日本語はいろいろな意味で世界に誇ることができる言語です。
しかも日々その進化を続けている言語でもあります。
日本語の特徴の一つに、ほぼ無限とも言われる表現力の豊かさがあります。
特に文字となって表される場合には、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットの4種類を使い分けするだけで、読み手の印象が変わってしまうくらいの表現ができます。
反対に、この特徴である表現の豊かさが受け取る側にとっては、理解するための妨げになることがあります。
あまりに多くの表現が可能であり、対象が抽象的であるほど、言葉を選ばないと話し手の意図するところが伝わりにくくなります。
特に抽象的な表現は、その意味するところの微妙なニュアンスが一人ひとり異なっていることが多いです。
言葉としては伝わって、理解してもらったものと思っていても、その内容を確認してみたらズレていたということは皆が経験していることだと思います。
そもそも日本語自体が、あまりにたくさんの表現を持っていますので、私たち日本人自体が使いこなせていないのではないかと思います。
日本は世界で最も翻訳本の多い国だと言われています。
しかも、分野に偏りがなくあらゆる分野において、世界の先端情報や論文はほとんど日本語になっていると言われています。
その翻訳本の中には、原作者や原著者が自分の表現よりもより的確に表現されているとしているものがたくさんあります。
単なる言語の翻訳ではなく、翻訳者自身にその分野の専門性がないとできない仕事ですね。
つまりは、日本語の中でも日本人の私たちが知らない表現が非常にたくさんあるということです。
分野が細分化されて、それぞれの分野の研究が進めば進むほど、一般的な感覚からは遠のいていきます。
そんな中では、毎日のように新しい言葉が生み出されていきます。
漢字というとてつもない造語力を持った文字を操って、新しい言葉を作っていきます。
発音としては読めなくとも、文字を見れば意味するところを理解できるのが漢字の素晴らしさです。
表意文字の面目躍如といったところでしょうか。
社会との接点が減っていくと、知らない言葉が増えていきます。
新聞やニュースの言葉でもわからないものが増えていきます。
日本語の中の標準語というか共通言語が必要なのかもしれません。
その候補として「現代やまとことば」を挙げたいと思います。
「現代やまとことば」はひらがな言葉と漢字の訓読み言葉です。
耳に聞こえる音としてはすべてひらがなで聞こえるものです。
実は、ほとんどのことがこの「現代やまとこば」でできている世界があります。
歌の歌詞の世界です。
もちろん例外もありますが、私たちが心に残る歌の歌詞はほとんどが「現代やまとことば」でできています。
漢字の音読みを使っている部分もありますが、そこで使われている音読み漢字は音だけでそれとわかる馴染の深い言葉です。
谷村新司の「昴(すばる)」という曲は、全編「現代やまとことば」で、音読み漢字は一つもありません。
すべて、ひらがな言葉と訓読み漢字です。
耳に聞こえる音は、すべてひらがなとして届いてくることになります。
歌という、限られた条件の中で感情や情景を歌い上げ人に伝える技術は、制限のある中で磨き上げられてきたものです。
その中での、名曲や心に残る曲の歌詞には、日本語の表現のエキスがあります。
専門用語や情報が氾濫している現代だからこそ、理解しやすい、伝わりやすい日本語は一層大切なのではないでしょうか。
あなたの大好きな曲の歌詞をもう一度見直してみませんか。
きっと参考になる表現がたくさんあると思いますよ。