2013年12月19日木曜日

空書という行動

空書という行動をご存じだろうか?
文字を思い出す時に空間に字を書いてみたりする、あの行動のことです。

この空書という行動が、文字記憶と密接に結びついているようなのです。



私が、漢字や英単語を覚えたときは、ひたすら書いて覚えました。
学校の宿題も書き取りノートや単語ノートがあって、新出語については30回くらいずつ書いていたことを覚えています。

単純繰り返しで書くことによって覚えるという行動は、何かを覚えるためのきわめてスタンダードな行動だったと思います。

算数の計算ドリルも、加減乗除の新しい項目や桁数が増えたときなどは、何十問をひたすら解いたた記憶があります。

これらのことが原体験として、覚えたことを思い出そうとしたときのきっかっけとして、書くという動作が有効に働いているのではないでしょうか。

実際に紙の上に書くことではなくとも、書くことと同じ動作によって思い出したり思考したりするきっかけしているのが空書という行動だと思われます。



他の国の人たちはどうなんでしょうか?

たとえば問題として、”「口」と「十」と「共」を使って一つの漢字を作ってください”というものを出します。

日本人はかなりの率で空中で文字を書くような動作をします。
中国人、台湾人も空書をする人がいます。
欧米人はほとんど空書をしないようです。


空書に近い行動として、算盤の暗算をするときに指を算盤をはじくように動かすことがあります。
また、
英単語の綴りをアルファベットで回答を求めたときにも空書行動があるようです。

様々な実験をしてみたところ、空書行動を禁じた場合には、正答率が大きく下がったという結果があるそうです。

積極的に空書行動をするように仕向けたグループと、空書行動を禁止したグループでは、日本人の場合は正答率が半分以上も違ったという結果もあります。

欧米人は反対に、空書行動をとらせた方が正答率が低かったようです。



ひたすら書くことによって記憶していった文化と、しゃべることによって記憶していった文化の違いと言えるかもしれません。

何かを記憶したり、忘れては困ることがある時は、何らかの行動をしながら記憶するといいと言われていますね。


記憶力のいい人には、覚えるパターンが出来上がっているそうです。
日常の行動に関連させて覚えることだそうです。

毎日見たりやったりしてして、意識しなくとも自然と覚えていることと関連させることだそうです。


たとえば、毎日家から駅まで同じ道で通勤しているとしたら、その道順と途中の目印を記憶したいものに置き換えていくことをするそうです。

家から駅までということであれば、順番までもが正確に記憶されるそうです。

そして思い出す時は、家から駅までの道を思い出すだけです。

順番に置き換えたものが思い出されるそうです。



空書の効果は記憶を呼び出すだけのことではなさそうです。

古文において、読めない崩し文字に出会った時に、その文字を空書でなぞっていると元の文字が浮かんでくるときがあります。

崩し文字を習った記憶がなくともできる事ですので、記憶を呼び起こしていることとは異なる機能です。

単に頭の中で考えても出てこないことが、空書を伴うことによって出てくることがあります。

手を動かして覚えたことを、手を動かすことによって呼び起せることは容易に想像できますが、そもそも記憶にないことの思考の助けになることがわかりにくいところです。

欧米人には、空書は思考や記憶を呼び起こすための妨げになるようです。

紙に書いて覚えるという行動は、記憶すること以外にも考えることそのもにも何らかの影響があるようですね。

まだまだ、分からないことはたくさんあるようですが、空書という行動については何かの効果があるようです。

時々やっていませんか?





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