2014年2月8日土曜日

日本語表現力の源泉

日本語の特徴の一つに自然界の音を言葉として聞くことができることがあります。
(参照:気づかなかった日本語の特徴)

虫の声を言葉として聴くことができるために、同じ虫の鳴き方でも季節や聞き手の感情によってさまざまに表現されています。

地域や年代によっても同じ自然現象に対して表現の仕方が異なっていたりすることもあります。

直接聞き取った音を言葉で表現することもあれば、感情を映して自分の心を代弁する形で表現をすることもあります。


風の音だけでも「そよそよ」「ひゅうひゅう」「びゅうびゅう」「ごうごう」など様々な表現で表すとともに、感覚としても「強い風」「弱い風」「冷たい風」「生ぬるい風」「凍りつく風」などの表現をします。

基本的には文字を持っていないイヌイット語(エスキモー語)では、雪を表現する言葉が40種類以上あると言われています。

環境の変化を一番身近な雪の表現によって共有していることが伺い知れます。


日本は季節の変化の激しい環境にあります。

大きくは四季がありますが、四季の変化の間も日々変化を続けていることになります。

移りゆく環境を表現するのに、四季をさらに細かく表現して約15日ごとに表現した二十四節気や二十四節気をさらに三つずつに分けて約5日ごとに表現した七十二候などを作ってきました。

自然そのものに神の存在を意識する古代神道によって、神は自然の代弁者と言う意識があります。

自然現象そのものに敬意を払って、人知の及ばない不可侵なこととして敬っていました。




日々移りゆく自然環境に対応していくためには、変化を先取りして準備することが必要になります。
暦の存在ですね。
夏と冬の環境の差が激しいだけに、準備を怠れば生命の危険につながったことでしょう。

季節を愛でるためではなく、生きていくために細かな季節の移り変わりを表現する必要があったのではないでしょう。


日本語は、世界の言語の中でもポリネシア語と同様に、自然界の音を言葉として感じ取ることができる言語です。

したがって、自然界の現象を表現する言葉が他の言語とは比較ならないくらいたくさんあります。

また、同じ対象に対して季節によって表現を変えるものもたくさんあり、数では表せないほどとなっています。

更に、古代より歌(短歌、俳句)の文化が継承されており根付いています。
短い表現の中で感情を露骨に表現することを避けるために、自然のものに心を映す擬人化の技術が発達してきました。

個人の感情を直接的に表現することに恥を感じる感覚が備わっており、その技術の巧みさを「粋」(いき、すい)として尊ぶ文化を持っています。


自然をそのまま表現する言葉をたくさん持ちながらも、そこに感情を映した新たな表現が加えられることによって、無数の表現がされることになります。

同じ自然現象であってもその時の人の感情によって、表現する言葉が変わってきます。

それと同時に現象を正確に共有するための表現も持っているのです。





ネイティブ話者同士の会話を理解するのに必要な単語数を調べた実験があります。

ネイティブ話者同士の会話の約90%を理解しようとしたときに必要な単語数を、使用言語別に調べたものです。

フランス語では2,000語、英語では3,000語が必要になると言われています。

同じ条件であれば、日本語では10,000語が必要になるとの結果が出たそうです。

自分たちが思っている以上に日本語を使いこなすことは難しいようです。


これだけ豊かな表現方法を持っているということは、相手によってより分り易い理解しやすい表現がいくらでもできるということですね。

古代のやまとことばをそのまま継承している日本語は、表現技術も言語感覚も継承されています。

新しいものを身につける必要はないのですね。

持っているものを使いこなしていくだけで十二分な表現力を持っているのですね。

大切に使っていきましょう。










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