2013年4月25日木曜日

戦勝国ではないスペイン語が国連公用語のわけ

第2次世界大戦の戦勝国でないスペイン語が国連公用語になっています。

スペインは第2次大戦に参戦していません。
にもかかわらず戦後の戦勝国による統治をつかさどった国際連合の立上げ時の公用語にスペイン語が入っています。

国連の立ち上げ時の公用語は、英語(英・米)、ロシア語、中国語、フランス語に加えてスペイン語です。
戦勝国である連合国の中核の国の言葉の中に中立国だったスペイン語が含まれています。
後からアラビア語が加えられたことはありますが、戦勝国以外の言葉はスペイン語だけです。


1941年、日本の真珠湾攻撃によって開戦後、アメリカ本土では日系人の捕虜収容所への収監が始まりました。

日系人が多かったカリフォルニアでは20万人を越えたといわれています。
当時のカリフォルニアにおいて野菜栽培の70%以上が日本人によってなされていました。
流通業の60%を、クリーニングは65%を日本人がやっていました。
カリフォルニア州は農業で有名ですがその70%を日系人がやっていました。

他の国の人たちが目を着けない高圧線の下の農地とか安いところを買い足していって、結局は日系人がいないと野菜が食べられないくらいの状況だったようです。

その人たちが1万人単位でシエラ・ネバダの向こうの砂漠に作られた強制収容所に入れられました。
持つものも厳しく制限を受け80センチ四方に限定されて収められたようです。


スペインの仕事は敵味方を問わず、収容所で非人道的なことが行われていないかどうか見回ることでした。
そしてそこで何か必要なものがあれば補うという地味ですが大切な仕事をしたのです。

日本人収容所では豆腐や納豆が食べたくなりますが当然のごとくそんなものは収容所にはありません。
サンフランシスコのスペイン総領事館に連絡とります。

収容所の所長でもこの連絡を取る行為は踏みにじることはできません。
後でわかればスペインから正式に叱られますから。
そして連絡が取れると大使館から人が来て要望を確認してくれます。

「どうしても納豆が食べたい。ここでは手に入らない。日本から納豆菌を取り寄せてほしい。」
するとスペインはいろいろな経路を使って日本から納豆菌を収容所に届けるのです。

こういうことをいたるところでやったわけです。


戦争の真っ最中でも戦争には加わりません。しかし、どうしてもやるというのであれば穏やかにやっていただきたい。
とはいえ、戦争をやる以上さまざまな不幸・不都合が生まれるでしょう。
私たちができる限りそれを引き受けましょう。
戦争によって生じる様々な不都合をボランティアで解消していく仕事がある。


スペイン語が国連公用語である一つの理由です。



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