2013年6月28日金曜日

日本語は「タイムカプセル」

日本語の起源においては諸説あって、定説となっているものはありません。

それでもどうやら縄文語にその起源がありそうだということは、数多くの説で共通しているようです。

その縄文語が一体どのようなものであったのか、またその後の言葉がどこからきてどのように広がっていったのかについてはいろいろな考え方があるようです。

ですから私が勝手な推論を申し上げても、間違っているとする根拠もなければ絶対正しいとする根拠もないわけです。

とても楽しいことです。

でも、何となく自信はあるんですけどね。

縄文語は話し言葉であり、文字はほとんどなかったと考えられています。

そこに当時の最文明国である中国から漢語を持ってきました。

公式文書などは漢語で記録されましたが、話し言葉は漢語によって侵略されることがありませんでした。

ここがタイムカプセルの最初のキーポイントです。

文字は漢語の便利さによって侵略されたのに、何故話し言葉は残ったのでしょうか?

しかも、驚くことにその漢語から今まで持っていた話し言葉のための表音文字であるカタカナとひらがなを作り出してしまうのです。

言語学上の奇跡とも言われています。


言語は文明そのものです。

人は言葉を持った時に初めて思考することができ、伝え確認することができ、協力することができるようになります。

大きな便利な文明がやってくると、そこには言葉がついてきます。

その言葉でなければ説明できないことがたくさん出てきます。

文明の広がりと同時に言葉が今までの言葉にとって代わっていきます。

今までの言葉はどんどん辺境へ追いやられ、やがて消えていきます。


漢語が導入されたときに、律令も仏教もすべて漢語で書き物で入ってきました。

今までの自分たちの文化よりもはるかに進んだ大きな文化です。

本来の流れであれば、ここで原始の日本語である縄文語が漢語にとってかわられ、消えていかなければならないのです。

漢語は公式文書や高官の間を一気に広がります。

いわゆるインテリは漢語を学ばなければ最先端の知識に触れることができないわけですから、その立場を守るためにも必死に漢語を学んだことでしょう。


私はこう考えています。

地理的条件があります。

地続きではなく日本海と言う天然のバリアが存在します。

中国の文化はほとんどすべてが書物でやってきました。

日本からは遣唐使、遣隋使を派遣しましたが、中国から人が渡ってくることはほとんどありませんでした。

日本から行った人は苦労して中国で会話をしたと思われますが、日本においては漢語での会話は必要なかったわけです。

書いてあることを理解することに全力が注がれました。

それでも原始日本語と漢語の話し言葉が近い関係にあれば、派遣された人たちが書き物と一緒に発音も持ち帰ってきたはずだと思います。

それができなかったということは、原始日本語と漢語の話し言葉はあまりにもかけ離れていたのではないでしょうか。

そしてスーパーインテリたちが漢語を読むために、漢語の簡単な音を利用して形を簡単にしてカタカナを発明します。

大発明です。

漢語読むための表音補助文字としてカタカナは当時の日本語の音を表していると思われます。

それが変化し、省略されながら現代の50音に引き継がれています。

カタカナは漢語の音を利用するために元となる漢語の一部を記号的に用いて作られたと思われます。


一方ひらがなは原始日本語の音に当たる漢語を簡略化してできたものと思われます。

カタカナは漢語読むための補助文字として読む文字として作られ、ひらがなは原始日本語を書く書き文字として作られたと言えると思います。

書き文字はインテリ層においては漢語を使ったと思われます。

だんだん略されて簡素化されていくにつれてひらがなって広がっていったと思われます。


本来ならば漢語にすべて置き換えられるべき状況から、古来の言語(=文化)を守る独自の言葉を生み出してしまいました。

そしてこの言葉はその後の巨大文明の導入においても、漢字による造語とカタカナによる対応で外来語に対応するという離れ業を披露するのです。

明治維新のヨーロッパ文明の導入の時は、夏目漱石をしてこんなに急いでなんでも導入したら日本文化はどうなるのかと心配させたりもしました。

太平洋戦争後のアメリカ文化の導入もアルファベットも使用しながら、漢字とカタカナで対応しました。

古来の文化をひらがなを中心とした言葉に伝承してきたのです。

1000年以上前の文化を受け継いだ言葉が世界にどれだけあるでしょうか?

日本語はまさしく言葉の「タイムカプセル」なのです。


古今集に収められている私の好きな藤原敏行の歌をご紹介します。

「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」

およそ1200年前の歌です。

音はほとんど作られた当時と変わらないと思われます。

細かなことは分からなくとも音を聞いただけで、声に出して読んだだけで感じるものがありませんか。

風の音に秋の気配が感じられるという感性は日本人独特のものでしょう。

その表現としての「~ぞ ~ぬる」の感覚は他の言語には翻訳のしようがありません。


外国人には風の音は雑音以外の何物でもないのです。

彼らは音楽を聴くときに静かなホールで、物音を立てずに楽器の音だけを聞きます。

外の音を遮断するのです。

楽器以外の音は雑音なのです。

日本人は解放された屋敷で、風の音や虫の声と一緒に雅楽を楽しむのです。

何と自然と一体化した感性なのでしょう。


日本は自然の厳しい国です。

安定した気候はありません。

梅雨もあれば台風もあります。

雪もあれば炎天もあります。

自然の変化に応じて生活や着るものも変化させなければいけません。

しかし、これを四季として愛でるのです、楽しむのです。

この歌にはそんな思いがすべて感じられる気がします。

縄文の原始からのその文化が日本語の中に「タイムカプセル」として受け継がれているのです。

なんと素晴らしいことでしょう。

たまには「タイムカプセル」を開けてみませんか。


コメントを投稿