2014年6月9日月曜日

具体的ってどういうこと?

皆さんは、「具体的に」と言われたときにどんなことを思い浮かべますか。

何かを伝える表現をするときによく使われますね。

とてもよく使う言葉ですが、とても抽象的な言葉です。

「具体的に」という言葉自体が、ぜんぜん具体的ではないですね。


「正確に」とはどのような関係になるのでしょうか?

段階としては、「具体的に」が来てから、さらに次の表現の段階として「正確に」が来そうですね。

この「具体的に」はかなり頻繁に使われている言葉です。

でも、この「具体的に」の内容が人によって結構違っているんですね。

個別の例で見ていくと比較的わかりやすい「具体的に」であっても、いざ「具体的に」って言われるとどういうことか意外とわからなくなってしまいます。


この「具体的に」は実は、単独では存在することができない言葉なのです。

「具体的に」の中には「もっとより具体的に」が含まれているのです。

つまりは何かの表現があって、それよりもさらに具体的に表現してほしいと言うことに他ならないのです。


対比する表現がない時の使い方としては「できるだけ具体的に」ということになります。

そこで出てきた表現に対して、具体的さとして納得するのか「もっとより具体的に」となるのかですね。


「具体的」は「抽象的」と対になって存在するものです。

人と話をしていたり、ブレインストーミングをやっていたり、何かのリストアップをしていたりすると出てくる内容に流れがあることに気が付きます。

その流れは具体化に向かってるのか抽象化に向かっているのかです。

一つの流れがどちらかに向かいだすと、一気にアウトプットされてきますが、どこかで流れが止まります。

次の観点が出てきたときに、最初の一つ二つで流れができていきます。


毎回同じ方向への流れとはなりません。

抽象化へ向かっていたかと思えば、今度の流れは具体化であったりします。

どうも一方的などちらかへの流れは、違和感を感じ居心地が悪くるようにできているようで、全体の流れがずっとどちらかの流れのままと言うことはないようです。

どこかでバランスを取るようにできてるのかもしれません。

無理にどちらの方向に限定してファシリテートしたりすると、場の活力が目に見えて落ちてきます。

ただし、どの程度で違和感を感じるのかは個人差がかなりあるように思われます。


具体的に「具体的に」を見てみましょう。

お母さんが買い物を頼みました、「何か甘いものを買ってきて。」、さて、何を買ってきますか?

ケーキ、まんじゅう、チョコレート、水あめ、砂糖、はちみつ、ようかん・・・


お客さんに出すつもりで、お母さんが言っているのに、はちみつを買ってきたらどうなるでしょうか?

怒った顔が目に浮かびますね。

はちみつは間違いなく甘いものです。

これはお母さんの頼み方が悪いので、怒れる状況ではないですよね。


ここでは、「何か甘いもの」に比べたら、ケーキ、まんじゅう、などはずっと具体的なものとなりますね。

そこまでを指示しなければいけませんね。

では、次はどうでしょうか。


お母さんが、「ケーキを買ってきてくれる。」、さて何を買ってきますか?

モンブラン、イチゴショート、デコレーション、サバラン、ミルフィーユ、シュークリーム・・・


お客さんに出すつもりで、お母さんが言っているのに、デコレーションケーキを買ってきたらどうなるでしょうか?

またしても、一悶着ありそうですね。

デコレーションケーキも間違いなくケーキです。

やはり、指示の仕方が悪いので文句の言える状況ではないですね。


最初の内容よりもずっと具体的な話をしているのに、なぜこんなことが起こるのでしょうか。

普通の会話であれば、こんなことは起こりにくいですね。


「ケーキを買ってきてくれる。」と言われれば、「どんなケーキがいい?」は自然な対応です。

「お客さんに出すのを適当に頼むね。」さらには「いくついるの?」程度にはなりますね。

あるいは「駅前の不二家でいい?」、「ううん、シャノアールにしてくれる。」、くらいの会話は行われるのではないでしょうか。


もうお分かりいただけると思います。

具体的とは、言われていることや表現されていることを自分がやるときに、間違いなく同じことができるかどうかということになります。

そこでは、目的は共有されていなくとも構わないのです。

むしろ、目的があることが障害になることすらあります。


先程の例で行けばお母さんの頼み方として、「シャノアールで、300円くらいのケーキを、3つ買ってきて。」と言えば十分です。

お客さんに出すものか自分たちで食べるのかなどとは言わなくてもいいわけですね。

しかも「300円くらいのケーキ」と言うことで選択肢にかなりの幅があります、同じものでもいいですし3つとも違っても構いません。

買いに行った者が、自分が食べさせてもらえるものと思っても構わないのです。

結果としてお母さんの目的は達せられるのです。


ただし、具体的な表現によって行動したときに、上記のように選択肢が出てくる場合があります。

その時の判断基準をできるだけ表現者と近いものにするためには、目的の共有が必要になってきます。


実際には本当の目的を知らせたくない場合がたくさんあります。

それでも、そのための行動をしていかなければならないときに表現する内容ほど具体的である必要があります。

迷った時や、選択肢が出てきたときに判断できる基準を具体的に示しておく必要があります。


具体的であればあるほど本来の目的を隠すこともできます。

怪しい販売ほど、具体的な数字と購入者のコメントがたくさん表現されており、その証拠はほとんど見つけることができません。

詐欺は、具体的に相手にさせる行動を限定します。

いかにも、自分でもすぐにできそうな内容になっています。

選択肢や判断することもなく、そこにあることをやることだけで実際にはあり得ない結果が手に入るように思えてしまいます。


表現することにおいて具体的と感じられるものは、数字、形状、見えるもの、音、触れる感覚などです。

一番強いのが数字です。

その次が誰でもが知っているものを例えとして持ってくることです。

「富士山のような・・・」「新幹線のスピードのように・・・」「SUICA(スイカ)のように触れるだけで・・・」などですね。


具体的であればあるほど正確性が出てきます。

でも、正確性を求める表現とは性質が異なります。

具体的はわかりやすさにつながるものです。

正確性は間違えようのない正しさにつながるものです。


具体的な表現とは「42インチテレビくらいでかなりきれいに映る画面です。パソコンやビデオもHDMIでつないで見ることもできます。」と言うようなことになります。

一方、正確な表現を求めると「シャープ製造のSQH-0456-TR3400-342です。」と言うことになります。

相手によって使い分けなければいけません。


とかく普段の自分の活動環境にいる相手に伝わる表現しかしていない私たちは、そこで使っている表現が一般的なものと錯覚しています。

普段から積極的に様々な環境に自分を置くことをしている人は、伝えるべき相手に合わせた表現ができるようになります。

そんな人であっても一日中同じ環境の中で活動していると、そこの表現になじんでしまいます。

多くの人に会い、いろいろな環境で話をすることが具体性を磨く一番の方法のようです。


受ける具体性は人によって異なります。

具体例として出したものが、人によってはさらにわかりにくさを強調してしまうことがあります。


固定環境においては、私たちはどんどん正確さを求める傾向にあります。

そして、その正確な表現は、どんどんわかりやすさから遠ざかっていくのです。

「具体的な」表現を意識していきたいですね。





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