2014年1月19日日曜日

オノマトペについて

先日(1月17日)に行なった「やまとことばへの誘い」のセミナーでのアンケートにオノマトペについてのリクエストがありました。

実をいうとオノマトペについては今まで触れるのを避けてきました。

比較的新しい概念で、言葉を見ればわかるようにオノマトペという言葉自体が表れたのは明治の後期以降だと思われます。

触れるのを避けてきた理由は、やまとことばとの関連がよくわからないことと、オノマトペという言葉がフランス語であり語源はギリシャ語からラテン語になってつながっている言葉で実態がつかみにくかったからです。

それでもせっかくリクエストをいただきましたので、わかる範囲で述べてみたいと思います。



フランス語としてのオノマトペの意味するところは「擬声語」とあります。
「擬声語」とは「擬音語」と「擬態語」を合せた総称のことになります。

「擬音語」はモノが発する音や声を、言葉でもって模写・真似たもののことです。
「ドカーン」、「サラサラ」、「ワンワン」などがこれに当たります。

「擬態語」は心情や状態などの本来なら音のない状況を、言葉でもって表したものです。
「ニヤニヤ」、「ヒヤヒヤ」、「ドキドキ」などがこれに当たります。

夏目漱石はこれらのことを音を持って例えることとして「音喩(おんゆ)」という言葉を造りだして呼びました。
おそらくは、オノマトペという言葉が使われる前のことだと思われます。

どちらも、音で表現することに重きが置かれており、文字での表現は二次的な物となっています。
使用文字としてはひらがな・カタカナがほとんどであり、文字だけでは音の持つニュアンスを表すことが難しくなっています。



オノマトペの多さは日本語の特徴の一つと言われています。

日本語の持つ豊富な表現力に貢献していることの一つであることは間違いありません。

オノマトペを見ると、幼児語を思い出す人も多いのではないでしょうか。
オノマトペには「畳語(じょうご)」として2音節の音を繰り返すものが多いので、そのように感じるのではないでしょうか。
「ブーブー」、「わんわん」、「じーじー」、「ぽんぽん」などですね。

幼児期の言語は人の言語の一番基礎になるもので、この言語によって脳の働き方が決まってくるとされています。

ところが、幼児期の記憶は「幼児期健忘」という現象によってほとんどすべてがリセット(消えると言うよりも適している表現だと思います)されてしまいます。

新しい記憶が自分の行動と結びついた「エピソード記憶」として、いつ、だれと、どこでが記憶できるようになることが「もの心がつく」ころと言われる時期になります。

したがって、幼児期の言語は覚えていませんが、その言語によって形成された脳の機能が言語の感覚を持っていることになります。


「とんとん」というリズムに乗った2音節の言葉の繰り返しは、初めて言葉を口にできるようになった幼児にとっては、少ない言葉の繰り返しで表現できる短い音楽のようなものです。

このリズムによる造語の感覚が幼児期の繰り返しによって磨かれていくと思われます。

自他の感覚や時間の感覚、場所の感覚などはありませんので、身近なものを表す言葉から使用できるようになります。

最初に使えるのが名詞になるのはこのことからですね。

あるものを指定するのに、そのモノの色や鳴き声、形や状態を持っている言葉で表現することが始まりでしょう。
そこには擬音や擬態の区別はありません。

「ぶーぶー」、「わんわん」の具体的な物から、だんだんに「かあかあ」、「じいじい」などの身近な人を呼ぶことを覚えます。
さらに、「にぎにぎ」、「とんとん」などの行為の表現から、「うまうま」、「いやいや」などの感情の表現などができるようになります。

どんどん言葉が増えてくると「いたいいたい」、「おいしいおいしい」などと、繰り返す言葉の音節が3つ4つとなっていきます。
ここまで来るとオノマトペとは言えなくなってきますね。



オノマトペとは言語学上の言葉の分類のための言葉ですが、日本語の表現の基本にある言葉の一部であることは間違いないと思います。

幼児期にオノマトペの中のさらに基本語である2音節の畳語によって身につけた日本語は、記憶としてはリセットされても、脳がその使い方を身につけているのだと思います。

「ドボーン」や「ボッチャン」もオノマトペのですが、「パチパチ」や「どんどん」とは成り立ちが異なるものと考えられます。

たぶん、日本人はオノマトペだけでの会話も成立するのではないでしょうか。


オノマトペを語るときのもう一つ触れておく必要があるものが、日本語の自然描写能力です。

日本語の特徴の一つに、自然界の現象や動物や虫の声を言葉をして聞くことができることがあります。
「りーんりーん」、「ころころ」、「すいーっちょ」や「びゅうびゅう」、「ごうごう」、「そよそよ」などですね。

この言語の仲間は、今のところ見つけられているのはポリネシア語だけだと言われています。
それ以外の言語では、これらの音を機械音と同じように雑音として認識するようにできているのです。

日本語とポリネシア語は完全な母音言語だと言われています。
母音の音が自然界に存在する音であることは分かってきました、子音は人間が人工的に生み出した音であって自然音と相容れない音となっているようです。



ここまで見てくると、オノマトペは日本語の幼児語の一部と自然・感情描写語の一部でできていることがわかると思います。

もともと日本にある概念ではないので、ズバリそのものを表すことはできないと思います。

しかし、この概念を持ってきたことによって、日本語の本来持っている特徴が見えてきたことは大いに評価できることでしょう。

もともと、分析的なことや分類的なことは西洋文化が得意とすることです。
その手法が紹介されて、改めて日本古来のものの素晴らしさに気がつくことはよくあることです。

オノマトペをきっかけにして、日本語にもっと興味の目が向けられることはとてもうれしいことですね。



コメントを投稿