2014年7月14日月曜日

小学校における外国語活動について

小学校における外国語の導入は、平成20年の学習指導要領の改定で実施されたことの一つです。

この時の改定では、PISA(OECDによる3年に一度の生徒の国際学力調査)の結果を受けて、「詰め込み」や「ゆとり」からの完全脱却を掲げており、新たな基本方針として「生きる力」を設定しています。

PISAについては過去のブログでも触れていますので参考にしてください。
(参照:国語教育の問題について(2)


小学校の指導要領においては、具体的に英語の授業の導入という表現は使われていません。

国語科、数学科、社会科などとは一線を画したうえで、教科別としての扱いではなく道徳と同じような扱いで別章にて外国語活動として扱われています。

ただし、その内容には英語を扱うことを原則とするとなっているのですが、中学校からの英語科との連も視野に入れていることを考えると、いっそのこと英語に限定してしまった方がいいのではないかと思われるくらいです。


小学校5年生からの高学年で、週一時間の外国語活動を組み込む内容となっています。

その目的については以下の3点からなっています。

① 外国語を通じて,言語や文化について体験的に理解を深める。

② 外国語を通じて,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る。

③ 外国語を通じて,外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませる。

中学校段階の文法等を単に前倒しするのではなく,あくまでも,体験的に「聞くこと」「話すこと」を通して,音声や表現に慣れ親しむこととしています。

具体的には、ネイティブとの触れ合いによるあいさつ程度の感覚をつかむことを狙った内容となっています。


小学校高学年から実施された外国語活動については、その効果が早い段階で確認されてきており、現在では実験的に小学校3年生から実施されるところも出てきています。

小学校の3年生の段階はまだ、国語そのものの基本的な習得もできていない段階です。

3年生はローマ字にも初めて触れるタイミングでもあり、国語の基本的が習得ができるのが小学校の4年生だと言われています。

しかし、そこからさらに漢字や言葉の意味などをたくさん身につけていかなければなりません。


結局、国語科においてはインプットとして身につけるべき知識が多すぎるために、具体的にやることとしては書き取りと文章読解ばかりになってしまいます。

試験がいい例です。

大学の入学試験においても、ほとんどが書き取りと文章読解であり、表現力を求められる試験はあまりありません。


国語科における日本語では、身につけるべきものがあまりにも大きく膨大な時間を必要とするために、表現する技術を身につける時間がほとんどないのです。


それに対して、外国語、特に英語は、言語そのものの基本である、文法や語彙がきわめて単純です。

しかも、口頭言語ですので、文字を書くことに対する意味合いが日本語に比べるとはるかに低くなっています。

好奇心を持って臨めば、あっという間に日常の会話程度はできるようになります。


もちろん生活レベルや身分によって、使用されている文法や言葉・使い方に特徴があるのですが、日常の会話においてそのような場面は設定できないと思われます。

私たちが習ったころの英語の教科書は、このあたりの表現が入り乱れているために、教科書英語でアメリカ人と会話すると不思議な顔をされたことを覚えています。

親しくなってから聞いた話では、「お前の英語は、刑務所の中の英語と国連の演説の英語が混ざっていて、何者だかわからないんだよ。」と言われました。

彼らにとっては、使っている言葉でその人の教養レベルが判断できます。

私の使った英語では、レベルが判断できずに何者だかわからずにとても不安な付き合い方をしていたそうです。


指導要領ではネイティブとの触れ合いを推奨していますが、ネイティブでも大きな違いが出てしまうことになると思われます。

子どもたちにとって初めて触れる外国語は、、間違いなく日本語よりも使いやすいものになります。

ここで触れる英語が、オリンピック招致の時の久子様のようなネイティブが憧れるようなクイーンズイングリッシュなのか、自分たち自身が変な英語だと思っているオーストラリアンイングリッシュなのかでは、とんでもない差がついてしまうことになります。


英語は、話すための言葉ですので、文字で書いてもよくわかりません。

話すための表現力が黙っていても身についていきます。

外国語を使うメリットは、母語でおこなうよりも感情表現がしやすいことです。

母語、特に日本語でおこなう感情表現は、どうしても恥かしさや大げさな感じが伴ってしまいます。

英語の場合は簡単に、しかも演劇のように行うことができます。


日本語ではほとんど身につけることができない表現力を身につけるための外国語活動は、表現力を磨くことにおいて大いに期待できるところもあると思われます。

しかし、導入を始める学年が下がれば下がるほど、日本語としての習得度合いが低い中で、他の言語に触れていくことになります。

本気で外国語を使いこなすためには、自分の言語としての母語と国語がしっかり習得できてからの方が、はるかに効率のいいことがわかっています。


その元となる、母語と国語は私たちの場合は日本語という、習得するのに世界で一番時間のかかる言語となっています。

その習得段階での途中で、外国語を学ぶことがどんな影響を与えることになるかは、さまざま面からの研究がされています。

立場によって、見解が異なっているのは当たり前のことでしょうか。


英語教育の擁護側から見れば、外国語に少しでも早く触れる環境を作ったほうが効果が高いことを強調します。

日本語の歴史文化を擁護するする側から見れば、日本語の習得段階で外国語に触れることによって、日々大切な部分が削られていくことを強調します。


第二言語としての外国語の習得において、世界で共通の理解があります。

それは、同時に二つの言語を身につけることはできないということです。


これは、幼児期に顕著に表れます。

母語の習得段階での言語の選択は過去に何回も述べていますので、詳細は省きますが、バイリンガルにならないことは間違いのないことです。
(参照:母語が決まる4歳までが勝負!

それどころか、どちらの言語に対してもネイティブと違う感覚を持ってしまうことが起きてしまうのです。


きちんとした母語と国語を身につけて使いこなせることが、第二言語としての外国語を身につける一番の早道であることがわかっています。

日本語は他の言語に比べると、使いこなせるまでに膨大な習得時間を必要としています。

その意味から言いますと、世界で一番、外国語を早期に習得するのに向かない言語だといえます。


しかし、いったん日本語を使いこなせるようになると、どんな外国語でもきわめて素早く使いこなせるようになります。

それだけ言語としての大きさ、懐の広い言語だといえます。


小学校での外国語の導入と運用が、日本語の習得において決定的に欠如している表現技術の習得に結び付くことを期待したいと思います。

外国語で表現技術を磨きながら、日本語というとてつもなく大きな言語を使いこなせるように習得を続けていくという、他の国の人から見たら奇跡のような活動が、どのような効果を生み出していくのか、注目していきたいと思います。




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