2014年12月19日金曜日

母語を自然に使うこと

日本語を母語として持っていることによって、自然に備わっているチカラがあります。

それは、日本語を日常語として日本語の中だけで生きていては気がつきにくいことでもあります。

他の言語やその感覚、環境や成り立ちと比較したときに初めて見えてくるものだと思います。


言語としての日本語の特徴は、気づかなかった日本語の特徴として何回かに分けて取り上げてきました。
(参照:気づかなかった日本語の特徴

また、日本語の持つ感覚やものの見方についても折に触れ考察してきました。
(参照:言語とものの考え方 など)

具体的な言語の比較として、英語との比較をいろいろな観点からも試みてみました。
(参照:日本語 vs 英語 など)


そんな中から、母語としての言語は具体的な文字や語彙以外にも、精神文化的な背景や生存環境の歴史などを、その言語を使用する際の感覚として継承して持ち続けていることがわかってきました。

バイリンガルとしての第二言語も、すべて母語で理解し、母語でおこなう知的活動のなかで使用しているものであることが分かってきました。


言語は知的活動のための唯一のツールであるために、言語の持っている特徴は知的活動において典型的に現れてくることになります。

認知活動、思考活動、表現活動の三つの知的活動のうち、最もこの影響が大きく現れてくるものが思考活動です。

しかし、思考活動は完全に個人の活動となっているためにそのものを見ることは出来ません。

思考活動の結果が表現活動としてアウトプットされたときに、そのアウトプットから推測することしかできません。


日本語が言語として持っている特徴は、文明の最先端を走っている国の中では極めて特殊なものとなっており、むしろ後進国の原住民の言語に類似性があるものとなっています。

その結果、文明先進国間においては、経済や産業技術的な面では同じような基準で扱われますが、基本的なものの見方や論理性においては違和感を持たれているものとなっています。

日本語は、自然とのかかわりや知の使い方においては、原住民と同じような感覚を持ったうえで、世界の先端文明を走っている欧米型の言語による技術や論理性を理解し使いこなしている不思議な言語となっているのです。


自然とのかかわりや神(宗教)とのかかわり方は、欧米型の言語との隔たりが一番大きな部分となっていますが、言語そのものの最も基盤となるのがこの部分です。
(参照:日本語感覚と宗教のかかわり日本語の向こうにあるモノ など)

それにもかかわらず、その言語で欧米型言語と同じような技術や論理性を理解し使いこなしていることが、日本語の表現の豊かさや言語としての難しさにつながっていると思われます。

そんな日本語が、思考活動において最も自然に使われたときに、母語として日本語を持った特徴が一番現れるのではないでしょうか。

人の思考活動は直接確認することは出来ません。

同じ知的活動の一環である、表現活動によって行われたアウトプットから推測することしかできません。

日本語を母語として持っている私たちは、日本語を一番自然な形で使言うことが一番質の高い知的活動ができるはずです。


これは、言語による優劣の問題ではありません。

持っている母語を自然な形で使うことが、一番自然な知的活動であり、結果として一番質の高い知的活動になるのではないかということです。


では、この日本語という言語をどのような形で使うことが自然に使うということになるのでしょうか?

これも日本語だけを見ていたのでは難しいことだと思われます。

特に、明治維新以降は西洋文明の力を借りて、彼らの基準による国力を発展させてきました。

太平洋戦争後はアメリカの影響が多大になっています。


明治維新以降は、日本語そのものが一段と大きくなっていきました。

そこには、それまでの日本語をさらに発展させたものから、新しく日本語として取り込んだもの、彼らの文化を吸収するために新しく日本語として生み出したものなど、非常にたくさんのものがあります。

それらのものがすべて現代の日本語に継承されているのです。


それでも、数千年前から継承されている日本語がそのベースにあることは間違いがないことです。

今まで継承されてきた日本語が、他の言語によって置き換わってしまったわけではありません。

文字のなかったころより使われていた「古代やまとことば」は、現代でもひらがなとして日本語の一番ベースとなるところに継承され続けているのです。


日本語を自然な形で使うということがどういうことなのか。

それは知的活動のなかでどんなことになるのか、特に思考活動においてどのような現れ方をするのかを見ていきたいと思います。

年末年始の休暇がもうすぐはじまります。

しばらくは、母語としての日本語をできるだけ自然な形で使うとどのような思考活動になってくのかをゆっくり考えてみたいと思います。


ヒントは、今まで積み上げてきた試みの中にたくさんあると思います。

あらためて、このブログを読み返してみる時間も必要だと思っています。

どんなものが出てくるのか自分でも楽しみでもあり、不安もありますが、2015年の年明けのテーマにもつながっていきそうな気がしています。

毎日ブログを更新することが一番難しい時期が、この時期だと感じています。

新しい大きなテーマを持つことによって、モチベーションにもつながっていったらいいですね。




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