2015年10月5日月曜日

同訓異字で日本語を鍛える

「同訓異字」という言い方は余り馴染みがないのではないでしょうか。

「同音異義」と比較してみるとわかり易いと思います。


同じ音読みなのに異なった文字表記(漢字)をするものを「同音異義」語と言うのは慣れている表現だと思います。

日本語を学習する場合にこれによって悩まされることが多いようですね。

曖昧さを指摘される日本語の特徴の原因の一つとも言われています。


「同訓異字」は「同音異義」から推測するとわかり易いと思います。

同じ訓読みなのに異なった文字表記(漢字)でなされているものになります。


「同音異義」語の音読みは、もとは漢語から来たものであるために音数に違いがあるとは言え中国語との共通性を見ることができます。

それに対して「同訓異字」の訓読みは日本独自のものであり、表記文字としての漢字については共通性が見られても訓読み「ことば」としての意味(語義)についてはまったく共通性がないと言えます。

したがって、漢字という文字を使用していてもそこには日本語独自の感覚が込められているものとなっています。


訓読みにも二種類の訓ものを考えることができます。

文字のない時代より「やまとことば」(倭語、和語)として存在していた口頭言語に、外来語である漢語の持っている文字のとして意味(字義)を転用して表記したものが最初の訓読みだと思われます。

「やまとことば」の音は古い言葉ほど短い音節でできていたと思われますので、2音節の訓読みはそのほとんどがこのようにしてできたものと思われます。


もう一つは、短い音節から広がっていって作られた新しい「やまとことば」やすでに持っていた訓読みが転用されたり合わさったりしてできていったものが考えられます。

時代と共にもとになる「ことば」としての意味(語義)や文字としての意味(字義)が使われ方によって変化したり消滅したりすることはよくあることです。

それによって、本来持っていた語義や字義と合わなくなった使い方だけが現代に残っているものもたくさんあります。

その中には、もともとの語義や字義そのものが既に推測すらできなくなっているものもあります。


「はかる」という訓読みを持つ漢字はいったいどのくらいあるのでしょうか。

まずは使用する漢字の範囲を決めないといけません。

常用漢字だけなのか、JIS漢字まで含むのかによってはその数に大きな差が出てしまいます。

ここでは、世界最大の漢和辞典と言われる大修館書店から出版されている『大漢和辞典』を例にしてみることになします。

収容されている文字数は、親文字と言われる単文字が約5万字、熟語が約53万語となっている膨大なものです。


この『大漢和辞典』において字訓索引によると「はかる」という訓を持つ漢字は実に137種類も存在していることが分かります。

そのうち学校で習うものについては、「図る」「諮る」「謀る」「測る」「計る」「量る」の六種類があります。

このうち、後半の三つはそれぞれが合わさって熟語を持っています。

「測量」「計量」「計測」は「はかる・はかる」となっており互いの意味において共通性があることことを物語っています。


対象によって使い分けられたと思われる後半の三つの「はかる」ですが、熟語があることによってどちらを使用するのがよいのかをかえって分かりにくくしてることもあるようです。

より似つかわしい馴染んだ使い方というのはあるのですが、こちらの文字でなくてはならないという正しさは規定できないようです。

「体重をはかる」と言ったときの漢字はどれなのでしょうか。

「体重計」は体重をはかる道具ですが、「重量」は重さをはかることです。

また、「体重測定」はやはり体重をはかることになります。

熟語にしてみてもそれぞれ根拠はあるように思えます。


「同訓異字」はまさしく「やまとことば」として持っている語義と漢字の文字として持っている字義のぶつかり合いになっているものです。

昔の「ことば」を探れば探るほど両方の持っている意味が離れていくことがあります。

時代を経て使われ方や意味に対しての馴染み方に変化が加わってきているからです。


しかし、同訓の文字があることによってもともと持っていた「ことば」の語義を複数の文字から推測することが可能ではないでしょうか。

"文字と言葉"で述べてきたように、文字から直接「ことば」を理解することは出来ません。
(参照:文字と言葉

文字は「ことば」に導くための記号です。

音としての「ことば」になって初めて意味を理解することができるものとなっているのです。


意味を持った文字があることがその字義によって、語義への理解を妨げてしまうことがあるのです。

幸いにも、現代の私たちが文を書くとに使うのはほとんどがワープロの機能です。

ワープロという言葉すらが死語になりつつあります。


日本語変換ソフトが入ったソフトウェア(アプリケーション)ということになるのでしょうか。

入力方法はローマ字入力やかな入力などありますが、漢字にするためには変換が必要になります。

頻度の高い変換には優先的な変換もされますが、基本的には変換の候補がいくつか出てきているはずです。

これらを無視しないことです。


多少の余裕を持って、候補たちを眺めてみることもいいトレーニングになります。

文字を直接書くことがほとんどなんくなった現代では、日本語の変換機能を上手く利用することが日本語の感覚に触れる機会になります。

音読み熟語は必要ありません。

訓読みの候補にこそ、その「ことば」が持つ感覚の一部が現れているはずです。


漢字を使った遊びは機知にとんだものがたくさんあります。

「?」と思う時には訓読みが関係している場合が多いです。

「海海海海海」これは何と読むのでしょうか?


かなり難解ですが、すべて海の付く漢字二文字が関係してます。

「海女(あま)」「海豚(いるか)」「海胆(うに)」「海老(えび)」「海草(おご)」こうなると分かるのではないでしょうか。

最後の「海草(おご)」(海髪)が馴染みのないところでしょうか。

すべて訓読みで二文字ですので一文字目の海だけを取り出してみると、「あいうえお」と読めることが分かります。

海という字は組み合わさる字によって「あ行」のすべての音が使われているんですね。


文字自体が持ってる意味が字義になりますが、字義は漢語がもともと持っていたものです。

近代になって日本において作られた字義もありますがそれでも元の字義の転用から大きく離れたものではありません。

字義を追うことは、漢語としての意味を追うことになります。


日本語の感覚としては「やまとことば」としての語義を追いたいのです。

大事なのは音としての訓読みから導かれる「ことば」なのです。

そのきっかけとして、「同訓異字」における表面的な字の違いはいいきっかけになるのではないでしょうか。

海のように一文字で多くの訓読みを持った文字がたくさん存在しています。

訓読みに込められた日本語の感覚にできるだけ触れてみたいですね。