2017年10月25日水曜日

ふたつの日本語

一般的な言語は文字として表記するときには一種類の文字を使用しています。

つまり、話し言葉と書き言葉が一対一で対応していることになります。

英語における母音のように一文字ずつについては前後に置かれた文字との関係によって音が変化する場合がありますが、それでも言葉としての複数の文字列については、ほとんどの場合には文字の並びと音が一対一で対応しています。

文字表記が異なるのに読みとしての音が全く同じ言葉は存在していないのが前提になっています。

音数の極めて少ない言語である日本語を母語としている私たちにとっては同じ音に聞こえたとしても、アクセントや音の出し方が微妙に違っていてその言語においては区別されているのが分かるようです。

日本語のように完全に同じ音である同音異義語は他の言語においては極めて珍しいものとなっているようです。


日本語ほど話し言葉と書き言葉が異なっている言語はほかには存在していないのではないでしょうか。

それはまるで、話し言葉と書き言葉では異なった言語であるかのようです。

日本語を習得しようとする外国語を母語とする人たちにとっては、話し言葉としての日本語はけっして難しいものではありません。

しかし、文字として書いたり書かれたものを理解しようとしたときに世界でいちばん習得が難しい言語となってしまっているようです。

呼び方としてはどちらも「日本語」ですが、まるで二種類の日本語が存在しているかのようにも感じることができます。


世界の文明は文字を伴ってその発展を見てきました。

メソポタミア文明=楔形文字、インダス文明=インダス文字、エジプト文明=ヒエログリフ、中国文明=甲骨文字など、およそ紀元前3000年ころより存在していたものとされています。

独自の文明を独自の言語によって記録し伝えることができなかった民族は他の先進文明を取り込むことによって発展してきました。

それは日本のように自らの意志による場合もあれば、強制的な植民地としての宗主国の文化言語の移植ということもあったと思われます。


中国文化を取り込み始めたときの日本は、話し言葉しかない言語である「古代やまとことば」を持っていました。

しかし、この独自の言語である「古代やまとことば」を表記し記録するための文字を持っていなかったのです。

そのためにすでに話し言葉と書き言葉を持っていた漢語をそのまま利用して中国文明を取り込みながら、文字を持たない独自の言語を記録するための文字として漢語を利用して仮名を生み出すことになったのです。


当時の中国文明は世界の最先端をいっているものであり、その専用言語として漢語を理解することが先端文明を理解するための必須となっていきました。

中国文明にすべてが侵食されていったとしたら「古代やまとことば」はすべて漢語に置き換わってしまい、日本語は姿を消してしまっていたかもしれません。

律令といった政治制度や仏教など漢語に対する理解が必要な分野はひと握りのエリートが接触できるものに限られていたと思われます。

また、漢語に触れることが特権階級としての身分を獲得するための一番の近道であったと思われます。

初めての日本の書物といわれる「古事記」の中でも「うた」として語り継がれてきた音だけの日本語の存在が確認されています。

「万葉集」に至っては音しかなかった「うた」を何とか漢語を用いて記録する努力をしたものということができるのではないでしょうか。

中国文化や漢語が日本に入ってきたときにはすでに文字のない日本語である「古代やまとことば」は、漢語によって簡単に侵略されることのないレベルにまで浸透していたことは間違いがないようです。


したがって、漢語を理解するためには「古代やまとことば」に翻訳する作業が必要だったことになります。

漢語を漢語のままで理解できたのはさらにほんのひと握りの知識人だけだったと思われます。

幸いにも漢語の文字は音がなくとも文字自体が意味を持った表意文字となっています。

複雑な文字に見えてもその文字は部首ごとに見れば単純な文字によって組み立てられておりその一つずつの要素自体が意味を持ったものです。

どんなに複雑な漢字であっても各要素の組み合わせから意味を推測することも可能なものです。


また、単純な文字はほとんどが象形文字でありその意味するところの「ことば」は、音だけしかない「古代やまとことば」でも持っているものが多かったと思われます。

そこで、文字としての漢語(漢字)が持っている意味と音しかなかった「古代やまとことば」が持っている意味が重なったものが日本語の漢字の読みとしての訓読みになったのではないでしょうか。

「古事記」の表記においても漢語の音である音読みを利用して「やまとことば」を表したものも存在していれば、訓読みで読まなければ意味がつかめない漢語の部分も数多く存在しています。
(参照:『古事記』も悩んだ日本語表記

話しことばとしての日本語に比べると書き言葉としての日本語はとても同一の言語とは思えないほどややこしいものとなっています。

敢えて言ってしまえば、日本語は話しことばと書き言葉の二つの言語を持っていると言ってもいいのではないでしょうか。

文語と口語という分類は誰でも聞いたことがあるのではないでしょうか。

文字のなかったころの昔の言葉を直接聞くことは不可能ですので残った資料から読み解くしかありませんが、その残った資料が書き言葉で書かれているのですから簡単にはいきません。

話しことばを書き言葉で理解しようとするわけですから仕方がないですよね。


言文一致としての表記が求められたのも明治期以降になってからです。

ひらがなが現在の形で五十音図として定められたのも戦後のことであり言文一致の表現を目指したからです。

それでも、格助詞の「は」の音は「ワ」であり同じ文字で二つの音を持っていますし、助詞の「を」は「お」と同じ音であり完全なる言文一致とまでには至っていません。


こんな日本語を全く意識することなく日常的に使いこなしている私たちは、日本語を習得しようとする外国語を母語とする人たちから見れば「すごい」ということになります。

特に文字に関してはひらがなだけではなくカタカナ、漢字、アルファベットまでを使いこなし、同じ言葉であってもニュアンスすら使い分けしているのです。

状況によって使い分けられる動詞の活用形は、その変化の多さにおいても大変に面倒なものとなっています。

話しことばがひらがなの音だけ(カタカナも同じ)で100音も使っていない(数え方にもよりますが基本音68音としています)ことに比べると、書いて表現したり読まれたものを理解したりしようとすることはそれだけでも大変な活動をしていると言えるでしょう。
(参照:日本語の音


日本語は「はなす」「きく」と「書く」「読む」は技術的にも異なったものであることを意識しておくことが必要になりそうです。

学校教育で身につけてきたものは読解が中心となっています。

本を読んで学ぶということが現代日本人の基本的な学習の方法となっています。

そのような教育を受けてきたのですから当然の結果です。

口伝といわれる伝承方法は昔ながらの古典的な伝統芸能や技術の伝承においてよく見られるものですが、書き留めて文章化しては意味をなさないものとなっているようです。

文字にはできないところに本当に大切なものがあるのではないかと考えさせられてしまいます。


言語の伝達や言語による情報収集は聴覚によるものが視覚によるものを大幅に上回っており、研究者によっては80%の言語情報は聴覚によるという発表すらあります。

耳から入る言語と目から入る言語では脳の使い方も違っているようです。

どうやら話しことばと書き言葉では習得方法や技術的な内容まで違ったものとしてとらえたほうが分かりやすくなりそうです。

とくに、日本語の場合は混用しないように注意することが必要ではないでしょうか。


話して理解できることと読んで理解できることには自ずから違いがあります。

そんな経験は誰でもしたことがあるのではないでしょうか。

話して分からないから書いて理解してもらおうとした経験はありませんか。

漢字で書くことによってやっと意味が分かったということはありませんか。


日本語の基本形は話しことばにあることは間違いないと思います。

外国の進んだ文明を取り入れるために懸命に本を読んで理解しようとしたのが日本の学び方です。


知識人は先端文明を日本語で理解しようと懸命に努力をしてきました。

その結果、新しい言葉や熟語をたくさん作ってきました。

その時に大活躍したのが漢字です。

福沢諭吉、夏目漱石などは新しい言葉を作ってきた代表格です。

どんなに同じ音があったとしても文字さえ異なっていれば書かれた意味を取り間違えることはなかったのです。

極端な場合にはその文字を読めなくとも意味を理解することすら可能でした。


文字を持たない伝統的なことばである「やまとことば」に新たな日本語として漢字を自在に使って文字としての言葉を加えてきたことになります。

漢字の訓読みには両者の融合された姿が反映されているのではないでしょうか。

二つの日本語を上手に使い分けしていく技術を磨いていくことが大切なのでしょうね。



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