2015年1月26日月曜日

「やまとことば」の動詞たち

久しぶりに「やまとことば」について見てみました。

いろいろな説がありますが、私自身は「やまとことば」を三つの段階に分けて定義しています。

偉い方々が言う学説などとは、かけ離れた自分勝手な区分です。


漢語という文字がなかった時代の、話し言葉だけの時代のやまとことばを「古代やまとことば」と呼んでいます。

「やまとことば」というと、記紀の時代以降で、音しかなかった「古代やまとことば」を記録するための文字が使われ始めた時代から、明治維新までを指す日本独自の発展を遂げた期間を表すようにしています。

明治維新以降は、現代言葉になりますが、その中でもひらがなと訓読み漢字と送り仮名で記されたものを「現代やまとことば」と呼んでいます。


今回取り上げるのは、記紀以降の日本語の基礎となった「やまとことば」の時代についてです。

音しかなかった時代に、漢語という文字を導入した当初は漢語と「古代やまとことば」の間には翻訳が必要でした。

そのために発明されたのが「仮名」です。

ひらがなもカタカナも漢語を「古代やまとことば」に翻訳するために生み出されたものということができると思います。


仮名が記録として残っている最古の史料は、万葉集だと思われますが、漢語の読みを「古代やまとことば」に充てた、いわゆる充て字であり、見た目は漢語そのものです。

漢語の持っている一字ずつの音を利用して、その音をつなぐことによって「古代やまとことば」の言葉を表現したものです。

一つの音に対して、複数の漢語が充てられています。


いまでこそ、仮名は形も定められその元となる漢字(字母)もしっかりと一対一で定められていますが、これが定められた明治以降のことになります。

それ以前には、一つの音に対していくつもの仮名と字母が使われていました。

「いろは」の四十七文字が記された最古の史料は700年代には存在していますが、その四十七文字を表す仮名は200種類程度はあったろうと言われています。


初期の「やまとことば」は「古代やまとことば」をそのまま表したものです。

やがて「やまとことば」のなかで、新しい言葉が沢山生まれて来ますが、今ではその起源を確定するすることは不可能となっていますし、できたとしても大して意味のあることではないと思われます。

想像の世界で、羽を広げたほうが面白いと思われます。


いろいろな仮説がありますが、「古代やまとことば」が文字によって表記され始めた「やまとことば」のころには、言葉の数が限られたものしかなかったと思われます。

音としてもそれほどたくさんの音は持っていいなかったであろうことは、容易に想像ができることだと思います。

その中で動詞の持つ働きは一番大きなものであったろうと思われます。


動詞という感覚すらない時代ですので、行動するための動作や生きるための動きのための言葉が基本であったろうと思われます。

「古代やまとことば」を起源とする「やまとことば」は、そのほとんどが2音からなる動詞を基本としていたのではないでしょうか。

その音は、すべてが「う」行で完結していたと思われます。

「*う」「*く」「*す」「*つ」「*ぬ」「*ふ」「*む」「*ゆ」「*る」という動詞たちです。


音しかなかった言葉の時代に複雑な思考や論理は存在しませんので、単純な動作を表す言葉が基本であったろうと思われます。

やがてそれらの言葉が文字を与えられたことによって、単なる記録から思考や論理を刺激するようになります。

そのなかで「やまとことば」は、和歌という舞台を中心にしてその言語技術を磨いていったのだと思われます。


同じ動詞に対しても、より広範囲な意味が与えられ抽象化していきました、あるいはその動作の対象によってより細分化されていきました。

「やまとことば」の動詞としては、それぞれの動詞がどんどん範囲を広げていったのではないでしょうか。

文字が広がることによって、より抽象的な思考が可能になっていきます。

基本的な動詞によって表現されることはどんどん広がっていったと思われます。


現在私たちが使っている漢字の訓読みの中にも、単純な2音で表現できる動詞の中には「やまとことば」の感覚につながるものが沢山あります。

「たつ」という動詞に充てはまる訓読み漢字をできるだけ書き出してみましょう。

【立つ】【建つ】【起つ】【発つ】【経つ】【絶つ】【截つ】【断つ】【裁つ】【奉つ】【献つ】まだあるのでしょうね。


これらの漢字から共通する感覚を読み取ることは出来ないでしょうか?

そうです、何かから離れるという基本感覚に気づくと思います。

その対象や、分類、方向、主体などによって意味をより明確にするために漢字の訓読みが充てられているのです。


「たつ」という「やまとことば」がどんな状況で使われていたのかを、想像することができるのではないでしょうか。

そこから、「たつ」という語音が持つ感覚すらも感じることができるのではないでしょうか。

どの漢字を使って表現してみても、そこには必ず「たつ」には何かから離れるという感覚が含まれているのです。


「古代やまとことば」は漢語と出会うことによって、「仮名」「訓読み」を生み出しました。

そして日本独自の言語文化を1000年以上にわたって、熟成させてきたのです。

現代論理や欧米の論理が導入されたのは、明治維新以降のわずか150年程度のことです。

しかも、「やまとことば」を育てた音と文字は、仮名と訓読みとしてずっと継承されてきており、日本語の基盤となっています。


今日現在であっても、日本語の表現方法の基本は「和漢混淆文」といわれる漢字と仮名で表現されるものです。

「やまとことば」の動詞たちを意識して感じるようになれば、より日本語の持っている感覚を身近に感じることができるのではないでしょうか。

メールやメモアプリの日本語変換は、毎日のように使っていると思います。

誤字のチェックよりも、候補の方に興味を持って見てみると日本語感覚の役に立つかもしれないですね。

仮名と訓読み漢字これが日本語感覚の基本です。

これが「現代やまとことば」ではないでしょうか。



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