2014年7月31日木曜日

複合語のチカラ

二つ以上の言葉から出来上がった言葉を複合語と言います。

例えば、「雨」(あめ)と「水」(みず)で「雨水」(あまみず)となったり、「奥」(おく)と「深い」(ふかい)で「奥深い」(おくぶかい)。

さらには、「追う」と「かける」で「追いかける」などになるものです。

これは日本語に限らず、英語であっても「rain」(雨)と「water」(水)で「rainwater」(雨水)という言い方があります。

複合語になると、発音のつながりが言いやすいように調整されることが起こります。

あめ+みず=あみず、おく+ふかい=おくかい、おう+かける=おかける、です。

これが音便と言われるものですね。


「雨水」は名詞であり、「奥深い」は形容詞、「追いかける」は動詞です。

英語の例でみたように、日本語以外でも複合語は見ることができますが、日本語の特徴としてあげられるのは、動詞+動詞による複合語動詞の多さです。

そのもとにあるのは、他の言語に比べてもとにになることばである「やまとことば」において持っている動詞の少なさが挙げられるかもしれません。


現代使用においては「かく」(動詞)という「やまとことば」に対して表記されている文字は、「書く」、「描く」、「画く」、「掻く」、「欠く」などに細分化されていますが、もとは「かく」の一つです。

漢字が導入され、訓読みが開発されたことによって、動詞だけを見てもその行為が音だけよりも具体性を持って理解できるようになったのです。

話し言葉としての「かく」は漢字で書かれた動詞のすべての意味を包含していますので、文字表現よりもその意味は広範囲で抽象的になっているはずです。

それでもその理解において、どの「かく」であるのかを確認する必要はほとんどないのではないでしょうか。


これは日本語の語順(文法)にも大いに関係があることです。

「かく」の前には、○○を「かく」としてその対象が置かれるのが日本語の語順です。

英語では、「私は かく、○○を」の語順になり、「かく」が前にきますので、どの「かく」であるのかを早目に規定する必要があるのです。

日本語すれば「かく」なのですが、英語においては「write」「draw」「paint」など音も綴りも違う独立した動詞があるのです。


日本語では、「かく」対象を「かく」の前にいくらでも並列的に規定することができるのです。

単純に「絵をかく」とした場合には、黙っていても「描く」につながりますし、「かく」だけでも十分に理解可能になっているのです。

さらには、「絵を」と言っただけで「かく」(描く)が出てくることが想像されてしまうのです。

対象を細かく描写してしまうと、動詞(「かく」)を省略してしまっても理解できてしまうのです。


他の言語においては、動詞によってその行為の内容を具体的にしていることが多いので、動詞+動詞が出現すると混乱してしまうことになるのです。

特に、日本語における「取り消し」のように反対の意味に近い動詞が複合しているものになると、混乱しやすくなってしまいます。

もともと持っている「やまとことば」としての動詞は、とても広い大きな意味を持っているものが多いために、書き言葉としての文字の段階では同じ読みの動詞に対して多くの訓読み漢字が充てられてきました。

これは文字になった時にしか理解できないことになってしまいます。

話し言葉としての場合であっても、広く大きな動詞のをもっと現実的な意味にするために工夫されたのが複合動詞ではないでしょうか。


「追う+かける=追いかける」
「追う+かける+まわす=追いかけまわす」
「追う+つく=追いつく」
「追う+こす=追いこす」

みんなニュアンスが異なりますね。

話し言葉だけでも十分にニュアンスの違いが伝わるのではないでしょうか。

先ほどの「かく」の中の「書く」で試してみましょう。

書きあげる、書き表す、書き入れる、書き写す、書き加える、書き終える、書き送る、書き起す、書きおろす、書きかえる、書き込む、書き記す、書き添える、書き損う、書き足す、書き出す、書き付ける、書き伝える、書き続ける、書きつづる、書きつらねる、書き留める、書き取る、書き直す、書きなぐる、書き並べる、書きなれる、書き残す、書きまくる、書きもらす、書き分ける、などなど。

中には「書く」だけにしか使えないものや、「かく」でも使えるものなどがありますね。

漢字を使ってより具体的な意味を伝えようとする文字での表現は、訓読み漢字によって話し言葉ではできない具体性を身につけてきました。

かたや、話し言葉による表現は、文字のサポートがない中でのより細やかな表現を、複合語によって表してきたのではないでしょうか。

基本となる動詞が持っているニュアンスが広くて大きなものですから、様々な言葉と複合化しても違和感がきわめて少なく、みんなが同じような感覚として受け取れるものになっているのではないでしょうか。


これらの言葉を一つひとつ単語として覚えることはとんでもなく大変なことですし、まず不可能だと言えるでしょう。

いったいどれくらいの数になるのかさえも想像ができません。


これらの言葉の中には、漢字にできないものがたくさんあります。

「ひっぱたく」「ぶっつける」「すっぽかす」、などは無理に漢字を充てるよりも、そのままひらがなで表現した方がいいように思われます。

話し言葉としての複合語の調整での穏便で「っ」が付くもの(促音便)は、ひらがなの方が似合いそうですね。


表意文字としての漢字は、文字にした方が意味が理解しやすくなっています。

日常文である和漢混淆文(漢字かな交じり文)は、ひらがなの音と使い方にも理解しやすさを持っていることになります。

複合語における音便は、話し言葉ならではのものです。


話し言葉では、ひらがなで伝えることが基本になりますが、わかりやすさを考えた時には、複合語が一つの言語技術としてスポットを浴びるのではないでしょうか。

これを使いこなせると、話すことでの理解での深まりが更に期待できるのではないでしょうか。

「やまとことば」が持っている動詞は、もともとが広くて深い意味を持っているモノばかりです。

これらの複合語は、慣れ親しんだ言葉の連結です。

とても素直に受け取りやすい言葉となっていることは間違いのないことです。


話すときに少しだけ複合語を意識してみませんか。

新しい言葉ができるかもしれませんね。



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