ていても読み方は見つかりません。
その文字の持っている意味が分からなければ訓読みを見つける手掛かりがないことになります。
訓読みの「訓」は「よむ」という意味ですが、より詳しくは「ときほぐしてよむ」ことを意味するものとなります。
つまりは、漢字の訓読みとはその漢字の意味を日本語としてより優しく解説したり言い換えたりすることになります。
漢語を日本語(やまとことば)に翻訳する行為そのものが訓読みであり、和語に解きほぐすことから和訓と呼ばれてきました。
文字のなかった時代に中国から当時の世界最先端の文明が漢語によってもたらされてきました。
話し言葉だけではなく文字という強烈な伝達方法を持ち、音では理解できなくとも文字を見ればその意味を理解できる表意文字を持った圧倒的に進んだ文明に対して、音しかない自分たちの言葉に翻訳をするという行為を行なったのです。
自分たちの持っていた言葉では表せないような技術や文化ばかりだったのではないでしょうか。
圧倒的な文明度の違いは高度な文明によって使用されている言語による侵略を意味します。
その文明の恩恵を受けようとすればするほど、その言語による侵略の速度は速くなります。
文明度の差は、持っている言葉の大きさに比例します。
大きな文明の持っている技術や文化を小さな文明の持っている言語では表現しきれないからです。
そのニュアンスを伝えきれる表現を持っていないからです。
結果として、大きな文明が押し寄せてきた場合にはその文明の浸透に応じて言語そのものも浸透していくこととなっていくのです。
この当たり前の言語進化論に逆らった奇跡が起きたのが「やまとことば」による漢語の翻訳だったのです。
本来ならば、日本語は漢語になっていてもおかしくなかったのです、漢語になっていなければならなかったはずなのです。
(参照:原始日本語はなぜ残ったか?)
「古事記」においては漢語で書かれていますが、そこには万葉仮名による翻訳の訓読みのための注釈がつけられています。
その訓注は一つの漢字に対して複数のものが存在し、しかも固定的ではなかったと言われています。
平安時代の末期に作られたとされている漢語と和語(やまとことば)を翻訳するための字典と言われている「類聚名義抄」では、漢字一字に対して30以上の訓があるものもあるようです。
漢語という外国語を「やまとことば」として読んで理解するための語順や意味を表してきたものと言えるでしょう。
話し言葉だけであった「古代やまとことば」では、語順や文法的な規制はかなり自由度が高かったと思われます。
単語のつながりだけでコミュニケーションが行なわれていたと思われることからは、語順や文法は存在しなかったとも考えられます。
文字が導入されたことによって長い言葉(文章的なもの)も使われるようになり理解されるようになったと思われます。
そのためには、書かれた要素としての言葉同士の関係や時間的な前後の関係が必要になってきたのではないでしょうか。
日本語は話し言葉が先にあり、外国語としての漢語を話し言葉として理解するために翻訳が行なわれ、そのために外国語の語順や文法を理解していくことによって出来てきたのではないでしょうか。
一呼吸で発する音の数としては十二音はとても自然な長さです。
その十二音にリズムをつけると七音五音がとてもうまくはまります。
「万葉集」に見るように、話し言葉としての歌である長歌や短歌は文字のない時代でも広く行なわれていたと思われます。
語尾変化や助詞などは、単語をつなぐものとして自然発生的に生まれてきていたのではないでしょうか。
七音五音のリズムを整えながらも、短かい話し言葉の中での要素の関係がわかり易いように工夫されてきていたのではないでしょうか。
言葉の多さは文化としての大きさや懐の広さを意味していると思われます。
一つの漢字にあてた訓の多さが持っていた言葉の多さを物語っているのではないでしょうか。
「上」という漢字にあてられた訓は、「うえ」「かみ」「あがる」「のぼる」など送り仮名によっては動詞としても使われています。
現在使用されている漢字で最も訓読みの多いものは「生」という字だと思われます。
文字としては単純な漢字の方が多くの訓読みを持っているようです。
複雑な漢字ほどより具体的なものを表していますので、このようなことになっているのではないでしょうか。
複数の訓読みを持つ漢字を見ていくと、より多くの訓読みを持つ漢字が「やまとことば」としての登場場面も多いように思えます。
一つの漢字に対して複数の「やまとことば」を当てることができるほど多くの言葉を「やまとことば」が持っていたということなのでしょう。
より高度な文明が文字を持った言語でやってきたときに、文字を持たない話し言葉だけの文化の方がその文明を取り込んでいくことができたのは、思っていた以上に多くの話し言葉を持っていたことによるのかもしれません。
漢語の導入は結果として「やまとことば」の更なる充実と拡大につながっていたのではないでしょうか。
そして、決定的だったことが行なわれるようになります。
漢語を利用して「やまとことば」を表記するための文字であるひらがなを生み出していったのです。
やがて、漢語は漢字として「やまとことば」を表記するための文字の一部となっていくことになるのです。
ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットという表記文字を持っている日本語は、世界の言語のなかで最も懐の広い言語となっていったのです。
日本語自体が持っている基本的な感覚は、古代日本の環境が作ってきた歴史文化に基づくものです。
そこには、共生のために自分自信を適応させていくという基本的な感覚が根付いています。
結果として周りの者との共生をしながら自らの適応能力をさらに高めていくことにつながっているのではないでしょうか。
その根底にある「やまとことば」としてのひらがなをもっと大切にしていきたいですね。
その漢字が漢語として読まれていた音が音読みであり、漢語が導入された時代によって同じ漢語であっても音が違っていたりもしています。
呉音や漢音・唐音などと言われて同じ漢語であっても読み方が異なる場合も多くなっています。
訓読みを作ることができた大きな理由の一つに、漢字という文字が表意文字であることが挙げられます。
文字そのものが意味を持っているものであるために、その意味に相当する「やまとことば」に読み替えることができたからです。
したがって、訓読みを見てみればその漢字が表している意味を知ることができるようになっています。
漢字の音読みは元の音が漢字の文字の中に含まれていることが多くなっています。
とくに画数が多く部首がはっきりしている漢字の場合は音読みの音が部首のどこかにあることが多いために、読み方の知らない漢字であっても音読みであれば想像することも可能となっています。
漢字そのものから音読みとしての音を見つけることが可能となっているのです。
ところが、訓読みは漢字の持っている意味を表していますので、文字を見ていても読み方は見つかりません。
その文字の持っている意味が分からなければ訓読みを見つける手掛かりがないことになります。
訓読みの「訓」は「よむ」という意味ですが、より詳しくは「ときほぐしてよむ」ことを意味するものとなります。
つまりは、漢字の訓読みとはその漢字の意味を日本語としてより優しく解説したり言い換えたりすることになります。
漢語を日本語(やまとことば)に翻訳する行為そのものが訓読みであり、和語に解きほぐすことから和訓と呼ばれてきました。
文字のなかった時代に中国から当時の世界最先端の文明が漢語によってもたらされてきました。
話し言葉だけではなく文字という強烈な伝達方法を持ち、音では理解できなくとも文字を見ればその意味を理解できる表意文字を持った圧倒的に進んだ文明に対して、音しかない自分たちの言葉に翻訳をするという行為を行なったのです。
自分たちの持っていた言葉では表せないような技術や文化ばかりだったのではないでしょうか。
圧倒的な文明度の違いは高度な文明によって使用されている言語による侵略を意味します。
その文明の恩恵を受けようとすればするほど、その言語による侵略の速度は速くなります。
文明度の差は、持っている言葉の大きさに比例します。
大きな文明の持っている技術や文化を小さな文明の持っている言語では表現しきれないからです。
そのニュアンスを伝えきれる表現を持っていないからです。
結果として、大きな文明が押し寄せてきた場合にはその文明の浸透に応じて言語そのものも浸透していくこととなっていくのです。
この当たり前の言語進化論に逆らった奇跡が起きたのが「やまとことば」による漢語の翻訳だったのです。
本来ならば、日本語は漢語になっていてもおかしくなかったのです、漢語になっていなければならなかったはずなのです。
(参照:原始日本語はなぜ残ったか?)
「古事記」においては漢語で書かれていますが、そこには万葉仮名による翻訳の訓読みのための注釈がつけられています。
その訓注は一つの漢字に対して複数のものが存在し、しかも固定的ではなかったと言われています。
平安時代の末期に作られたとされている漢語と和語(やまとことば)を翻訳するための字典と言われている「類聚名義抄」では、漢字一字に対して30以上の訓があるものもあるようです。
漢語という外国語を「やまとことば」として読んで理解するための語順や意味を表してきたものと言えるでしょう。
話し言葉だけであった「古代やまとことば」では、語順や文法的な規制はかなり自由度が高かったと思われます。
単語のつながりだけでコミュニケーションが行なわれていたと思われることからは、語順や文法は存在しなかったとも考えられます。
文字が導入されたことによって長い言葉(文章的なもの)も使われるようになり理解されるようになったと思われます。
そのためには、書かれた要素としての言葉同士の関係や時間的な前後の関係が必要になってきたのではないでしょうか。
日本語は話し言葉が先にあり、外国語としての漢語を話し言葉として理解するために翻訳が行なわれ、そのために外国語の語順や文法を理解していくことによって出来てきたのではないでしょうか。
一呼吸で発する音の数としては十二音はとても自然な長さです。
その十二音にリズムをつけると七音五音がとてもうまくはまります。
「万葉集」に見るように、話し言葉としての歌である長歌や短歌は文字のない時代でも広く行なわれていたと思われます。
語尾変化や助詞などは、単語をつなぐものとして自然発生的に生まれてきていたのではないでしょうか。
七音五音のリズムを整えながらも、短かい話し言葉の中での要素の関係がわかり易いように工夫されてきていたのではないでしょうか。
言葉の多さは文化としての大きさや懐の広さを意味していると思われます。
一つの漢字にあてた訓の多さが持っていた言葉の多さを物語っているのではないでしょうか。
「上」という漢字にあてられた訓は、「うえ」「かみ」「あがる」「のぼる」など送り仮名によっては動詞としても使われています。
現在使用されている漢字で最も訓読みの多いものは「生」という字だと思われます。
文字としては単純な漢字の方が多くの訓読みを持っているようです。
複雑な漢字ほどより具体的なものを表していますので、このようなことになっているのではないでしょうか。
複数の訓読みを持つ漢字を見ていくと、より多くの訓読みを持つ漢字が「やまとことば」としての登場場面も多いように思えます。
一つの漢字に対して複数の「やまとことば」を当てることができるほど多くの言葉を「やまとことば」が持っていたということなのでしょう。
より高度な文明が文字を持った言語でやってきたときに、文字を持たない話し言葉だけの文化の方がその文明を取り込んでいくことができたのは、思っていた以上に多くの話し言葉を持っていたことによるのかもしれません。
漢語の導入は結果として「やまとことば」の更なる充実と拡大につながっていたのではないでしょうか。
そして、決定的だったことが行なわれるようになります。
漢語を利用して「やまとことば」を表記するための文字であるひらがなを生み出していったのです。
やがて、漢語は漢字として「やまとことば」を表記するための文字の一部となっていくことになるのです。
ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットという表記文字を持っている日本語は、世界の言語のなかで最も懐の広い言語となっていったのです。
日本語自体が持っている基本的な感覚は、古代日本の環境が作ってきた歴史文化に基づくものです。
そこには、共生のために自分自信を適応させていくという基本的な感覚が根付いています。
結果として周りの者との共生をしながら自らの適応能力をさらに高めていくことにつながっているのではないでしょうか。
その根底にある「やまとことば」としてのひらがなをもっと大切にしていきたいですね。
2014年7月8日火曜日
世界一の言語を作った漢字の訓読み
日本語を母語とする日本人が勤める企業でありながら、社内公用語を英語にしている企業が出てきました。
世界からの笑いものになっていますね。
イギリスのバーナード・ショーの言葉を引用しておきたいと思います。
「母国語もまともに知らない人間が外国語をどんなに勉強しても、その人間の母国語能力以上の外国語を習得することはできない。」
ショーの時代には母国語と母語の違いという概念はなかったと思われますので、母国語を母語と読み替えたほうがより正確になると思われます。
人間の知的活動のための機能は、母語によって作られて来ていることがわかっています。
つまりは、母語によって知的活動を行なうことが一番レベルの高い知的活動ができることになります。
社内公用語を英語にして、日本語を母語とする人間同士が外国語で議論したところで本来持っている能力を発揮することなんてできないことは初めからわかっていることなのです。
せっかく優秀な日本人に対して、わざと役に立たない部分しか使わせないこの行為は、少し考えてみれば誰でもがわかることです。
やることは勝手ですが、これをグローバル対応の一環として取り上げる馬鹿なマスコミも、言語に頼っている仕事をしながら恥かしい限りだと思います。
さて、漢字の話に戻りましょう。
漢字は中国からの文化輸出として、ベトナム、韓国(朝鮮)、日本へやってきました。
それぞれの国で、漢字はどうなっていったかを見てみましょう。
ベトナムでは、約千年にもわたった中国の支配の中でも、ベトナム語に対して漢字は異質な要素として残り続けて、最後までべトナム語に融合することはありませんでした。
そのために、ベトナムでは20世紀になってから漢字を完全に廃止し、アルファベット表記に切り替えました。
しかし、漢字の廃止は文化的に思わぬ結果を導いてしまいました。
それは、学問や思索のための高レベル言語群の喪失という形で現れました。
この損失は、国中を通しての文化的レベルや教育レベルの維持を不可能にしてしまったのです。
大学レベル以上の科学や学問をやろうとすると、ベトナム語では無理となっています。
漢字を捨てた後は、外国語に頼らないと大学レベルの教育ができなくなってしまっているのです。
韓国においては、漢字の読み方は中国語としての音読みのみになります。
ベトナムよりは韓国語と漢字の融和は行われていたと思われます。
それでも、近代以前に漢字を使いこなすことができていたのは両班(李氏朝鮮時代の最上身分、貴族階級に相当)のようなエリート層だけでした。
日本統治時代に、ハングルと漢字の混用文が普及しましたが、漢字の訓読みは導入されることがありませんでした。
その後、1970年以降は段階的に漢字を廃止してしまい、ハングルのみとなってしまいました。
最近では、漢字使用時代の文化の喪失が懸念され、ごく初歩的な教育漢字が復活していますが、失われたものを取り返すには程遠いものとなっています。
漢字廃止の影響は、1990年頃より顕著になり、読書率の急降下、英語への盲目的傾斜、ベトナムとおなじように高レベル言語群の喪失という形で現れています。
日本では、漢字導入以降は約千年にわたって日本語化への融和が行なわれてきました。
漢字の音読みから始まった導入において、自国の持っていた「やまとことば」の読みを充てて訓読みを発明します。
そして、訓読みとしての文字と読みを普及し定着していきました。
訓読みの普及は、日本人が漢字を完全に理解したうえで、自国の言語に取り込んだことを示すものと言われています。
訓読みの発明によって、漢字は完全に日本語の一部となったのです。
訓読みの発明は、文字としての漢字に二つ以上の読みのを持たせることになります。
表記文字倒れであれば、音読みの漢語読みの方が優勢になりますし、話し言葉倒れであれば「やまとことば」の音が優勢になり漢字表記は不要となります。
ひとつの文字に対して、二つの読み方があるということは、その二つの読み方が同じ程度には普及していないと、どちらかに偏ることが起こります。
文字の文化として入ってきた漢語は、その読みについては仏教の経典が大きな役割を果たしたのではないかと思われます。
経は、読むことは勿論ですが、声に出して発することで初めて経になるものです。
漢字の音読みに対して、その普及と定着に一番貢献したのは、高級エリートや僧による仏教の普及だったと思われます。
漢字の訓読みについては、漢字だらけの漢語から、音しか存在していなかった「やまとことば」への翻訳のために生まれてきた読みではないかと思われます。
やがてそれは、読み仮名のひらがなとなり、送り仮名や補助文字としてのカタカナになっていったと思われます。
音読みで入ってきた漢字は、「やまとことば」とは違和感の大きかったものだと思われます。
訓読みの発明(「やまとことば」への翻訳)によって完全に日本語の一部となっていったのです。
訓読み漢字は、姿かたちこそ漢字ですが、音そのものは「やまとことば」でもあるのです。
新しい大きな文化が入ってくると、新しい言葉が入ってきます。
当時の漢字においても同じことが言えます。
漢字の導入によって新しく入ってきた言葉がたくさんできました。
その言葉を理解することにおいて、新しく作られた「やまとことば」としての訓読みもあったことでしょう。
文字のなかった時代の「古代やまとことば」に加えて、漢語の導入によって新しい「やまとことば」が増えていったことだと思われます。
幕末より明治期にかけて、漢字の造語力が大いに生かされた時期があります。
この時に生み出された和製漢語(和声漢字)が漢字文化圏の存続を支えたのです。
ベトナムや韓国では、もっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れて、その枠の外に出ることはほとんどありませんでした。
韓国においてはいくらか造語もありますが、その数は極めて少ないものとなっています。
日本は全くの例外であり、中国では漢字一字でその意味を表すものが多いのに対して、漢字の造語力を活用して二文字熟語を中心にこれでもかと新語を生み出していきました。
アジアの地域で、西洋の文化を最初に取り入れたのが日本です。
西洋文化を取り込んで自分の物としなければ、植民地化することになるわけですからそれこそ必死に行われた明治維新であり文明開化でした。
この時に造られた和製漢語は20万語を越えると言われています。
(参照:和声漢字のチカラ(1)~(3))
千年に及ぶ漢字の造語能力との付き合いが、西洋起源の近代的な語彙(科学・哲学・技術・思想・社会・軍事・経済等すべての分野)に対応する新語を造り出す困難な仕事に対応することができた原動力となっているのです。
こうして生まれた和製漢語は、その多くが中国へ渡り、現代中国での使用頻度の高い語彙群を形成しているのです。
新語の創出がなされなかったならば、世界の多くの国が抱える問題に日本も中国も見舞われたことであろうと思われます。
世界の多くの国では自国語で大学以上の高等教育を行えない現実があります。
マレーシアであれナイジェリアであれネパールであれトルコであれアルメニアであれカザフスタンであれ、自国語で大学レベル以上の科学や技術や学問を行うことができないのです。
英語やフランス語やドイツ語等の外国語に頼らざるえないことになっているのです。
国の文化度を見る一番いい方法として、その国の最高学府での学問研究がどの言語で行われているかを確認することがあります。
自国の母語で行われていることに誇りを持ち、感謝をしなければなりません。
世界中のなかで、ほんの限られた国でしかできていないことなのです。
日本語で考えた理論がノーベル賞を獲得しているのです。
これは非欧米圏では日本だけです。
2000年以降では、ノーベル賞の自然科学の三分野(物理学賞、化学賞、医学生理学賞)における日本人の受賞者数は、全ヨーロッパの合計よりも多いのです。
導入した漢字だけでは、ここまでにはなっていないと思われます。
漢字から生み出した日本語がすごいのです。
その日本語を生み出した日本人がすごいのです。
その凄い日本人が日本語で考えるから、最強なのです。
しっかり使いたいですね、日本語。
世界からの笑いものになっていますね。
イギリスのバーナード・ショーの言葉を引用しておきたいと思います。
「母国語もまともに知らない人間が外国語をどんなに勉強しても、その人間の母国語能力以上の外国語を習得することはできない。」
ショーの時代には母国語と母語の違いという概念はなかったと思われますので、母国語を母語と読み替えたほうがより正確になると思われます。
人間の知的活動のための機能は、母語によって作られて来ていることがわかっています。
つまりは、母語によって知的活動を行なうことが一番レベルの高い知的活動ができることになります。
社内公用語を英語にして、日本語を母語とする人間同士が外国語で議論したところで本来持っている能力を発揮することなんてできないことは初めからわかっていることなのです。
せっかく優秀な日本人に対して、わざと役に立たない部分しか使わせないこの行為は、少し考えてみれば誰でもがわかることです。
やることは勝手ですが、これをグローバル対応の一環として取り上げる馬鹿なマスコミも、言語に頼っている仕事をしながら恥かしい限りだと思います。
さて、漢字の話に戻りましょう。
漢字は中国からの文化輸出として、ベトナム、韓国(朝鮮)、日本へやってきました。
それぞれの国で、漢字はどうなっていったかを見てみましょう。
ベトナムでは、約千年にもわたった中国の支配の中でも、ベトナム語に対して漢字は異質な要素として残り続けて、最後までべトナム語に融合することはありませんでした。
そのために、ベトナムでは20世紀になってから漢字を完全に廃止し、アルファベット表記に切り替えました。
しかし、漢字の廃止は文化的に思わぬ結果を導いてしまいました。
それは、学問や思索のための高レベル言語群の喪失という形で現れました。
この損失は、国中を通しての文化的レベルや教育レベルの維持を不可能にしてしまったのです。
大学レベル以上の科学や学問をやろうとすると、ベトナム語では無理となっています。
漢字を捨てた後は、外国語に頼らないと大学レベルの教育ができなくなってしまっているのです。
韓国においては、漢字の読み方は中国語としての音読みのみになります。
ベトナムよりは韓国語と漢字の融和は行われていたと思われます。
それでも、近代以前に漢字を使いこなすことができていたのは両班(李氏朝鮮時代の最上身分、貴族階級に相当)のようなエリート層だけでした。
日本統治時代に、ハングルと漢字の混用文が普及しましたが、漢字の訓読みは導入されることがありませんでした。
その後、1970年以降は段階的に漢字を廃止してしまい、ハングルのみとなってしまいました。
最近では、漢字使用時代の文化の喪失が懸念され、ごく初歩的な教育漢字が復活していますが、失われたものを取り返すには程遠いものとなっています。
漢字廃止の影響は、1990年頃より顕著になり、読書率の急降下、英語への盲目的傾斜、ベトナムとおなじように高レベル言語群の喪失という形で現れています。
日本では、漢字導入以降は約千年にわたって日本語化への融和が行なわれてきました。
漢字の音読みから始まった導入において、自国の持っていた「やまとことば」の読みを充てて訓読みを発明します。
そして、訓読みとしての文字と読みを普及し定着していきました。
訓読みの普及は、日本人が漢字を完全に理解したうえで、自国の言語に取り込んだことを示すものと言われています。
訓読みの発明によって、漢字は完全に日本語の一部となったのです。
訓読みの発明は、文字としての漢字に二つ以上の読みのを持たせることになります。
表記文字倒れであれば、音読みの漢語読みの方が優勢になりますし、話し言葉倒れであれば「やまとことば」の音が優勢になり漢字表記は不要となります。
ひとつの文字に対して、二つの読み方があるということは、その二つの読み方が同じ程度には普及していないと、どちらかに偏ることが起こります。
文字の文化として入ってきた漢語は、その読みについては仏教の経典が大きな役割を果たしたのではないかと思われます。
経は、読むことは勿論ですが、声に出して発することで初めて経になるものです。
漢字の音読みに対して、その普及と定着に一番貢献したのは、高級エリートや僧による仏教の普及だったと思われます。
漢字の訓読みについては、漢字だらけの漢語から、音しか存在していなかった「やまとことば」への翻訳のために生まれてきた読みではないかと思われます。
やがてそれは、読み仮名のひらがなとなり、送り仮名や補助文字としてのカタカナになっていったと思われます。
音読みで入ってきた漢字は、「やまとことば」とは違和感の大きかったものだと思われます。
訓読みの発明(「やまとことば」への翻訳)によって完全に日本語の一部となっていったのです。
訓読み漢字は、姿かたちこそ漢字ですが、音そのものは「やまとことば」でもあるのです。
新しい大きな文化が入ってくると、新しい言葉が入ってきます。
当時の漢字においても同じことが言えます。
漢字の導入によって新しく入ってきた言葉がたくさんできました。
その言葉を理解することにおいて、新しく作られた「やまとことば」としての訓読みもあったことでしょう。
文字のなかった時代の「古代やまとことば」に加えて、漢語の導入によって新しい「やまとことば」が増えていったことだと思われます。
幕末より明治期にかけて、漢字の造語力が大いに生かされた時期があります。
この時に生み出された和製漢語(和声漢字)が漢字文化圏の存続を支えたのです。
ベトナムや韓国では、もっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れて、その枠の外に出ることはほとんどありませんでした。
韓国においてはいくらか造語もありますが、その数は極めて少ないものとなっています。
日本は全くの例外であり、中国では漢字一字でその意味を表すものが多いのに対して、漢字の造語力を活用して二文字熟語を中心にこれでもかと新語を生み出していきました。
アジアの地域で、西洋の文化を最初に取り入れたのが日本です。
西洋文化を取り込んで自分の物としなければ、植民地化することになるわけですからそれこそ必死に行われた明治維新であり文明開化でした。
この時に造られた和製漢語は20万語を越えると言われています。
(参照:和声漢字のチカラ(1)~(3))
千年に及ぶ漢字の造語能力との付き合いが、西洋起源の近代的な語彙(科学・哲学・技術・思想・社会・軍事・経済等すべての分野)に対応する新語を造り出す困難な仕事に対応することができた原動力となっているのです。
こうして生まれた和製漢語は、その多くが中国へ渡り、現代中国での使用頻度の高い語彙群を形成しているのです。
新語の創出がなされなかったならば、世界の多くの国が抱える問題に日本も中国も見舞われたことであろうと思われます。
世界の多くの国では自国語で大学以上の高等教育を行えない現実があります。
マレーシアであれナイジェリアであれネパールであれトルコであれアルメニアであれカザフスタンであれ、自国語で大学レベル以上の科学や技術や学問を行うことができないのです。
英語やフランス語やドイツ語等の外国語に頼らざるえないことになっているのです。
国の文化度を見る一番いい方法として、その国の最高学府での学問研究がどの言語で行われているかを確認することがあります。
自国の母語で行われていることに誇りを持ち、感謝をしなければなりません。
世界中のなかで、ほんの限られた国でしかできていないことなのです。
日本語で考えた理論がノーベル賞を獲得しているのです。
これは非欧米圏では日本だけです。
2000年以降では、ノーベル賞の自然科学の三分野(物理学賞、化学賞、医学生理学賞)における日本人の受賞者数は、全ヨーロッパの合計よりも多いのです。
導入した漢字だけでは、ここまでにはなっていないと思われます。
漢字から生み出した日本語がすごいのです。
その日本語を生み出した日本人がすごいのです。
その凄い日本人が日本語で考えるから、最強なのです。
しっかり使いたいですね、日本語。
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