2013年9月12日木曜日

「ひらがな」の位置づけ(1.ひらがなの誕生)

ひらがなには2000年を越えた言葉の歴史が溜め込まれています。

書き言葉としての漢語が導入される前の話し言葉しかなかった古代語に、表記としての仮名を与

えるきっかけとな ったのが万葉集だと思います。

以降、ひらがなの変遷には古代の言葉が凝縮されて現代に継承されてきています。

日本語のタイムカプセルと言っても過言ではないと思います。



ところが、日本人というのはどこまでも遠慮深くできているのでしょう。

せっかくの一番歴史のある「ひらがな」が、日本の表記言語の中では一番格の低い扱いを受けて

います。

誰にでもわかる言葉というのはこういう扱いを受けるものですね。


今の日本語の表記言語の位置づけは次のようになっているのではないでしょうか。

  アルファベット>カタカナ>漢字>ひらがな

新しく入ってきたものほど上位に来る感じになりますね。

日本人は新し物好きですかね。

新しく取り込んだ文化ほど大きくて便利なものだという感覚があり、無条件により尊敬をもってく迎

えられたことが 考えられます。


たとえば「idea」というと何かグローバル的なすごい発想のような印象があります。

「アイデア」というとひとひねりあるなという印象でしょうか。

「発想」というとそのためのテクニック(発想法)に基づいて導き出されたもののような特別な印象が

あります。

「おもいつき」になると、いかにも軽い考えていないような印象になります。


後世においても軽薄短小には「ひらがな」のイメージが付けられるようになったと思われます。

もともと話し言葉としてあったものを音として漢語から見つけ出して記したものが「かな」の始まりで

した。

したがって、初期の仮名は漢字で書かれており、その音でそれまでの話し言葉を表したものです。

始めのころは同じ音に対しても使う漢字が模索されており、一対一になっていないものもあります。


漢語が導入されたころであっても、実際に漢語に触れることができたのはほんの一握りのエリート

と権力者だけだ ったと言えるでしょう。

情報伝達の手段は口伝えしかない状況ですから、中央の言葉を伝えることはほとんど不可能と言

ってよいでしょ う。


中央はより権力を集中させるために様々な対策を講じます。

全国で基準が違っては独立国を作ることを助長しますので、まず貨幣の統一を図ります。

そして、税を確実に徴収するための法律「令」を作ります。

また、「令」に背いた場合の罰則を定めて「律」をつくります。

これらのほとんどを先進文明の中国から漢語で持ってきたわけですね。

 
さらに中央(国家)の存在意義としてのイデオロギーとして仏教を持ってきます。

これらがすべて漢語で書き物で入ってきました。

漢語(漢字)は一文字ずつに意味がありますから、音として発音ができなくても文字だけで内容を

理解することがで きます。

その漢語の意味を古代やまとことばで置き換えながら読んで理解したのではないかと思われま

す。

そのために漢語の音読みだけでは動詞の語尾変化や形容詞のかかり方、助詞の補助などが理解

できないので、 そのための補助言語が必要になります。

漢語をやまとことばに読み替えるための補助言語として、やまとことばに相当する音だけを使う将

来の片仮名にな る漢字を使い始めます。

ひらがなになった漢字とカタカナになった漢字は違ったものです。


このようにして漢語は中央のエリートたちによる支配層の言語としての立場を獲得していきます。

微妙な階層にいる者たちは少しでも漢語を学んで、中央の立場を得ようとします。

中央の生活と縁のないものにとっては全く漢語に触れる必要はなかったことでしょう。


そんな中で編纂されたのが万葉集だと思われます。

歌を集めたものですから、すべて話し言葉です。

古代やまとを言葉を漢字の音を利用して表記するというとんでもない文化事業です。

これをして万葉仮名と言われていますが、ご存じのように「かな」といわれても表示はすべて漢字で

す。

後世の人間が仮名と呼んでいるだけであって、見た目には漢語そのものです。

万葉仮名が基本となって、文字が簡略化され崩されて「ひらがな」が作られていきます。


現代の私たちに一番参考になる資料は「古今和歌集」ですね、紀貫之らが中心となって編纂した

勅撰の和歌集で す。

一番の参考は編集された歌ではなく、その序にあります。

勅撰の和歌集ですから、その言語は当時の最高レベルのものと言っていいと思います。

その序には「真名序」と言われる漢文のものと、「仮名序」と言われる仮名で書かれたものが残って

います。

この「仮名序」を「真名序」と比較することによって、「かな」になる段階が想像できることになりま

す。

この段階で初めて「仮名」というものが公に認められたのではないかと思います。

 
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