2013年12月20日金曜日

教養と教育

つい最近、教養と教育という2つの言葉を並べてみる機会がありました。
どちらもよく使う言葉ですね。

英語で言うとどちらもeducationとなります。

訓読みにしてみても、比較はしにくいですね。
教育=教え育てること、教養=教え養うこと、となるのでしょうか。

辞書的に見てみても、

教育=ある人を望ましい状態にさせるために、心と体の両面に意図的に働きかけること。
教育を受ける人の知識を増やしたり、技能を身につけさせたり、人間性を養ったりしつつ、その人が持つ能力を引き出そうとすること。

教養=個人の人格に結びついた知識や行いのこと。
これに関連した学問や芸術、および精神修養などの教育、文化的諸活動を含める場合もある。
(ともにwikipedia)

こまで見てきてもよくわかりません。



大学においても一般教養と専門課程(専門教育)という区分もあります。

感覚的には教養の方が広義の概念であって、知識や人格・品格までを含むようなイメージがあります。
教育というと教え込むという強制力を伴った行為そのものやその環境を示すようなイメージがあります。

教養については英語においても場合によってはcultureという言葉を充てることもあるようです。



どちらの言葉ももともと漢語にはなかった言葉だと思われます。
明治期の大量の新漢字の創出期に出来上がった言葉ではないでしょうか。

私の感覚の中では、教育は何らかの役に立つ知識の伝搬という行為や環境を意味し、教養は知識のあり方を示しているものではないかと思います。

教育とはその知識の内容や方向に関係なく、その知識をどう使うのかどう伝えるのかに主眼があることだと思います。

教養は、その知識が他の知識とどのように違うのかが主眼であり、どの様にしてその知識を得たのかは問題ではないと思われます。


日々通勤する会社を引退し、個人としての社会との接触が中心になった人から教わったことがあります。

「会社を辞めたら、何よりも教養と教育だ大切になる。」ということです。

私も、どちらかと言えばクソが着くくらいまじめな方ですが、(笑い声が聞こえましたが無視します。)この話を聞いたときに「人間生涯勉強だな。」などと思ったものです。

とんでもないことでした。
もっともっと奥深い意味があったのです。

説明を聞いて思わず納得してしまいました。

毎日会社に行くことがなくなって、自ら動かなければどこかへ行くこともやることもなく生活できる人たちです。

まったく新しい教養と教育の解釈を教わりました。

会社を辞めた後に気をつけるべき教育と教養とは・・・


「今日、行く」ところがあること!
「今日、用」があること!

何よりもこれが大切になるのだそうです。
日々、自分から積極的に社会とかかわることが一番大切なことだということです。

思わず、ウマイ!と言ってしまいました。

さあ、日々の「今日、行く」と「今日、用」を目指して今日も頑張りましょう。




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