2013年5月25日土曜日

今、三度目の日本語の危機

文化は言葉が基盤であり、便利で大きな文化に身をゆだねたときに言葉もまた置き換えられていくことは先回も述べました。

地理的条件にも恵まれ奇跡的に侵略・征服の経験のない日本は、世界でも珍しく母語と文化を自らの手で発展させてくることができました。

大きな危機が過去に2度あったことは、歴史から読み取ることができます。

それぞれの危機においても相手の巨大な文化に飲み込まれることなく、自らの文化との融合を成し遂げ独自の日本文化を発展させる形となっています。


第一の危機は大和朝廷の設立から大化の改新をへて仏教文化が花咲いた時代です。

当時の世界NO.1の文化圏は中国です。

その中国から統治のための一番基本的な法律を持ってきました。

税金を納めることを基本とした今の憲法に当たるもの「律」を持ってきました。

そして、「律」に背いた場合の今の刑法にあたるものとして「令」を持ってきました。

さらに人心を統率するための人間観としての仏教を持ってきたのです。

これらはすべて漢語で入ってきました。


それまでの言葉は縄文語や弥生語などと言われることがありますが、よくわかっていないのが実態です。

各地域で方言的なものはもちろんありましたでしょうし、地域によっては表記文字もあったともいわれています。

遣唐使、遣隋使を中心とした高官やエリートたちは漢語を輸入し、それが公式語として使用されていきます。

これらの言葉はほとんどが書き物として入ってきました。


もともと少ない母音とアクセントのない言葉でしかコミュニケーションができていなかった原日本語とは話し言葉としてのギャップが大きかったと思われます。

これらのものを中央集権的に発展させていくためには、幾多のいくさを経験していきます。

本来ならば当時の最文明国である中国文化に言語ごと征服されてもおかしくない状況です。

日本海という地理的な条件と同時に、もともと持っていたものを優先しようとしたのかできなかったのかは別として融合が行われました。

ここから、カタカナそしてひらがなが日本独自の言語として発展していきます。


第二の危機は明治維新です。

長い鎖国の状況化において独自の文化を築きあげててはいたものの、産業革命を経験した欧米の文化ははるかに先を行っていました。

このころの最文化圏はヨーロッパです。

政府の高官とインテリはヨーロッパ文明を必死で導入しました。

憲法はプロシアのものを持ってきました。

開国後の欧米列強の貿易力と文化の前に圧倒されながらも、漢語の造語力を生かして独自の日本文化を発展させる形で欧米文化を取り込んできました。

この時の漢語の置き換えに苦心した姿は今の言葉の中に残っており、100年を経過してその微妙なズレが表面化してきています。(参照:100年たって微妙なずれが現実に

文化的に明らかに劣っていることがわかっている側が、征服されることなく巨大な文化を取り込んでいった奇跡がここにもあります。

四方を海に囲まれて交易手段が限られていた地理的な条件は大きな要素だったと思われます。


その後の日本語・文化の発展は第2次大戦後の占領の危機を救われ、独自言語・文化で最高学府を築き上げ文化の輸出までができるようになりました。

最高学府の最先端の学問が母語で行われることがその国の文化のレベルを表す指標の一つとなります。


そして今、第3の危機が迫ってきています。

今度は自らがその言語を放棄しようとしています。

第2次大戦後の最文化圏はアメリカです。

アメリカは戦後、各国の最先端頭脳を集めてきました。


ノーベル賞の国別受賞者数はアメリカがぶっちぎりの1位です。2位のイギリスの3倍以上です。

しかし、その中でアメリカ国籍の人はいったいどれだけいるでしょうか?

アメリカの言うグローバル化はアメリカ化のことです。

英語の globalism にはこのニュアンスが含まれているのです。

今の日本語はすでに言葉の分野においてはかなり英語に侵略されています。

いまは英語なしの純粋日本語だけでは日本人同士のコミュニケーションンも難しいでしょう。


世界で日本語を勉強する人は増えています。

ビジネス上のことだけでなく、文化としての日本語を学ぶ人が増えています。

いろいろな面で他の言語と比べて際立った特徴を持つ日本語は、際立った感性を持つ日本文化と一緒に注目されています。

もちろん言語や文化を具現化しているのは人間そのものです。

日本人の感性・思考に関する興味は今に始まったことではあません。

日本人でも日本語の危機に気づき始めました。

遅くはありません。

もう一度、きちんと日本語と向き合ってみませんか?





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