2014年1月29日水曜日

和製漢字のチカラ(1)

現代日本の標準的な文字の表記方法は、漢字仮名混用となっています。

最近では、英語やカタカナの使用が増えていますが、文字を見ても聞いても何のことかさっぱり想像ができない言葉が横行しています。
他の人が知らない言葉を使っていることが、自分が最先端にいることとして勘違いしている者までいるようです。

英語やカタカナの場合は、使われている文字が表音文字ですので、文字にしてもわからない場合がほとんどです。
聞いてわからない場合には文字にすればよりわかりやすくなると思っているのは、表意文字である漢字を使っている人たちだけです。

現在、世界に残っていて日常的に使用されているたった一つの表意文字が漢字です。
漢字以外の文字を使用している人たちにとっては、文字でわからなければ話して説明することが当たり前になっており、伝達手段としては会話に重きが置かれています。
漢字を使用する人たちにとっては、話して伝わらない場合は文字にして確認しますし、文字として記録することに重きを置きます。
文字にした方が意味が明瞭になるからです。

どんなに方言が多くても、読み方がたくさんあっても、文字にしてしまえばすべてが理解することができます。
欧米に比べて「書く」ことに重きが置かれているのは、使用している文字の影響も大きいと思われます。
欧米では口述したものを文字にする専門職としてのタイピストが成り立つ所以ですね。

世界で漢字を使っている国は、中国・日本を初めてとして数か国程度ですが、人口で見るとどういうことになるでしょうか。
中国が含まれることによって、世界の人口の約20%の数の人が漢字を使っているのです。
英語を使っている人の実に2倍以上になります。

中国から来た漢字ですが、漢字世界で使われている現代漢字を造りだしのは明治の日本人が主体です。
中国人学者の王彬彬が2002年にインターネットの「世紀中国」に寄せた論文によれば、以下のようにあります。

今日使用している社会、人文、科学諸領域の名詞、術語の70%は日本から輸入したものだ。

これらは日本人による西洋言語の翻訳を経て中国に伝来し、中国語の中に牢固たる根をおろしたのである。わたしたちが毎日立派な議論をたたかわすのも、瞑想にふけったり思考したりするのも、東西世界を語るときに使用する概念は、ほとんど日本人がつくってくれたものである。

ここまで思いいたると、実に鳥肌が立つぐらいである。


最後の一行は悔しさを込めながらも認めざるを得ないというニュアンスが伝わって来る感じですね。

ここで言われている時代背景は、日本の幕末から明治期にかけての明治維新・文明開化に当たります。
産業革命を経過した西洋文化への対応が日本よりも遅れた中国が、同じ漢字を使用する日本の作った造語を取り込んでいったのです。

西洋文学の翻訳を中心に新しく作られた漢字は、明治20年ころで20万語程度はあったのではないかと言われています。
広辞苑に収録されている語数が24万語と言われていますので、その凄さがわかるのではないでしょうか。
幕末から明治期に、この造語に力を尽くしたと言われる人たちを生年順に見てみましょう。
  • 杉田玄白(1733~1837)
  • 市川清流(1824~未詳)
  • 西 周(1829~1897)
  • 福沢諭吉(1835~1901)
  • 福地桜痴  (1841-1906)
  • 中江兆民(1847~1901)
  • 森 鴎外(1862~1922)
  • 夏目漱石(1867~1916)
お馴染の名前がたくさん出てきていると思います。

この時に間違えてはいけないことは、全く新しい文字としての漢字が生み出されたわけではありません。
いままであった漢字を組み合わせて、新しい熟語を作っていったと言ったほうがいいと思います。
ある分野の専門用語で一般的ではなかった言葉を、導入された西洋概念の一般的な言葉に充てたりしています。

例えば、新たな概念である民主主義の根幹をなす言葉である「スピーチ」に対して、仏教用語として使われていたお坊さんの説話のことを指す言葉である「演説」という語を充てました。
これを行ったのは福沢諭吉です。

福沢諭吉はまた、「トーク」にたいして「談話」という言葉を生み出しています。
それでは、実際にどんな分野でどんな漢字が作り出されていったのでしょうか?
前説が長くなってしまいました。

次回に具体的な漢字を拾いながら見てみたいと思います。
お楽しみにしてください。






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