2013年8月19日月曜日

国語教育の問題について(2)

OECD(経済協力開発機構)が2000 年度から始めた3年に一度の15歳(正確には15歳3か月から16歳2か月まで)を対象としたの国際学力調査があります。
PISA(Programme for International Student Assessment:生徒の学習到達度調査)とよばれている調査です。

数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーの3項目を中心に、実施年度においてその年の重点テーマを決めて行っています。

ここで注目したいのは、「読解力」が単なる読み取りにとどまらないで、自分の考えをまとめることや解釈まで求め、表現させていることです。

これは、今日の国際社会が様々な新たな問題を抱え、解決する力を求めているからであると考えられます。



ゆとり教育の導入後はすべての項目で、調査のたびに順位を下げていた日本ですが、2003年の調査結果以降では「読解力」に注目が集まりました。

他国に比べて書かれた情報を解釈し、また考えたり評価する能力の低さが問題となりました。

その後の学習指導要領の改訂では、各教科等の学習の基本となる国語の能力を育成することが、一層重視されたのです。


この調査の対象でもある15歳という対象年齢がとても象徴的な区切りとなっています。

義務教育の完了期間であるわけですが、言語教育にとっても意味のある年齢だからです。


言語を身に付ける基本的なステップは5年毎で区切られます。

0~5歳は母語を身につける期間です。

5~10歳は母語をベースにして、学習言語(第一言語)を身につける期間です。

10~15歳は母語をベースにした第一言語を磨きながら、様々な状況に応じた表現力や思考力を身につける期間です。

したがって、15歳という年齢はすべてのことに対応できる基礎言語力を備えていなければならない時期ということができます。


別の研究では、生まれてから一度も言語に触れたことがない人間は15歳を過ぎたら一切の言語を身につけることが不可能になるとも言われている時期です。

母語からばじまって言語を身につけるのは、思考するために、読解をするために、表現をするために必要だからです。

言語を学んで身につけても、思考力や読解力・表現力に結びつかなければ意味がないのです。


10歳以降の5年間が思考力や表現力を養うことにおいて最も大切な期間になりますが、ほとんどの児童生徒はこの時期は義務教育以降を見据えた受験テクニックの習得に集中します。

受験科目の中には国語もあるわけですが、受験国語で必要なものは漢字書き取り、文章の読み取りが中心であり、思考力・表現力が試されることはほとんどありません。



先回も触れた坂本先生の意見によれば、大学生のほとんどは基本的な言語力については10歳時点と変わらないと言えるのだそうです。

語彙や外来語に対しての知識としてのインプットは10歳以降も増え続けているのですが、肝心なアウトプットに対しての言語力はほとんど進歩していないと思われます。

使える道具としての言語力は十分に備わっているはずなのですが、思考したり表現したりすることの経験が決定的に足りないのです。

単なるコミュニケーションの道具としての言語力は備わっているのですが、最終目標の思考力・表現力で持っている言語力を使う方法を知らないという結果がPISAによって浮き彫りにされたのです。


10歳から15歳の間で経験しなければならないことはすでに明確になっています。
自分の意見や考えを数多くの人に精確に伝えることを身につけるための経験を積むことです。

人の意見や考えを引き出して、それをきっかけにして自分の思考をより深めていく、高めていくことをたくさん経験しなければならないのです。

この種の経験は、実際には大学生の一部か社会人になってからしかできない人がほとんどです。
遅すぎるのです。

一番必要な身につけるべきタイミングはすでに分かっているのに、そのタイミングを失うと、頭は不要なものとしての判断をするようにできているようです。

このタイミングで、子供たちの思考力や表現力を伸ばすことに注目した教育プログラムは、公的にはありません。

通常の義務教育では身につかないようにできているのです。
一部の私立で、実験的に取り組まれているにすぎません。

世界では一般常識化しているにもかかわらず、日本で決定的に遅れているのがこの分野なのです。

しかも、幾多の識者が声を上げていますが、ほとんど気づきもしていない状況だと言えるでしょう。


日本語自体が表現が曖昧だからと言語に原因を押し付けるのは簡単です。

しかし、きちんと日本語という言語を見てみれば、曖昧さをカバーしながらさらにすぐれた表現ができる言語であることがよくわかります。


日本の国語教育は10歳まではほぼ完璧と言ってよいでしょう。
遅れずについてこれることだけを考えて指導していけば十分と言えるでしょう。

ところがその後に、決定的な欠落・欠陥があるのです。

PISAが目的としていることは世界が求めている能力です。
人の考えを引き出しながら自分の考えをまとめ、それを精確に表現する力です。

現代日本人に平均的に一番欠けている能力と言えるのではないでしょうか。
現在の教育制度の中では、受け身ではこの能力は身につきません。


先般のニュースでこんなことが出ていました。

毎年東大に最大の人数を送り込んでいる開成高校の生徒が、大学受験に際して東大ではなく海外の大学を正規受験し始めた。

今、日本の大学教育で決定的に欠けている点は、ビジネス(起業)に対しての積極的な取り組みとそれに伴うビジネス人脈構築です。

その次が、人の考えを引き出しながらの思考力とそれを精確に伝える表現力の育成です。

開成高校のニュースが何かを象徴しているような気がしてなりません。