2016年2月12日金曜日

「すみません」の効果

何年も何十年も前に比喩的に言われたことがあります。

外国に行く時はその国の言葉で「ありがとう」という意味の言葉を覚えておけば苦労しないと言われたものです。

実際にその言葉で何度も助けられた経験をした話も聞きました。


知り合いの外国人に同じような感覚で日本に来るにあたってコレだけは覚えておけと言われた言葉を教えてもらったことがあります。

「ありがとう」もありましたが一番多かったのは「すみません」でした。

その中にはあらゆる場面で使える万能の言葉として「すみません」を教えられたという人もいました。


確かに、日常の話し言葉の場面でも「ありがとう」よりは「すみません」の方が使用機会が多くなっていると思われます。

先日も昼食に入ったラーメン屋で店員さんを呼ぶときに「すみません」と言っている自分がいました。

「ありがとう」を言わない日はあっても「すみません」を言わない日は無いのではないかと思えるくらいの使用頻度の違いがありそうです。


今まで生きてきた中でも何度か「すみません」については気になったことがあります。

いったん気になると人が使っている場面を見たり聞いたりしたときでも、テレビで誰かが使っている場面でも思わず反応してしまいます。

そんな時に思うことは、その場面は本当に「すみません」が最適なのかということです。


もっとふさわしい言い方があるのではないかと思ってよく聞いていると、ほとんどの場合は「すみません」ではない方がよりふさわしく意図が明確になることが分かりました。

「すみません」の使い方には以下の場面が多いようです。

  • あやまるとき・・・「ごめんなさい」「申しわけありません」の意味で使う場合
  • 感謝するとき・・・「ありがとう」の意味で使う場合
  • 呼びかける時・・・「もしもし」「おーい」などの意味で使う場合
  • 何かを頼むとき・・・「お願いします」「よろしく」などの意味で使う場合
  • 事前にことわる時・・・「失礼します」「ご無礼します」などの意味で使う場合

あらゆる場面において絶対に「すみません」しか使うことができないということはないと思われます。

それよりもしっかりとした意思を表明する場合においては、より使い方が限定されている他の言葉を使った方がわかり易いと思われます。


自分の意思を明確に表明することに抵抗がある日本人(日本語を母語とする人)にとっては「ちょっと」と同じようにとても便利な言葉となっているのではないでしょうか。

ビジネスの場面においては新入社員のころ「すみませんは使うな。」と教えられた記憶もあります。

返事としての「すみません」は拒否の態度であり軽々しく使ってはいけないと言われたと思います。


「ちょっと」と「すみません」が多い話を聞かされると、いかにも自信のなさが感じられることになりイライラしてきます。

日本語話者独特の喜怒哀楽の感情だけでなく自分の意思を明確に表すことに恥かしさを感じる感覚は、他の言語話者にはなかなか理解できないことではないでしょうか。

環境に対して緊張しているのは違った状況だと思われます。


とくに、人を褒めることが苦手な人が多いと思われます。

その中でも親密度の高い人ほど褒めることが恥かしいと感じるのは、その態度に対して自慢をしているという感覚を持たれることの怖さがあるのではないでしょうか。

人前で家族を褒めることは、よほど自信を持っていないとできる行為ではないと思います。


人がいちばん気持ちよく話ができるのが自慢話をしているときであり、一番聞きたくないのが人が自慢話をしているときだというのは言い得て妙だと思います。

自慢と誇りは紙一重だと思われます。

上手く誇りとして表現したいものだと思います。

「自慢の息子」というよりも「私の誇りの息子」と言った方がずっと受け入れやすいのではないでしょうか。


世界と接するときに一番不思議に思われ、結果として損になってしまうのが意思を明確にしない表現です。

日本語でのコミュニケーションをしているうちから「ちょっと」と「すみません」という何にでも使える便利な言葉を避けるようにしておく気持ちが大切ではないでしょうか。

日本語話者同士であれば「すみません」はとても便利な言葉ですが、数ある使い方の中からその場にふさわしい意味を感じさせるのはまさしく「行間を読む」ニュアンスがないと難しいことになってしまいます

このニュアンスは日本語を母語として持っている人にしか共有できないものです。


「すみません」は「やまとことば」にはなかった言葉だと思います

いつ出来上がって、いつからこのような便利な使い方ができるようになったのかはよくわかりません。

「すみませんの文化」は面白いテーマではないでしょうか。

機会があるたびに取り上げてみたいと思います。

思わず使ってしまう日本語らしい言葉ですね。






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