2013年5月24日金曜日

失われていく言葉

日本語の成立過程について定説はありません。

いろいろな方がいろいろな方面からの研究成果を発表されていますが、これが定説というものがありません。

だから私のようなものが好き放題言っていられるのですが・・・。


言語については言葉(語彙)と文法に分けられます。

言葉(語彙)はオープン系と言われ、どんどん新しい言葉が入ってきます。

常に変化していきます。

一方、文法についてはクローズド系と言われその言語独特の文法はよほどのことがない基本的な変化はありません。

言語を学ぶときは、もともと持っている母語の言語よりも大きいものは学べない・身に着けることができないといわれています。

「大変便利で大きな文明が入ってくると、そこに元からあったものはなくなっていって、大きな文明に吸収されていく。言葉も然り。」と言われています。


ピジン語と言われるものがあります。

一つの言語ではありません。

言語が根こそぎ変わるときに現れる過渡的な状況にあるときの言語をピジン語と読んでいます。


たとえば、アメリカが大発展を遂げているときにはアフリカから奴隷として黒人がたくさん連れてこられました。

彼らはもともとの言語持っていましたが、当然英語を理解しなければ働くことができません。

一世代目は主人がなにを言っているのかを何とかわかるように努力して、英語にはなっていないけれど主人の言うこと応える程度のことはできるようになります。

文化が全く違う世界での生活になりますので、言葉を含めて今までの習慣はほとんど役に立ちません。

言葉も文化も全く違った世界から放り込まれた者が、生きていくために何とか英語を理解するようになります。


そこのベースにはもともとの彼らの言葉と文化があります。

そこで出来上がってきた言葉がピジン語と言われるものであり、この場合はピジン・イングリッシュと呼ばれるものになります。


やがては奴隷の間でも子供ができてきます。

子供たちは生まれてすぐから英語の中で生活していますから、親の世代とは英語との触れ方が違います。

逆に親の世代が子供たちから英語を教わるようになります。

世代を重ねるうちに、英語とは同化しないけれども共通性の多い安定した言葉が出来上がります。

この安定した状態のことをピジン語にたいしてクレオールと呼びます。

いわゆる黒人英語と言われるものがこれに当たります。

英語文化の中で彼らが独特の社会を形成しているうちは、クレオールが保たれます。

中には英語の文化に同化して、英語を母語とする者も出てきます。

文化・社会が完全に同化した時には、言葉は一気に同化に向かいます。


今、世界中には1万以上の言語かあるのではないかと言われています。

学者によってはずいぶん数が違うようですが、まあ1万程度と考えてよさそうです。

これは減少の一途をたどっています。

オーストラリアのアボリジの言葉はもう20は残っていません。

100年前は250はあったのです。

アボリジノ人たちのほとんどは自分たちの言葉を失って、自分たちの子供たちに英語を教わっています。

言葉を失うことは主体性を失うことになります。

何もできなくなります。


北米でもカリフォルニア州だけで350くらいネイティブアメリカン(インデアン)の言葉がありました。

1万人以上の人たちがしゃべっていた言葉が、4つくらいしか残っていません。


そして、エルサルバドルがあります。

16世紀にスペインに征服されたので、スペイン語を使う混血の上流階級とインディオの人たちがいました。

1932年に農民暴動が起きました。

インディオの人たちは自分たちの言葉を使用するを禁止されていました。

そこで反乱がおきたのです。

支配層から見れば暴動ですね。

25,000人くらいの人が死んだといわれています。

その後、インディオの人たちは自分たちの言葉を抑えて生きていきます。

見つかれば殺されてしまいますから・・・。

そして、その言葉はなくなっていきます。


言葉が自然になくなっていくことはありません。

必ず何らかの、社会的、経済的、政治的圧力で消えていくのです。


言葉には実態がありません。

人間がそれを話すまでは、ないのと同じことです。

人間がそれぞれに持っている精神を言葉というものに託した時に、つまりは人間がいてこそ言葉は生きていくわけです。

人間がいなくなったら言葉は消えます。


日本の言葉も、小学校で英語を教えようということになった時に、私は危ないと感じました。

もちろんこなせる子もいるでしょうが、母語の育成にとって大切な時に戸惑った子の日本語はどこへ行ってしまうのか本当に心配です。
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