2016年3月11日金曜日

日本語の豊かさの源泉

ほとんどの言語が持っている語彙の数は30万~50万程度ではないかと言われています。

一般的に知られている言語でない場合には数万語程度のものもあるようです。

多い方で見てみると日本語、ドイツ語、フランス語などが挙げられていますが、この数の中には時制の変化による動詞の不規則変化や性による変化形も含まれているようです。

英語が30万語程度と言われていますが過去形・過去分詞形の不規則変化もカウントされているようです。

日本語の場合は動詞の語尾の変化はカウントされていませんので同じ50万語と言ってもかなりニュアンスの違うものとなっているようです。


よく例に挙げられている言語の語彙数として、ネイティブ同士の会話の90%以上を理解しようとしたときにどれだけの語彙が必要かということがあります。

フランス語・・・ 2,000語(タイ語)
英語   ・・・ 3,000語
ドイツ語 ・・・ 5,000語(ロシア語、中国語、韓国語)
日本語  ・・・10,000語

これをもって言語習得の難しさと結び付ける意見もあるようですが、短絡的に言語習得の難易度には言及できないと思われます。

語彙数が多くともそこに系統だった規則性があれば習得は決して難しくはないからです。


それ以外にも言語が持っている特徴として新しい言葉のつくりやすさというものがあります。

様々な言語からどんどん語彙を導入して造語力をも兼ね備えた英語は、常に新しい語彙を生み出しています。

それぞれの言語で生まれた新しい技術や論理をすぐに取り込むことが可能な言語であることが、世界の公用語としての地位をさらに強固なものとしている理由でもあるのです。


同じように日本語はとても造語力の優れた言語となっています。

ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットと四種類の表記文字を持つ日本語は外来語の取り込みや新語の創造に無理なく対応できる言語となっているのです。

基本は漢字による文字の意味を利用した造語方法ですが、文字が固有の意味を持ってしまっていることが造語の邪魔になる場合も出てきます。

その時に音だけを生かしたものがカタカナであり、もとの言語のニュアンスを残すものがアルファベットであったりしているのです。

「明治の造語」の画像検索結果

明治以前では、一般的な使用言語はひらがなを中心として漢字の使用はインテリ層のものとなっていました。

しかし、明治維新以降は一気にヨーロッパの先進文化を取り込む必要から広辞苑一冊に相当する20万語を越える新語が作られたのです。

この時に活躍したのが造語能力の大変に高い漢字であり外来語にそのまま対応できたカタカナだったのです。


英語が昔から持っている基本的な単語に対して接頭辞や接尾辞、連語の機能を生かして語彙を広げていったことに対して、日本語は基本語は「ひらがなことば」として残しながらひらがな以外で新しい言葉を生んでいきました。

つまりは「ひらがなことば」だけで他の言語と同等の30万語程度の語彙を持っていたことになります。


言語の持っている造語能力の高さは、他の文化を取り入れる能力の高さにも置き換えることができます。

それも、借り物の導入ではなく自分の言語の中の言葉としてアレンジしながら取り込んでしまう能力を持っていることを表しています。

造語能力が高い言語は常に世界の最新文化や技術を取り込むことができますが、自分たちが持っている独自の伝統文化や技術を同じ言語で継承していかなければいけません。


独自の文化や技術を継承する言語と新しい文化や技術を取り込んだ言語が同じ言語であればその時代時代で優位な方の言葉に淘汰されていくことが起こっていきます。

言葉としては多くの言葉を生み出すために語彙は果てしなく増えていきますが、実際に使われていく語彙はより現実的な方にシフトしていくことになるのではないでしょうか。

普通の言語は表記方法は一種類しか持っていません。

同じ言葉を表記するには一種類の表記方法しかありません。


日本語は四種類の表記方法を持っています。

ひらがな、カタカナはどんな言葉であってもすべて表記することが可能です。

漢字やアルファベットの言葉もひらがなやカタカナで表記することができます。


新しい言葉を作りながらもその役割の中心は漢字やカタカナ・アルファベットに任せておいて、独自の文化や技術はひらがなで伝統的な継承を続けていくことが可能になっているのです。

しかも、このひらがながないと日本語として成立しないのです。

漢字やアルファベットだけでは日本語として成立しないのです。

カタカナだけでも成立しますが、かつての電報のようにとても伝達効率の悪いものとなっています。

ひらがなだけでも日本語は成立しているのです。


同じ英語でもイギリス英語は歴史的な経験の長い独自の文化や技術の継承に重きを置いたものとなっています。

アメリカ英語は次から次へと世界中の新しい文化や技術を導入しながら自分たちの文化や技術を発展させ続けていくことに重きを置いた英語となっているのです。

歴史の短い新しい国として発展するために必要な機能を備えた言語であったのではないでしょうか。

また、そのように変化できるように工夫をしていったということではないでしょうか。


日本語は存在そのものがとんでもない機能を持った言語となっているようです。

こんな言語を使いこなすためには、確かに義務教育だけでは無理なのかもしれませんね。

ひらがなことばが造語されたりその使い方が磨かれ続けた舞台が和歌です。

短歌に限らず長歌や俳句なども含めた七音五音を基本とする表現方法です。


ここで生み出された表現技術が日本語の基本となっているものです。

和歌については老若男女貴賎を問わず全てひらがなで表現することが基本となっています。

自然を描写する言葉の多さや心情を表現する言葉の多さはまさしくここで磨かれつづけた恩恵であると思われます。

「もったいない」「たおやか」「さりげなく」「こころくばり」などは他の言語では表現できる言葉を持っていものばかりです。


ノーベル平和賞を受賞したケニア出身のワンガリ・マータイが提唱して広がった「もったいない」は世界の人にもこの言葉で伝わっていったのです。

言語の持っている基本的な性格としては論理的な表現や効率を重視する活用が苦手なものとなっている日本語ですが、決して対応ができないわけではないのです。

日本語で理解し思考して知的活動を行なって、英語で発信をすることが必要になってきているのではないかと思っています。

「もったいない」の画像検索結果

思考は言語で行なっています。

母語で行なう思考がいちばん質が高いことは間違いのないことです。

母語として日本語を持ったことを感謝してもいいのではないでしょうか。
(参照:「母国語」から「母語」へ


これから学ぶべきことはこの素晴らしい言語である日本語の使い方と発信言語としての英語の利用の仕方ではないでしょうか。

世界への発信は日本語で行なったのではまったく理解されることはありません。

日本語で行なわれた知的活動を英語で発信する活動は、母語として日本語を持った者にしか出来ない活動になります。

その英語は日本語で考えらえた英語でいいのではないでしょうか。

そこでは、英語の持っている造語力が生かされると思います。


豊かな日本語を生かすためには発信しなければなりません。

世界の言語の中でも英語と日本語は際立って高い造語力を持った言語だと思われます。

英語はそれ自体が造語と共に新しい言葉に替わっていくものです。

日本語は「ひらがな」という歴史を継承してきた言語を基本として、新しい文化や技術を取り込む造語力をさらに別枠で持った言語となっているのです。


アプローチすべきは日本語の方からではないでしょうか。

そのために英語の表現を学ぶことは悪いことではないと思います。

言語として学ぶのではなく表現するための一手法として持っておくことは必要なことになってきているのではないでしょうか。



ブログの全体内容についてはこちらから確認できます。

「現代やまとことば」勉強会メンバー募集中です。



コメントを投稿