「きく」というのは古代からの「やまとことば」にある動作を表す言葉です。
他の「やまとことば」と同様に基本的な動作を表す言葉ですので、その動作から派生するものとして様々な意味に展開していきます。
たとえば「かく」という動作を表す「やまとことば」があります。
その動作から派生した意味として、「書く」、「描く」、「画く」、「掻く」、「欠く」などがあります。
これらの言葉が並ぶと元の言葉のイメージが、動作としての「掻く」に一番近かったことがよくわかってくると思います。
同じ読みを持つ漢字(訓読み)はその成り立ちにおいて同じくするところが多いと思われます。
同じ読みの漢字を並べてみると、一つ一つの漢字からは見えないものが見えてくることがありますね。
「きく」に戻ってみましょう。
人の話を聞くときの「聞く」は一番一般的に使われる「きく」ですね。
「きく」と読む漢字を並べてくると、「きく」ことの元の姿が見えてくるのではないでしょうか。
辞書によれば「きく」には次の五つの漢字が当てられます。
「聞く」、「聴く」、「訊く」、「利く」、「効く」ですね。
元の動作として、診断するような、観察するような感覚があることに気づきませんか。
「きく」という行動は対象物をしっかり観察して理解することになりそうですね。
しかも、
「効く」があることを考えると、何らかの刺激が対象物に対してどんな効果を及ぼしているかを観察することも含まれそうですね。
この五つの「きく」を理解したうえで人の話を「きく」ことができれば、立場や年代を越えてのコミュニケーションが無理せずにできるのではないでしょうか。
学校教育でも「聞く」や「聴く」までは教えているのではないかと思いますが、「訊く」「利く」「効く」になると触れてもいないのではないかと思います。
よほど意識をしていないと普段の活動では意識できないことですね。
「人の話をちゃんとききなさい。」というときの指導は、ここまでやってこそ意味のあるものになるのではないでしょうか。
日本語をテーマとして人に伝える機会がある私にとっては、何かにつけてこの「きく」について話をさせていただいています。
この五つの「きく」はすべてのことの基本になっているんですね。
マネジメント、コーチング、マーケティング、ファシリテーション、すべてのことが人対人のコミュニケーションが基本になっています。
人対人の関係における一番基本の行動が「きく」ことなんですね。
特に日本人の場合は持っている感覚において、外国発の理論のベースと大きく異なる点があります。
自己主張に対する考え方と、人の意見に対する考え方です。
日本人は自分が異分子となることを潜在的に拒否しますので、自己主張に対しては自他ともに嫌悪感を抱きます。
口先だけであっても、協調性や同調を好みます。
日本人以外のほとんどは、自己主張によって自分の存在感を感じさせようとします。
自己主張のない人間は、いないものとして対等には扱いませんし、主張するものを持たないものとして無視します。
クリティカルシンキング(批判思考)で教育されていますので、相手の意見を否定する意見を好みます。
外国発の理論でもアクティブリスニング(積極的傾聴)として「聴く」ことを強調しますが、「きく」目的が違います。
相手の欠点を探し、論理の矛盾として攻撃できるところを探すために聴くんですね。
ネゴシエーションのトレーニングでよく出てきます。
WIN-WINネゴシエーションという騙し合いです。
ここでは細かくは触れませんが、相手に負けたと思わせない損をしたと思わせないテクニックですね。
日本人の基本的な感覚とは相いれないものですので、どうしても違和感を感じてしまいます。
日本語は世界の他の言語と系統的に異なっています。
言語界の孤児とも言われています。
他の言語とは違った特徴を持つ日本語を母語とする日本人は、思考そのものが他の言語を母語とする人たちと違うのです。
「きく」ことがキチンとできるようになれば、言語の壁も越えられるのではないでしょうか。