世界からの笑いものになっていますね。
イギリスのバーナード・ショーの言葉を引用しておきたいと思います。
「母国語もまともに知らない人間が外国語をどんなに勉強しても、その人間の母国語能力以上の外国語を習得することはできない。」
ショーの時代には母国語と母語の違いという概念はなかったと思われますので、母国語を母語と読み替えたほうがより正確になると思われます。
人間の知的活動のための機能は、母語によって作られて来ていることがわかっています。
つまりは、母語によって知的活動を行なうことが一番レベルの高い知的活動ができることになります。
社内公用語を英語にして、日本語を母語とする人間同士が外国語で議論したところで本来持っている能力を発揮することなんてできないことは初めからわかっていることなのです。
せっかく優秀な日本人に対して、わざと役に立たない部分しか使わせないこの行為は、少し考えてみれば誰でもがわかることです。
やることは勝手ですが、これをグローバル対応の一環として取り上げる馬鹿なマスコミも、言語に頼っている仕事をしながら恥かしい限りだと思います。
さて、漢字の話に戻りましょう。
漢字は中国からの文化輸出として、ベトナム、韓国(朝鮮)、日本へやってきました。
それぞれの国で、漢字はどうなっていったかを見てみましょう。
ベトナムでは、約千年にもわたった中国の支配の中でも、ベトナム語に対して漢字は異質な要素として残り続けて、最後までべトナム語に融合することはありませんでした。
そのために、ベトナムでは20世紀になってから漢字を完全に廃止し、アルファベット表記に切り替えました。
しかし、漢字の廃止は文化的に思わぬ結果を導いてしまいました。
それは、学問や思索のための高レベル言語群の喪失という形で現れました。
この損失は、国中を通しての文化的レベルや教育レベルの維持を不可能にしてしまったのです。
大学レベル以上の科学や学問をやろうとすると、ベトナム語では無理となっています。
漢字を捨てた後は、外国語に頼らないと大学レベルの教育ができなくなってしまっているのです。
韓国においては、漢字の読み方は中国語としての音読みのみになります。
ベトナムよりは韓国語と漢字の融和は行われていたと思われます。
それでも、近代以前に漢字を使いこなすことができていたのは両班(李氏朝鮮時代の最上身分、貴族階級に相当)のようなエリート層だけでした。
日本統治時代に、ハングルと漢字の混用文が普及しましたが、漢字の訓読みは導入されることがありませんでした。
その後、1970年以降は段階的に漢字を廃止してしまい、ハングルのみとなってしまいました。
最近では、漢字使用時代の文化の喪失が懸念され、ごく初歩的な教育漢字が復活していますが、失われたものを取り返すには程遠いものとなっています。
漢字廃止の影響は、1990年頃より顕著になり、読書率の急降下、英語への盲目的傾斜、ベトナムとおなじように高レベル言語群の喪失という形で現れています。
日本では、漢字導入以降は約千年にわたって日本語化への融和が行なわれてきました。
漢字の音読みから始まった導入において、自国の持っていた「やまとことば」の読みを充てて訓読みを発明します。
そして、訓読みとしての文字と読みを普及し定着していきました。
訓読みの普及は、日本人が漢字を完全に理解したうえで、自国の言語に取り込んだことを示すものと言われています。
訓読みの発明によって、漢字は完全に日本語の一部となったのです。
訓読みの発明は、文字としての漢字に二つ以上の読みのを持たせることになります。
表記文字倒れであれば、音読みの漢語読みの方が優勢になりますし、話し言葉倒れであれば「やまとことば」の音が優勢になり漢字表記は不要となります。
ひとつの文字に対して、二つの読み方があるということは、その二つの読み方が同じ程度には普及していないと、どちらかに偏ることが起こります。
文字の文化として入ってきた漢語は、その読みについては仏教の経典が大きな役割を果たしたのではないかと思われます。
経は、読むことは勿論ですが、声に出して発することで初めて経になるものです。
漢字の音読みに対して、その普及と定着に一番貢献したのは、高級エリートや僧による仏教の普及だったと思われます。
漢字の訓読みについては、漢字だらけの漢語から、音しか存在していなかった「やまとことば」への翻訳のために生まれてきた読みではないかと思われます。
やがてそれは、読み仮名のひらがなとなり、送り仮名や補助文字としてのカタカナになっていったと思われます。
音読みで入ってきた漢字は、「やまとことば」とは違和感の大きかったものだと思われます。
訓読みの発明(「やまとことば」への翻訳)によって完全に日本語の一部となっていったのです。
訓読み漢字は、姿かたちこそ漢字ですが、音そのものは「やまとことば」でもあるのです。
新しい大きな文化が入ってくると、新しい言葉が入ってきます。
当時の漢字においても同じことが言えます。
漢字の導入によって新しく入ってきた言葉がたくさんできました。
その言葉を理解することにおいて、新しく作られた「やまとことば」としての訓読みもあったことでしょう。
文字のなかった時代の「古代やまとことば」に加えて、漢語の導入によって新しい「やまとことば」が増えていったことだと思われます。
幕末より明治期にかけて、漢字の造語力が大いに生かされた時期があります。
この時に生み出された和製漢語(和声漢字)が漢字文化圏の存続を支えたのです。
ベトナムや韓国では、もっぱら中国式の漢文を忠実に受け入れて、その枠の外に出ることはほとんどありませんでした。
韓国においてはいくらか造語もありますが、その数は極めて少ないものとなっています。
日本は全くの例外であり、中国では漢字一字でその意味を表すものが多いのに対して、漢字の造語力を活用して二文字熟語を中心にこれでもかと新語を生み出していきました。
アジアの地域で、西洋の文化を最初に取り入れたのが日本です。
西洋文化を取り込んで自分の物としなければ、植民地化することになるわけですからそれこそ必死に行われた明治維新であり文明開化でした。
この時に造られた和製漢語は20万語を越えると言われています。
(参照:和声漢字のチカラ(1)~(3))
千年に及ぶ漢字の造語能力との付き合いが、西洋起源の近代的な語彙(科学・哲学・技術・思想・社会・軍事・経済等すべての分野)に対応する新語を造り出す困難な仕事に対応することができた原動力となっているのです。
こうして生まれた和製漢語は、その多くが中国へ渡り、現代中国での使用頻度の高い語彙群を形成しているのです。
新語の創出がなされなかったならば、世界の多くの国が抱える問題に日本も中国も見舞われたことであろうと思われます。
世界の多くの国では自国語で大学以上の高等教育を行えない現実があります。
マレーシアであれナイジェリアであれネパールであれトルコであれアルメニアであれカザフスタンであれ、自国語で大学レベル以上の科学や技術や学問を行うことができないのです。
英語やフランス語やドイツ語等の外国語に頼らざるえないことになっているのです。
国の文化度を見る一番いい方法として、その国の最高学府での学問研究がどの言語で行われているかを確認することがあります。
自国の母語で行われていることに誇りを持ち、感謝をしなければなりません。
世界中のなかで、ほんの限られた国でしかできていないことなのです。
日本語で考えた理論がノーベル賞を獲得しているのです。
これは非欧米圏では日本だけです。
2000年以降では、ノーベル賞の自然科学の三分野(物理学賞、化学賞、医学生理学賞)における日本人の受賞者数は、全ヨーロッパの合計よりも多いのです。
導入した漢字だけでは、ここまでにはなっていないと思われます。
漢字から生み出した日本語がすごいのです。
その日本語を生み出した日本人がすごいのです。
その凄い日本人が日本語で考えるから、最強なのです。
しっかり使いたいですね、日本語。
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