2013年5月28日火曜日

語感で感じる漢語とやまとことば

先回は漢語の強い響きとニュアンスについてみてみました。

漢語と漢字の違いはこのようなことです。

漢語は漢字の音読みのことで基本的には中国から持ってきた音を中心にしたその文字を表す表音文字のことです。

漢字は漢語と日本で発達した訓読みを合わせたすべてのことを含めたもののことです。

どうしても私たちの感覚の中に、漢語(音読み)と和語(やまとことば、訓読み)の間での差別が存在しているようです。

漢語がやまとことばに対して上位に位置している感覚です。

その昔の公式文書や高官、インテリは漢語を使い、普通の暮らしにおいてはやまとことばとしてのひらがなが使われていたことに由来するかもしれません。


私の父は役所に勤めていました。

時々、演説めいた原稿を書き実際に喋る練習をしていたことがあります。

やたら漢字ばかり使っていたことが思い出されます。

同じことを言うのになんて難しく言うんだろう、これが大人の言葉なのかと思っていました。

「簡潔に」「抜本的な」「総合的に」「綱領を」「起草し」・・・

役所には役所言葉があり、役所文書の書き方があるということをあとで知りました。

普通にやまとことばで表現すれば誰でも分かることを、わざわざ難しく漢語で置き換えるのです。

どこまで漢語で置き換えられるかがその人の評価につながっているのです。


父はガチガチの役人で大衆演芸や芝居を見下していました。

結婚式の挨拶を家で練習していた時には、口調も演説調で音読み漢字の熟語ばかりで何を言っているのかわかりませんでした。

頼んだほうも困っているだろうなと思ったのですが、そこは田舎の結婚式です。

内容なんかどうでもよく、お役人が難しいことをしゃべってくれたと言うのが大事なことだったようです。

それがありがたがられたことでした。


ここまでは主に音についてかんがえてきましたが、少しだけ書かれた文字についてみてみたいと思います。

やまとことばでも漢字を用いて表現する方法とひらがなで表現する方法があります。

たとえば、「優しい」「厳しい」と言う言葉があります。

ともにやまとことばです。

ともに漢字を用いた表し方と全部ひらがなを用いた表し方を持っています。

「優しい」と「やさしい」はどちらがより柔軟さを感じられるますか?

「厳しい」と「きびしい」はどちらがより厳格さを感じられますか?

どちらも音は全く同じですよね。



文字で表すことを考えると漢語はものすごい造語力があります。

漢語は音としても書かれた文字としてもキチッとして格調高く感じます。

やまとことばは音としては穏やかに聞こえます。

先にあったやまとことばに漢語が融合して、訓読みを用いたやまとことばの漢字を使った書き方が定着してきたと考えられます。

同じやまとことばをひらがなで表記することと漢字を用いて表記することの感じ方の違いに、現代日本語の中に微妙な感覚が潜んでいるのではないでしょうか。

漢語、カタカナ、ひらがな、アルファベットを自然に使い分けできる感覚はすごいことだと思います。


カタカナもふくめて漢字やひらがなの使い分けや読み易さ読みにくさのことを語感と呼んでいます。

語感のよい文章は思わず声に出して読みたくなります。

語感の悪い文章は目で追うことすら嫌になります。

一人ひとりの母語が同じ日本語でありながら微妙に異なるように、語感も一人ひとり感じ方が異なります。

自分の語感でもって近くにある文字や文章をもう一度見てみませんか。

「ん?」と思うような、何となく違和感があるようなところが見つかりませんか?

そんな機会があったら、そのままにしないで誰かに話してみませんか。

きっと話が広がると思いますよ。