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2015年9月1日火曜日

怪しすぎる「いろは」歌・・・続編

先回の「いろは」歌を扱ったブログでご案内した隠された言葉たちについて、もっと具体的に知りたいとのご指摘をいただきました。
(参照:怪しすぎる「いろは」歌

その際にご案内した言葉は、「使徒イエス(シトイエス)」「ヤアエ」「モセス」「神子入れり(ミコイレリ)」や「巌となて(イハホトナテ)」などでしたが、これらがどこに隠れているのかというものでした。


「いろは」歌に隠されたキリストの話は、個人的には有名な話だと思っていたので軽く流してしまったのがいけなかったようです。


現存する最古の「いろは」の表示形式である一行七文字による表記の中に隠された言葉たちを改めてみてみることにしました。

ヒントは折句と言われる日本の言葉遊びの技術にあります。

一定のルールに従って並べられた文字列を、標準的な読みである縦書きの右から左へ読むこと以外の読み方で普通に呼んでは気がつかない言葉を隠すものです。


よくある方法としては、並べられた文字の横一列の中に文字を隠す方法があります。

最もよく使われるのが先頭の横一行の中に隠す場合です。

全ての文字を使う場合もあれば一部を使う場合もありますし何文字か空けながらに使う場合もあります。


また、同じように縦の行や斜めの行を使用することもあります。

斜めの行を使用する場合には、総文字数が縦横とも同じ文字数で方陣に表記することが多くなります。

一行七文字の「いろは」も空欄を含めてみてみれば七文字×七文字の方陣となっており、斜め読みの可能性を感じさせるものとなっています。

更には、縦横の組み合わせやジグザグや一文字抜きなどの方法が複合的にとられている場合もあります。


「使徒イエス(シトイエス)」は「いろは」の角をすべて使ったものとなります。

七文字の方陣と空欄まで考慮に入れた場合には角が五つあることになります。

「シ」から始まって反時計回りに角の文字を追っていくと「シトイエス」(使徒イエス)となります。


これだけでも、方陣の角を「使徒イエス」で押さえている何かしらの意図を感じることができるのではないでしょうか。

また、「ヤアエ」と「モセス」についても、縦横の違いはありますが同じようなルールで見つけることができます。


ここまで来ると、同じルールで並んでいる「ナカト」や「ハロイ」にも何か意味があるのではないかと思ってしまいますが、今のところはそれらしい言葉は見つかっていません。


最古の「いろは」が掲載されている書物が書かれたのが1079年とされており、「古今和歌集」が書かれたのが905年頃と言われています。

「いろは」が確定したころには和歌の五七五七七の形式は確立されていたものと考えることができます。

素直に右角の「イ」を起点として横・斜め・横・斜めを走ると、五七五七七調で音を読み取ることができるものとなっています。

最後の七音(六音)だけは戻った右角から一文字ずつ飛ばして縦・横と読ませると意味がありそうです。


「いちよらや あえさけいつわ とかなくて しすみこいれり いはほとなて」と読むことができます。

ここで登場するのが、「咎なくて死す」であり「巌となりて」なのです。

現代風に意味を考えてみれば「素晴らしき神の人は 八重のサクラに隠された逸話となり 咎なくて死んだ御子イエスこそ 救いを完結する印となる」とすることができます。

そこまでの解釈をするにはどうしても旧約聖書時代から使われているヘブライ語のサポートが必要になりますが、ヘブライ語を語源とする言葉やそのものの言葉が多く見えることも確かなようです。


江戸時代の庶民にまで知れ渡っていた「咎なくて死す」は、もはや暗号の範疇を超えるものではなかったと思われます。


「いろは」四十七文字のすべてを一回ずつ使いながら意味のある歌にすることだけでも大変な能力です。

その中にさらに折句を仕込むなどと言う芸当は半端な知識ではできないことではないでしょうか。

どこまで暗号として読み取るかは趣味の領域であるかもしれませんが、興味をひかれることに間違いはないでしょう。

時代背景や歴史的な環境を知りたくなるのも当然のことと言えます。

知的遊戯としてはこれほど楽しいものもないのではないでしょうか。


2015年4月23日木曜日

現代いろは歌への挑戦

このブログでも「いろは歌」については何度か取り上げてきました。

現存する一番古い「いろは歌」は金光明最勝王経音義という経典の解説書として書かれた1079年の文献になります。

ここで使われている「いろは」は、解説書として使われている言葉の音訓読みの一覧として掲載されているものです。

いわゆる、音を解説するための借字として使われているものになります。


各音の下の小さな文字は、同音の借字を表しているものとされています。


この「いろは」をわかり易くしているものが「いろは歌」になります。

「いろは」は現代の五十音表と言ったらわかり易いかもしれません。

掛け算の九九と同じように、一つひとつを丁寧に読んでいっても簡単に覚えられるものではありませんが、言葉としての意味を持ったリズムを与えることによってより覚えやすいものとなります。

和歌から継承されている日本語の音の美しさである、七音五音によって見事な四行詩に造りこまれています。

仏教に造詣の深い人が作ったのであろうことは、今の私たちが見てもわかるのではないでしょうか。


一覧表としての「いろは」があって、そのあとに「いろは歌」が出来たとはどうしても考えにくいので、仮名を一つずつ使った歌を作ることによっていろはが定着していったと思われます。

四十七音を重複なしの一つずつ使うことで、その音を表記するだけで仮名一覧表になるように作られたいろは歌は、いろいろな意味で日本語の原点と言えるものではないでしょうか。

作者は不詳となっていますが、「いろは歌」の折句に見る「咎なくて死す」やそこから連想された、浄瑠璃・歌舞伎における仮名手本忠臣蔵・菅原伝授手習鑑などにまで及ぶと、さまざまな推測がなされることになります。
(参照:「いろは」に隠された怨念 など)

さらに深読みをしていくと、旧約聖書やユダヤとの関係にまで及ぶことになります。
(参照:「いろは歌」に隠されたユダヤ など)


そこまでのことまで考えると、この歌自体を作ることが可能だった人物がかなり限定されてくることになります。

弘法大師空海を「いろは歌」の作者とする説が出てくるのは無理のないことだと思われます。


明治後期(明治36年)に仮名の「ん」が当たり前になったころに、万潮報という新聞が「ん」を含んだ四十八文字による新しい「いろは歌」を募集しました。

どれだけの応募があったのはよく分かりませんが、一等には埼玉県の算数の教諭であった坂本百次郎の作った「とりなく歌」が選ばれました。

戦前までは「いろは順」とともに「とりな順」としてさまざまことに利用されたそうです。

そういえば、わたしが子どものころの銭湯の下駄箱は「いろは順」だったことを思い出します。


明治33年には五十音表が一音一字に定められて、複数あった表記の方法(変体かな)が廃止されました。

現行の五十音表の完成の時です。

この時にはや行は「やいゆえよ」、わ行は「わゐうゑを」とされていました。


それ以前にも江戸時代には何種かの五十音表が確認されていますので、五十音表と「いろは」「とりなく歌」が混在している期間がかなりあったと言えそうです。

文字の習得のことを手習(てならい)と言いますが、どうしても「手習=いろは」とつながってしまうのは古い感覚なのでしょうか。


現代ひらがなには、とりなく歌の「ゐ」と「ゑ」がありません。

「ん」を含めての四十六音となっています。

ここは是非とも「いろは歌」「とりなく歌」につづく現代のいろは歌が欲しいところではないでしょうか。


実現の可能性はかなり高いと思われます。

ヒントの一つは、七音五音のリズムだと思います。

「とりなく歌」は見事に、完璧な七音五音による四行詩となっています。

「いろは歌」も、歌としてはこの構成を備えています。


日本語の音はすべてひらがなで表現ができます。

頭の体操にもいいかもしれませんね。

少し考えたみたことがあります。


七音五音に加えて四行詩ですので、四つの要素を重複しない仮名で何か置けないかと考えました。

すごくいいものが見つかりました、春夏秋冬です。

「はる」「なつ」「あき」「ふゆ」ですので、仮名で書いも重複文字が一切ありません。


これは行けるぞ、と思ったのでしたがそのあとが続きませんでした。

どこか温泉にでもこもってやってみたいですね。

現代いろは歌、みなさんも挑戦してみませんか。