2014年6月7日土曜日

母子の共通語としての母語

今までは母語について、母親からの伝承言語としての幼児期言語としてみてきました。


また、母親のポジションもそれまでは子どもに対して絶対的なものとして、母親でなければならいと言う観点からみてきました。

しかし、子どもの言語習得から見てみると母親的な役割をしてくれる人の言葉が大切なのであって、それは決して母親でなければいけないと言うものではないようです。

したがって、今回は少し違った見方をしてみたいと思います。

それは、まだ言葉も持っていない子どもと母親(的な役割をする人:以降は役と記します)とのコミュニケーションの方法についてです。


子どもは言葉を発する前から、母親(役)の言葉については理解しているものがあります。

子ども自身が言葉を持っておらず、発することができない状態であるため、理解していることを伝えることができないだけだと言われています。

幼児期の子どもの発育環境については三つの段階を考える必要があるようです。

第一段階が、ほぼ1歳半頃までの、ほとんど言葉を話せない時期です。

ようやく歩くことができ始めたころですが、活動範囲はほとんど室内でありコミュニケーションの相手がほぼ母親(役)に限定されている時期です。

言葉の噴火や爆発と言われる前の、言葉らしきものを話そうとしていますがほとんど言葉になっていない時期です。


2歳前後に言葉の噴火と言われる現象が見られ、一気に言葉を話し始める時期が来ます。

このころには、手をつないで外を歩くこともできるようになりますし、母親(役)以外の祖父母や一緒に住んでる家族などとも言葉のやり取りができるようになります。

この段階が第二段階です。


第三段階は、幼稚園等に行き始めて、全く関係のない他者ともコミュニケーションをとらなければならない段階です。

常に自分の手の届くところに、確実にこコミュニケーションの取れる人がいてくれる環境から離れる時間ができる段階です。

保育園に行っている時とは異なりある程度の集団行動や協調性が求められる時期です。


母語の役割として、子どもと母親役や保育者との共通語としての役割があります。

第一段階では、相手が母親(役)に限定されている段階です。

言葉らしいものはほとんど話すことができない時期です。

それでも母親(役)の言っていることはある程度理解できていると言われています。


母親(役)が使う言葉を真似ようとしますが、思うように発音できません。

単音や二音程度で同じ言葉の繰り返しである、「ぶうぶ」や「わんわん」がようやく言えるようになるころです。

わかっていることを理解してもらうために、様々なサインを出しています。

音を発しながら目的物の指差しを始めるのがこのころです。

大変重要な行動であり、1歳半の定期検診では必ず指差し行動の確認が行われています。


母親(役)は話しかけてあげることが大事になります。

言葉だけではなく、感覚として理解していることもあると言われています。

2歳頃に一気に言葉を話し始める言葉の噴火のための言葉をため込んでいる時期と言うことが言えます。

子どもと母親(役)との間の共通サインや音ができてきます。

歩き始めてはいますが、自力での活動範囲は室内がほとんどです。

外出はベビーカー利用となります


第二段階は、言葉の噴火が発現してから4歳くらいまでの間です。

手をつないでの外出ができるようになる時期です。

一気にいくつかの言葉を発し始めます。

ほとんどは母親(役)との間にある共通する物の名称です。

言葉を繰り返し発しながらも指差しで確認します。


母親(役)だけでなく、家族とも言葉のやり取りができるようになります。

どんどん使える言葉が増えていきます。

一音二音の繰り返し言葉から、三音四音が言えるようになり、二語三語と続けて言えるようになってきます。

物の名称だけでなく、動作を表す言葉(動詞)や状態を表す言葉(形容詞)が使えるようになります。

「いく(行く)」「かえる(帰る)」「だべる(食べる)」「きれい」「おいしい」などが使えるようになってきます。


母親(役)からだけ言葉を身につけていた段階から、言葉のやり取りをする家族からも新しい言葉を身につけることができるようになります。

その場合であっても母親(役)とその言葉の確認行為が行われていることがほとんどです。

自分からも先に言葉を発するようになり、それに対して反応してもらうことを喜ぶようになります。

使える言葉が一気に増えていく時期です。


3歳を過ぎるころから助詞が使えるようになります。

主体を表す「○○が」、方向を表す「○○へ」、同行を表す「○○と」などを使えるようになりますが、はじめのうちは使う場面が適切でないことが多くあるために、言葉の覚えが悪いのかと勘違いすることがあります。

覚えた言葉は使って、間違いながら使用場面が少しずつわかってくるので、心配する必要はありません。

この時期では考えるための機能はまだ発達していませんので、条件反射的に言葉を発していることがほとんどです。

こちらが積極的に話しかけてあげることによって、それに反応しようとしますので、何かに夢中になっているとき以外はできるだけそばで触れながら話しかけるようにします。


4歳頃で基本的な言葉の習得が完了します。

この言葉によって、知的活動のための機能が作られていきます。

この段階では、幼稚園に行って新しい社会での活動が始まります。

新しい言葉もたくさん持って帰りますが、母親(役)との確認行為はまだ続けて行われています。

それでも、母親の知らないところで身につける言葉も増えてきます。


この時期に有効なのが、異年齢者との接触です。

家庭と幼稚園だけでは接触する人間が限られてしまいます。

より多くの異年齢者に接して言葉のやり取りをすることが、知的活動の機能開発にいい刺激となるようです。


また、考えることはできていませんが、認知することはできるようになってきていますので、さまざまな体験や環境の変化がとてもいい刺激になります。

お出かけやお買いものなど、いろいろな場面での異年齢者との言葉のやり取りがとても有効だと言われています。


それでもこの時期は、母親(役)が絶対的な存在です。

母親(役)との関係が無条件に安心できる言葉のやり取りができる状態に常にあることが大切になります。

新しい環境や体験もすべて母親(役)を通じて認知していきます。

新しい環境や体験の時に母親(役)がいないと、不安でたまらなくなります。


4歳後半くらいに発言する現象に幼児期健忘と言う記憶のリセットがあります。

知的活動のための基本機能がほぼ出来上がってきたころと同じようなタイミングになります。

それまでの幼児期の記憶がほとんどリセットされる現象です。

この時期の記憶が保持できる期間は数日しかありませんが、それでもかなりの言葉の記憶等もあるはずです。

それらが数週間の間にリセットされていきます。


毎日見ていてもほとんど気がつかない現象です。

当然、日々使っている言葉は新しい記憶として残っていきますので実生活上の問題は現れてきませんが、その時点で使用して新しい記憶として書き換えられたもの以外は消えていくことになります。

幼児期の記憶がないのはこのためだと言われています。


言葉としての記憶は失われてもその時点で使っている言葉は新しい記憶として残っていきます。

そこまでに開発された知的活動のための機能はそのまま残っていきます。

言葉は消えても、その言葉とともに身につけた言語感覚は残っていきます。


母語としての言葉はかなりのものが消えていくことになりますが、母語によって開発された機能や感覚は刷り込まれています。

母親(役)との共通語としてきわめて私的な言葉で始まった母語の習得は、幼児期健忘を経過して新たな記憶として保持されていく言葉とともに、生涯の基礎言語としての機能を果たし始めることになります。

母語には言葉以外の大切な要素として言語感覚があります。

これから先に身につけていく言葉もその言語感覚による影響を受けていきます。

そのほとんどを母親(役)から継承したきわめて私的な言語感覚ですが、この感覚が個性を作っていくのではないかと思われます。


母語は、生まれてから初めて出会う言葉であり、生きていくために必要な母親との共通語であると言うことができるのではないでしょうか。




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