2015年10月30日金曜日

漢字は日本語の感覚ではない

日本語は世界の他の言語と異なってその起源とするところに言語上の仲間のいない独自のものとなっています。

日本語の起源を漢語(漢字)であると考える向きもあるようですが、それは仮名という文字を生み出していく過程おいてのことであり言語そのものが漢語を基にしているわけではありません。


漢語が日本(倭)にもたらされる以前より文字のない言語としての原始日本語(「古代やまとことば」と呼んでいます)が存在していたことは間違いありません。

この「古代やまとことば」を表記するための文字として漢語を借用して仮名を生み出したのです。


もちろんこの時点においては漢語は世界の最先端文明を作ってきた言語であり、文字のない言語である「古代やまとことば」に比較したらはるかに言語としての実用性も機能性も高いものであったことは推測することができます。

その漢語が新しい技術や文化とともにやってきたときに、もともとあった「古代やまとことば」を蹴散らして日本語になっていかなかったのは、「古代やまとことば」がそれなりに浸透し機能していたことを伺わせるものではないでしょうか。


明治維新の時にヨーロッパの先進文明に触れ、それらを表現する日本の言葉を持たなかった指導者たちは、日本の国語を英語にすることを真剣に検討しました。

これに待ったを掛けたのが顧問的な存在として招聘していた英国人たちであったことは有名な話だそうです。

独自の伝統文化は独自の言語を継承することでしか残していくことができないと言うのが彼らの提言だったと言われています。


文字のない時代にやってきた世界最先端文明の漢語は、明治期の英語よりももっと強力なものではなかったかと思われます。

漢語を母語とする帰化人たちによってさまざまな分野で漢語が標準語として定着をしていくことはあったと思われますが、それでも漢語は「古代やまとことば」を国語として駆逐するだけのものとはなりませんでした。

遣唐使が廃止(894年)されて以降については、漢語を中心にした借り物のよる文化から独自の言語である「古代やまとことば」を磨き上げることによる独自の文化の形成期に入っていきます。


文化文明の基礎力は言語です。

表記する文字のない文化は砂の上に築き上げるようなもので、記録としての保存ができませんので技術の伝承継承が途絶えてしまうことになります。

「古代やまとことば」に文字を与えるまでは数百年を必要としていました。

その間にいろいろな試みはなされていますが、漢語という借り物ではなく仮名という文字を発明することによって初めて「古代やまとことば」による文化が形成される土壌が出来上がったと思われます。

その時期に現れたものが『古今和歌集』であり、「いろは」であり「アイウエオ」であったのではないでしょうか。


部分的には使うことにおいて便利な漢字を利用しながらも、文字を得た「古代やまとことば」は独自の文化技術を形成し継承して「やまとことば」としての精神文化を作り上げていきます。

それ以降、大きな言語の変化は江戸時代までありませんでした。

独自文化が熟成せされ続けていった期間ではないでしょうか。


そして明治維新を迎えます。

漢語導入の時と似たような文化的な環境ではなかったでしょうか。

鎖国政策が終わりをつげて産業革命を経験したヨーロッパの文化に触れた時に、国語ごと英語にしてしまおうとする発想は自然なものだったと思われます。

「やまとことば」に取り込むにはあまりも技術文化的なレベルが違っていたのではないでしょうか。


技術文化の大半は論理や考え方というよりも具体的なものや技術の差として押し寄せてきました。

新しく作らなければいけない言葉はそのほとんどが名詞だったわけです。

再び漢字が総動員されることになりました。

文字としての意味がある漢字は大活躍をしました。

ヨーロッパの先進技術や文化を翻訳するのに、借り物としての漢字が大活躍をしたのです。


さらに漢字で補いきれないものに対しては外来語としてそのまま利用することもあったと思われます。

新しい文字としてのアルファベットや音だけを取り入れながらも「やまとことば」と区別するためにカタカナが大活躍をします。


「やまとことば」は単語だけではありません。

文としての構造も動詞や形容詞の語尾変化も助詞や副詞の役割もすべてがやまとことばとして築き上げてきたものです。

まさしく精神文化としての構造なのです。


その中に名詞としての新しい言葉が漢字やアルファベット・カタカナによって大量に増えていったのです。

広辞苑一冊に相当する20万語をこえる言葉が生み出されたと言われています。

しかし、それらの言葉を使用する構図や環境は「やまとことば」のままだったのです。

精神文化としての言語環境としては「やまとことば」の環境に新しい言葉が増えただけのことだったのです。


漢字は漢語から転換してきた翻訳のための文字として大活躍をしました。

しかし、「やまとことば」の基本は「古代やまとことば」から継承されていたものであり、その基本は「仮名」によって表現されるものでした。

「やまとことば」として精神文化に取り込まれる前の一段階として漢字としての言葉があったということができるのです。


ひらがなによる「やまとことば」となって初めて原始よりとだえることなく継承されてきた日本語の感覚となっていたのではないでしょうか。

漢字で表現されたものは「やまとことば」になる前の表面的な日本語ということができるのではないでしょうか。

その証拠に漢字で表現されたものに対しての一人ひとりの説明はかなり幅の広いものとなっており、とても同じことに対して説明しているとは思えないほどです。


そして、その説明している言葉は「やまとことば」であり、漢字の説明ではうまく伝わっていないのです。

しかも、同じ日本語でも言語の使用環境が異なっていたりすると漢字による説明では誤解が沢山生じてしまいます。

世代も環境も関係なく日本語を母語として持っている人たちに共通して理解してもらえるのがひらがなことばである「やまとことば」による表現ではないでしょうか。


自分がその漢字を理解して、その通りに人に使えることができるためにはひらがなで表現できる言葉として持っていなければなりません。

ひらがなの言葉で表現できない漢字やアルファベットは自分でもきちんと理解できていない言葉であることが簡単に分かります。

漢字の感覚では「やまとことば」の感覚になっていないものではないでしょうか。


漢字は表意文字として一文字一文字が意味を持った記号となっています。

その表面的な記号の意味に囚われてしまうと「やまとことば」としての意味をとらえきれなくなるのではないでしょうか。

「やまとことば」は決して古い言葉ではありません。

ひらがな言葉と言い換えてもいいのかもしれません。


ひらがなとして理解された言葉こそ現代の「やまとことば」ではないでしょうか。

同じ日本語と言っても一人ひとりが持っている母語としての日本語はすべて異なっています。

ただし英語との異なり方としてははるかに小さいだけのことであり、その違いを簡単に理解し合うことができるだけのことです。

一人ひとりが「現代やまとことば」を持っているはずです。


そしてそれは「やまとことば」によって継承されてきた言語感覚の上で機能しているのではないでしょうか。

漢字やアルファベットはやはり言語感覚として、「やまとことば」と異なったものとなっています。

それらの言語が使われている環境における言語感覚に沿ったものとなっているからです。


世界の言語とは全く環境の違った言語感覚を築いて継承してきた「やまとことば」はひらがなによって表現されることによって最もその感覚に適したものとなっているのではないでしょうか。

出来る限りひらがなのことばとしての「現代やまとことば」に置き換えてみることで自然に日本語が持っている本来の感覚に近づくのではないでしょうか。

母語として日本語を持っている以上、あらゆる知的活動において「やまとことば」の感覚を利用することが一番効率の良いことになっているのですから。