2015年5月8日金曜日

「亀屋」の誕生

「亀屋」(かめや)というとどんな店を思い浮かべるでしょうか。

わたしは、自由が丘の近くに住んでいたこともあり「亀屋万年堂」が一番に浮かびます。

また、埼玉での生活も30年近くなり川越の和菓子屋である「亀屋」も馴染みのある名前になってきました。


実は、一気に亀屋の屋号を持った店が広がった時期があります。

その場所は横浜でした。

時期としては明治初期のことです。


明治維新以降、外国との交易の一大拠点となったのが横浜です。

特に、ヨーロッパの帝国主義的植民地政策に抗するためには、一刻も早く彼らの文化に追いつかなければなりませんでした。

そのためには、彼らの文化に触れながらも自分たちのものとして取り込んでいかなければなりませんでした。

彼らに迎合することはそのまま植民地化への危機を募らせることになるために、いろいろな手段を用いて自分の物として取り込もうする努力が続けられました。


その最たるものが、言葉の問題です。

漢字を利用して、彼らの持つ言葉の語彙を表す新しい言葉を創り出しました。

一般的な言葉ではなかった仏教用語や中国古来の言葉を使って、新しい概念の言葉の意味を与えました。

あるいは、翻訳しきれなかった言葉はカタカナ表記によってそのまま外来語として取り込んできました。


日本語という範疇の言葉としては、明治維新以降のこの時期に一気にその語彙を増やしていきました。

この時期に造られた新しい言葉は、広辞苑一冊分に相当する20万語を優に超えていたと言われています。

もともと持っていた言葉よりも多くの言葉を生み出したのかもしれません。


しかし、そのほとんどは名詞です。

つまりは、物や事や概念を表す言葉としての語彙が圧倒的な増え方をしたのです。

その時の言葉作りの一例として「亀屋」を挙げることができるのではないでしょうか。


外国との貿易が盛んになって来ると、港の周辺に外国人が住みつくことが多くなってきます。

すると、彼らを相手にした商売が成り立つようになります。

外国人にわかり易い店の名前を付けようと考えるのは自然の流れです。


彼らの日々の言葉を聞くとやたらと使っている言葉があります。

何かにつけて「カメヤ」と言っているのです。

これだ!と思ってつけたのが「亀屋」です。


屋号を言っているだけで、外国人が寄ってくれる店であったということです。

「カメヤ」と叫んでいるだけで、人が店に入ってくれたそうです。


この「カメヤ」は、外国人が犬を呼ぶときや仲間を招くときに使う「Come here!」がもとになったものです。

たしかに、日本語の音で「カム ヒア」と言うよりも「カメヤ」と言った方が、彼らの「Come here.」の発音には近いものになっていると思われます。

屋号を叫んでいることが、店への呼び込みを行なっていることになっていたわけですね。


日本語で言えば「いらっしゃい」とか「おいで」と言った言葉が屋号になったようなものではないでしょうか。

外人が寄ってくれるものですから「亀屋」はいたるところにできました。

何屋だかわからない「亀屋」が沢山あったと言われています。

日本の産品と外国の商品を扱う商店が多かったとも言われています。


このようにしてできた言葉もたくさんあったのではないでしょうか。

そのすべてが、今は日本語の語彙として存在してるのですね。

真面目に一生懸命翻訳と訳語作りに頭を悩ませた人もたくさんいました。

福沢諭吉もその一人です。


福沢諭吉は本気で、日本の国語を英語にしようと考えていた人の一人です。

その彼がどうしても日本語にできないとして翻訳をあきらめた言葉もありました。

それならば俺がやると言って「(human) right」に「権利」という言葉を充ててしまったのが西周です。
(参照:100年たって微妙なずれが現実に・・・

福沢諭吉はこの「(human) right」をとても重要な言葉であり概念であると考えていました。

これによって革命や戦争までもが起こる、人の尊厳にかかわる概念であると考えていたようです。


そのために本当に大切な言葉を充てる必要があるとして、重要さゆえに躊躇していたのではないかと思われます。

「権利」が定着して100年以上の歳月が流れる間、この言葉を見聞きしない日はないくらいではないでしょうか。

しかし、「権利」という言葉には、どうしても原意としての「権力を持って利を得る」と言うニュアンスが抜けることがありません。

人として在る以上、侵さざるべきものとしての「(human) right」に比べると、微妙にニュアンスが異なってることになります。


「権利」はもはや訳語ではなく、日本語としての「権利」であり「(human) right」とは異なったものとなっているのではないでしょうか。

英語を習い始めのころ、本気で英語を学びたいのなら英和辞典は使ってはいけないと言われたことを覚えています。

苦労してでも英英辞典を使いこなすことが必要だと指導されました。


「権利」とはどういうものなのかを、日本語できちんと説明することができる人がどれだけいるでしょうか。

また、どれがきちんとした「権利」なのでしょうか。

一人ひとりの「権利」は皆違ったものになっていないでしょうか。


「亀屋」の方がわかり易いのは仕方がないですよね。

「亀屋」の説明ができるレベルで、せめて使っている言葉くらいは説明ができるようになりたいものですね。