2014年1月18日土曜日

幼児期の専用言語の働き

このブログで意識して扱っているテーマのひとつが「母語」です。
この「母語」の存在に気づかされ、その大切さと共にほとんど目を目けられていないことに驚きました。

「母語」という言葉自体がなじみのない言葉であり、母国語と何が違うのかすら理解されていない状況だと思います。

このことについて知れば知るほど、知らないことの怖さを感じるようになっています。

何とか少しでも多くに人に知ってもらおうと活動をしていますが、伝え方が難しくて日々模索している状況です。


突然、「母語」を大事にしましょう! と言っても何のことだかわかる人はいません。
「母語」という言葉自体の説明に窮してしまい、なかなかその大切さと環境つくりの話までいきません。

結局、分かってきたことは「母語」という言葉をできるだけ使わないで分かってもらう説明をしなければいけないということでした。

そして、結果として「母語」とその大切な環境つくりを理解してもらうためには、日本語そのものについての理解と「幼児期健忘」についての理解が必要なことがわかってきました。

私が伝えたい大切なことは下の図のようになっているのようです。



幼児期の専用言語である「母語」が、人間の形成にとても大きな影響を及ぼしていることは分かってきました。

そして、その「母語」の影響を把握し確認するためには、他の言語と比較した日本語の特徴と幼児期健忘についての理解が必要なことがわかってきました。


5歳くらいまでの幼児期の環境によって、人として生きていく能力に差が出てしまうことがわかってきました。
人として生きていくための基本的なことが、ほとんど幼児期に形成されていることがわかってきました。

しかし、幼児期に身につけたことことのほとんどが、幼児期健忘によって記憶に残らないこともわかってきました。


すべての女性にとって、最初の子どもの子育ては初めての経験になります。
全くやったことのない経験です。

二人目の子供も、普通の場合は上の子が幼児期を脱する前に生まれます。
しっかりと幼児期の子育てを経験してから次の子どもを持てることは、めったにあることではありません。

また、実際の子育ては日々臨機応変な対応の連続です。
じっくり観察したり、経験したりしている暇はありません。


英才教育やお受験対策で幼児期をすごす家族もあります。
おそらくは、子どもの将来のことを思ってやられていることだと思います。

すべてが悪いとは言い切れませんし、それ以外にもっと悪い影響を与えることもあると思います。

幼児期に子どもが何を身につけ、どんな成長過程をしていくかは現象としてかなりのことがわかってきました。

放っておいても、子どもは勝手に必要最低限のことを身につけていくことは分かっています。

周りでできることは二つしかありません。

子どもが自然と身につけていくことに対して妨害をしないことと、より身につけやすい環境を作ってあげることです。

幼児期の英才教育やお受験対策は、本来身につけることの活動を阻害している可能性がとても高いです。
結果として、その目的は達せられても、人として社会で生き抜きていく力に欠落が出てくる可能性が高いのです。




人として生き抜いていくための基礎が形つくられる幼児期の一番の基本活動は、「母語」という幼児期専用の言語による基本脳の形成と言語感覚の習得です。

人としてのすべての活動に対して最も必要とする機能の形成です。

しばらくは、このことをいかにわかりやすく伝えることができるかで悩んでみたいと思います。
時々はアウトプットしてみたいとも思っています。

今の自分の表現力では、及ばないところをもう一度二度三度と試行しながら発していきたいと思います。


今の私がやっていることは、現象としてわかってきたことを共有しようとする活動です。

こういう現象だから、こうしたほうがいいという結論がない内容になっています。
受け取る側にとって、メリットがない内容になっています。

理解できたとして、返ってくる質問もほとんど推測できます。
「じゃ、どうしたらいいの?」です。

幼児期のこのような機能・現象を理解したいという顕在的なニーズもほとんどありません。
幼児期のお子さんがいない人には、全く興味のない内容かもしれません。

だから、尚更より伝わりやすい表現方法を使わなければいけないと思っています。

「母語」という言葉を「幼児期の専用言語」と置き換えていくのはその第一歩です。
先の長い話になりそうですが、少しずつでも進んでいきたいと思います。



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