2014年11月10日月曜日

理解してもらおうとする言語と理解しようとする言語

英語と日本語の比較において言語を見ていくことが、感覚として一番わかり易いと思います。

忘れていることがあったとしても、義務教育で身につけてきた英語はそれなりのレベルであり、他の言語に比べるとその感覚については多少なりとも理解できるところがあるからです。

その後の高等教育や社会に出てからも英語と触れ合っている人にとっては、もっと理解しやすいことだとは思うのですが、偏った英語感覚に触れてきていると「?」と思うところもあるかもしれません。


先回の”「対立」を扱うことが下手な言語”においては英語と日本語の比較において以下のような言葉を使いました。

英語 ・・・異質・対立・個

日本語・・・同質・同調・集団

更には、文中においては行動の動機において、英語の論理に対して日本語の感情という対比も示してきました。
(参照:「対立」を扱うことが下手な言語


言語そのものを学ぶことよりも、その言語が使われている文化伝統を含めた環境を知る方が、言語を理解するうえで効果的なことがわかります。

それぞれの言語には、その言語での表現が最適であるための言語環境があり、その言語が効率よく使われている環境が存在します。

単なる直訳的な言い換えとしての言語を学んだとしても、その使い方や使うべきタイミングがわからなければ実際には役に立たないのです。


今回は、また違う切り口で英語と日本語を見てみたいと思います。

結論から先に言ってしまうと、英語は相手に理解をしてもらおうとする発信する側に立った言語であり、日本語は相手を理解しようとする受信する側に立った言語であるということです。

英語では、まず話すことが最初にきます。

その次に聞くことがきます。

最終目的は、しっかりとした表現で相手に伝える言語技術になります。


日本語では、聞くことが最初にきます。

そして、話すことはそのあとに来るのです。

最終目的は、人の話や書かれたものを理解する読解技術になります。


日本語においては「きく」という漢字を考えてみるとよくわかるのではないでしょうか。

動詞としての「きく」という感じは、「聞く」「聴く」「効く」「利く」「訊く」の五つになります。

最後の「訊く」を見てください。

相手にたずねることです、つまりは話すことなのです。

多少こじつけ気味ではありますが、日本語では、「はなす」ことは「きく」ことに包含されている行為ということができるでしょう。


対して英語の聞くことは、クリティカルシンキングが基本になっていますので、相手の論理の弱点を探しながら聞くことになります。

話す側がある論理を持って伝えることが前提となっているのです。

人と違うことに価値があり、その違いを知ってもらうためには、自分から発信していかなければ埋もれてしまうのです。


言語としての英語も、発信するために都合の良い言語となっています。

また、言語として表現されたもののみを対象とすることが染みついていますので、必要なことを簡潔に間違いなく表現するために適した言語となっています。

受け手側が、間違えやすい表現や、回りくどい表現がほとんどなく、文語体においても口語体とそれほど極端に変わっている言葉はありません。

聞き直したり再確認をする必要が、少なくなっている言語であると言えます。

そして、持っている文字自体が意味を持たない音を表す文字である表音文字ですので、口頭表現に依るものが中心となっています。


日本語は、もともとが漢語として入ってきた文書を理解しようと読み込んだことから始まっている通り、口頭言語としてよりは読んで理解することが中心となってきました。

昔から言われるように、読み書きが日本語の基本でした。

「行間を知る」「一を聞いて十を知る」「以心伝心」などの言語で表現されていること以外に対しての理解までが求められる言語となっています。


先回と同様に、どちらが優れているとかという問題ではないのです。

それぞれの言語環境において、適した言語として継承され変化発展してきたものです。

そもそも言語の間で優劣つけたところで何の役にも立たないところか、言語に対しての偏見を植え付けてしまうことになります。


ネット上の情報を中心として、本人が意識しなくとも国際化の環境になってきています。

世界と触れる機会は個人であってもいたるところにあります。

その時のコミュニケーションは言語によってしかなされません。

直訳的に発した言語は、発信者の意志に反してとんでもない大きな問題となることもあります。

それも、発信者の気がつかないところで起こる可能性も大いにあるのです。

同じ漢字を使っている、日本と中国の間ですら頻繁に起きていることなのです。


日本人は言語からもわかるように、発信することが苦手です。

嫌でも世界と触れることになるときに、日本語だけの言語環境では間違った理解を産む可能性が高くなります。

ましてや、日本語は世界の言語のなかで、際立って多くの特殊性を持った孤児的な存在となっているものです。

世界の共通語・公用語ともいえる英語との違いは、言語環境や精神文化までを含めて理解している方が誤解が少なくなることは間違いないでしょう。


自らの意志で飛び込んで世界とのコミュニケーションを求めるのであれば、それなりの準備をすることも可能ですが、今の環境においては個人と言えどもいつどこで世界と触れることになるかわかりません。

ましてやSNSやネットの世界においては、知らないうちに自分の発信が世界を走るのです。

直訳的な言語変換は、システムやアプリケーションが勝手にやってくれる時代です。

理解して欲しい相手に合った言語変換としてもらうためにも、世界共通語としての英語の言語環境については知っておく必要がるのではないでしょうか。

ニュースを見ているだけではわからないものだけに、機会があるときにしっかりと理解しておきたいですね。





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