2015年11月26日木曜日

「天網恢恢疎にして漏らさず」

この言葉はどの様に聞こえているのだろうか?

単純に聞こえている音だけを拾い上げれば「てんもうかいかいそにしてもらさず」となります。


しかし、実際の聞こえ方としてはアクセントや抑揚、休止による効果によってニュアンスが付けらてれいます。

話し手のニュアンスのつけ方によって16音のひらがなが意味を成す言葉として伝えられようとしています。


このアクセントや抑揚、休止の入れ方に共通したルールがあるわけではありません。

同じ言葉に対してのこれらの違いが方言や〇〇弁などと呼ばれるものになり、普段自分が慣れ親しんでいるものと異なったりするとかえって言葉として理解しにくいものとなっていしまいます。

このことわざは言葉として四つのことが分からないと理解できないことになります。

「天網」「恢恢」「疎にして」「漏らさず」の四つです。

ことわざとは言い換えれば言い伝えとも言うことができるものであり、文字としてよりは話し言葉としての使われ方の方が多くなっているものです。

したがって、漢字で書くことができないものも多くあると思われます。


そもそも言語は話し言葉が優先であることは、話し言葉として使っているものがすべて漢字で書くことができないことでよく分かるのではないでしょうか。

「天網恢恢疎にして漏らさず」の意味はどんなに隠してやっていても悪いことはどこかで誰かが(神様は)必ず見ているよと言ったようなものですが、四つの言葉の意味を直接的に理解できてもなかなか本来の意味するところに行き着きません。

このことわざを理解するためには、要素としての言葉の理解によることよりも「てんもうかいかいそにしてもらさず」という音から直接的にその意味につながっていることが必要と思われます。


「天網恢恢疎にして漏らさず」の要素としての言葉の意味が理解できなくとも、ことわざとしての意味を理解している人も多いのではないでしょうか。

そもそも漢字で書ける人もほとんどいないと思われます。

四つの要素の言葉自体の意味がすべてわかっていることも少ないと思われます。


「てんもう」「かいかい」「そにして」「もらさず」のそれぞれの意味と漢字が理解できていなければ漢字での表現は出来ません。

こんなことを書いている私も「てんもう」はすぐに「天網」とはなりませんし、「かいかい」などはどんなにやっても「恢恢」とはなりません。

自信の経験では「恢恢」という字はこの使い方以外に見たことがありませんし、個別の意味としては全く分かりません。


私がこのことわざの意味を自分として理解するようになったのは、音として「天網恢恢疎にして漏らさず」に触れた時に教わった意味や使い方について何度となく経験をして記憶に残っているからにほかなりません。

この記憶は音として「てんもうかいかいそにしてもらさず」に触れるたびに更新されていることになります。

この音を聞いた時に自分の持っている意味と同じ理解でいいのだと感じる同定が起こるときは、持っている意味で間違いがないという確認が行なわれて音と意味がより強固な結びつきとなります。


また、自分の持っている意味や使い方と違う場面に出会った時は自分の持っている記憶との共通性を確認しながらもより広い意味や使い方として更新されていくことになります。

私にとっては「天網恢恢疎にして漏らさず」は文字としてよりも音として意味と結びついているものになります。

文字として書かれたものを見た時に「恢恢」を「かいかい」と読むことができなければこのことわざ自体が「てんもうかいかいそにしてもらさず」であることを理解できないないこともあると思われます。


いかにひらがなの連続音で聞き取っているとは言っても「てんもう」「かいかい」「そにして」「もらさず」という言葉としての区分については理解していることになります。

その場合には言葉であるという理解でありそのことばとしての意味は瞬間的に同定されていることもあればされていないこともあると思われます。

言葉としての意味は理解できなくとも一つの言葉であろうという推測がなされるのはその言葉だけではなく周りの言葉との関連や全体の理解によるものです。


試しにひらがなの区切りとして「てんも」「うかいか」「いそに」「してもらさず」とでも受け取ってしまっては全く何のことだかわからなくなります。

言葉の要素としては「天も」「迂回か」「磯に」「仕手漏らさず」などのように理解することは出来たとしても、全体として何なのかさっぱりわからないことになります。


ひらがなの連続音として聞きながらも言葉としての要素と全体としての意味を考えながら自分の持っている言葉との同定を行なっていることになります。

その一番の助けになるものがひらがなだけで出来上がっている言葉をつなぐものたちなのです。


助詞や語尾変化や接続詞などによって言葉同士の関係やつながりを理解して全体を理解できるのです。

このつながりによって意味が分からなくとも名詞なのか形容詞なのかなどの言葉としての推測ができることになるからです。


「てんもうかいかい」は漢語読みでありひらがながありませんので推測することがとても難しいことになります。

「疎にして漏らさず」はひらがである「にして」によって「疎」は何らかの状態を表現していることが推測されますし、「漏らさず」によって状態や動きを表している言葉である「漏らす」を否定していることが理解できます。

「てんもうかいかい」は推測できる情報がきわめて少なくなっており、まったく経験としての記憶がない場合には「てんもう、かいかい」なのだか「てんも、うかいかい」「てんもうかい、かい」なのだかすら判断ができません。


したがって、「天網恢恢疎にして漏らさず」を理解してもらいたければひらがなの音としての「てんもうかいかいそにしてもらさず」をしっかり伝えることは勿論ですが、推測できるための情報を伝えてあげることが必要になります。

「天網恢恢であり疎にして漏らさず」とひらがなを補っただけでどれだけ推測が楽になるでしょうか。


それでも記憶との同定ができなければ「てんもう」「かいかい」は難しいと思われます。

「天網」は「天の網」(てんのあみ)ですがここまでくれば「あみ」は理解できるのではないでしょうか。

「てん」はひらがなの音としては理解がしにくい音読みです。

言い換えてあげることで意味が伝わりやすくなります。

一般的には「そら」とひらがな言葉として読み替えて伝えることの方が理解しやすくならないでしょうか。


「恢恢」(かいかい)は意味を教えてもらうか辞書で調べるかしかないのではないでしょうか。

同定するための記憶にもほとんどないと思われます。


「天網恢恢疎にして漏らさず」を文字として書くことはめったにないと思います。

文字として見ることも決して多いとは言えないでしょう。

それよりも話し言葉として聞くことの方が多いのではないでしょうか。


幾度となく聞く経験をしていることによって結果として「てんもうかいかいそにしてもらさず」を「てんもう」「かいかい」「そにして」「もらさず」として受け止めることができているのです。

場合によっては要素を飛ばして全体として一つの言葉として記憶されることもあると思われます。

記憶として持っている意味が触れるたびに更新されていくことによって音と意味が強固に結びついていくことになります。


音として触れるたびに音と意味の関係については更新されていきますが、文字との結びつきはずっと頻度が低いと思われます。

結果として文字としての「天網恢恢疎にして漏らさず」に出会った時に「てんもうかいかいそにしてもらさず」という音にすぐに結びつかないことが起こります。

見たことのある漢字で読み方が分からないときにおこることですね。


漢字の文字から意味を推測することは可能ですが、言葉としての意味にはなっていないことになります。

文字は言葉としての音を表すための記号ですので、言葉としての意味は音によって結びついているものとなっています。

文字としても意味を持っている漢字は、その文字の意味によって言葉としての意味の理解を妨げていることがあります。

ひらがなの音としての言葉をあらためて意識していきたいですね。


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