2014年8月21日木曜日

あえて「ひらがな」で書いてみる

「ひらがな」が文字のない時代の日本語の持っている特徴を受け継いでいることは何度も述べてきました。
(参照:気づかなかった日本語の特徴(2))

また、「ひらがな」にしかできないマジックのようなことも見てきました。
(参照:「ひらがな」のマジック)

では、実際に「ひらがな」はどのように使った時にその特徴が生かされるのでしょうか。


ネットの時代は、メールを初めとして文字を書くこと、読むことが多くなります。

しかし、現実は文字を書いているわけではなく、キーボードをたたいているだけのことです。

実際に手で文字を書いている場合とでは、脳の活動が大きく異なっていることがわかっています。

手で文字を書いているときにはフルに近い状態で活動している思考に関する部分が、キーボードを打って文字を書いているときにはほとんど活動していないことがわかっています。

手で文字を書くことは思考活動をより活発にすることがわかっていますが、キーボードで文字を書く行為は思考を妨げる行為となっているために、キーボード打って文字を書く活動と思考するという活動はほとんど同時には行なえないことがわかってきました。

キーボードを打って文字を書く行為と思考をする行為は、別に行った方が効率がいいということになります。


文字を読むという行為は、そのまま思考活動になっています。

キーボードで打った文字を読み返す行為は思考活動になります。

打ち込んで出てきた文字や文章を修正することも同様に思考活動になります。

普通は、キーボードで打ち込んだ文字が表示されると、漢字の変換ミスなどをチェックするために読み返すことが行なわれます。

キーボードを打って入力するという思考を妨げる行為と、思考活動が短いサイクルで繰り返されることになります。

脳は短期間での変化を嫌う傾向がありますので、すぐに飽きてしまったり疲れてしまったりします。

打ち間違えのチェックを無視して単純に打ち込むことだけに専念するか、打ち込むのをしばらくやめて表示された文字を確認するかをしていかないと脳が拒否をするようになってきます。

やがては苦痛として感じるようになってきますので、更に効率が悪くなって、打ち込みながら考えること自体がやりたくないこととなってきます。


ネット時代の情報伝達としては動画も大きな要素となっています。

何度も繰り返し見ることができますので、ストック情報として考えるかもしれませんが、これだけ大量の情報が流れている中で、実際に何度も繰り返して見る動画がどれだけあるでしょうか。

観賞用であればいくつかあるかもしれませんが、情報収集や検索結果として見た動画を繰り返し見た経験はどのくらいあるでしょうか。

動画は保存こそできますが、そこでの言葉はほとんどの場合は一般的な会話と同じに、瞬間的なものとして消えていってしまうことになります。

動画での情報伝達には、印象としてのインパクトはあったとしても、文字ほどの確実性はないのです。


動画において同じような効果を望む場合には、文字を映し出して見せることになります。

やはり、話し言葉よりも文字の方が情報伝達としての効果が高いことがわかります。


ネット時代の現実的な日本語表現の技術の一つとして、あえて「ひらがな」で書いてみることをお薦めします。

日本語がもともと持っている感性は「ひらがな」が持っているものです。

漢字は正確さや論理などを説明するのに適した文字です。

日本語が持っている感性は「ひらがな」の特徴である、意味の広さと音にあります。


特に正確さを必要とする場合は、音読み漢字が多く使われることになります。

音読み漢字を使った場合には、その意味をもう一度「ひらがな」を使って表現し直すことをお薦めします。

訓読み漢字は、とても意味の分かりやすいものになります。

「ひらがな」の音に漢字の持つ意味の正確さを合わせたものとなっています。


音としては「ひらがな」なのですが、文字になった時に漢字の特徴が出るのが訓読みです。

この部分をできるだけ「ひらがな」で表現することが日本語の持つ特徴を表すことにつながります。

「書く」という訓読み文字があります。

音では「かく」となって「ひらがな」で表現していることと全く一緒ですが、文字として「書く」となるともとの「かく」に比べるとかなり限定された意味となります。


音だけで「かく」と聞いた時に人は漢字を思い浮かべようとします。

そのためには前後の文脈を考えたりします。

「かく」に該当する漢字がたくさんあるからです。

「書く」「描く」「掻く」「欠く」などですね。

正確にとらえようと思ったり、漠然としたことに対しての怖さがあると思われます。


ところが「かく」と「ひらがな」で文字になっていると、漢字を思い浮かべることなく「かく」として受け入れることができるようになります。

そこには日本語の「かく」が本来持っていた広い意味合いや、漢字からは想像ができない広い解釈が可能となってくるのです。


訓読み漢字として使われている言葉は、動きや状態を表す言葉である動詞や形容詞がほとんどです。

もともとの「ひらがな」の「やまとことば」として持っていた意味や使い方の一部が、訓読み漢字としてより具体的に表されているのです。

日本語がもともと持っていた「ことだま」としての感覚は「ひらがな」からしか受けることができません。
(参照:日本語の向こうにあるモノ)


「ひらがな」は創造性を掻き立てる表現文字です。

音としては「ひらがな」で伝わっていても、その大きすぎる感性に対する不安から、どうしても漢字を思い浮かべようとします。

そのまま「ひらがな」で感じ取っていいんですということを安心させるために、「ひらがな」による表記をしたいのです。


それでも、「ひらがな」だらけの文章は読むことが大変ですね。

呪文を伝えたいわけではないので、どこで「ひらがな」を使うかはそれぞれ自分の感覚でいいのではないでしょうか。

同じ言葉に対しても、相手や環境が異なれば漢字になっても「ひらがな」になってもいいと思います。


「ひらがな」を自由自在に使いこなせて、その効果を感じることができたら楽しいと思いませんか。

同じことを表現しても、もっと大きな創造の空間が広がって思考活動が活発化するかもしれません。


漢字は、日本語に造語力としての大きな力を与えました。

正確さや世界の最先端文明への対応など、近代の日本人を作ってきた言語と言ってもよいのではないでしょうか。

それもこれも、基本言語としての文字のない時代から受け継がれた「やまとことば」として「ひらがな」を継承し続けてきたからできたことです。

漢字倒れになってきている環境です。

更には、横文字倒れにもなってきている環境でもあります。


甲子園がそろそろベスト16になってきますね。

ユニフォームに書かれた文字はアルファベットか漢字ですね。

「ひらがな」は見受けられません。

スポーツにおいては気の抜けたような感じを持たれてしまうのかもしれませんね。

「ひらがな」がベースにあるから、これらの比較感覚ができるのですね。


もっと使ってみませんか「ひらがな」。

想像の翼をひろげて。




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