2014年9月13日土曜日

自分で自分を評価できないわけ

日本人の特徴のひとつに、自分で自分を評価することができないことが挙げられます。

なぜできないのかを探っていくと、面白いことに行きつきました。

言語としての日本語の特徴が影響していることがわかってきたのです。


そもそもが人が人を評価することができない以上、自分で自分を評価することは出来なくて当たり前なのです。

欧米人の自己表現や自己PRを聞いたりしていると、自分を客観的に見ていて評価しているように思えます。

それと比べると自分はなんと自分がよくわかっていないのかと思わされることがあります。


日本には精神文化的に、自分のことを主張したり表現したりすることを善しとしない環境があります。

一を聞いて十を知る、以心伝心、など、できるだけ少ない言葉で、理解することを尊ぶ文化があります。

これは言語の感覚としても伝承されてきているものです。


また、学校教育では言語としての日本語を身につけることが精一杯で、言語を使った表現をする技術にはほとんど触れる機会がありません。

文字や言葉の意味を覚えることに多くの時間を使い、様々な文章を読解でるきようになることをひたすら習得していきます。

教科書も、国語の教科書には様々な作品や書物の一部が抜き取られたものが掲載され、それを題材に文字や言葉の習得と読解の能力を磨いていくことになります。


結果として、多くの作品に少しずつ触れることによる知識は身についても、その作品が全体として伝えたいことや論理はわからないままになってしまいます。

アメリカの義務教育では、生徒の進捗状況に合わせて、先生が読むべき本を個人に指定します。

その本によって得た知識や論理を、本人にアウトプットさせることによって、理解の確認とともに表現技術を磨いていきます。

生徒の志向や理解度によって、指定する本が個人ごとに変わってきますので、先生はかなりの本を読みこんでいないと対応できないことになります。


日本の義務教育における本の読み方は、読書感想文の対象以外は、読むだけでありその理解についてアウトプットする機会はありません。

読書だけでなく、日本の教育自体がインプット重視のものとなっているために、個人の知識や経験という潜在能力の方がアウトプットよりも評価されるということが起こっているのです。


評価の対象はアウトプットであり、個人ではありません。

欧米人はこのことを明確に区別しています。

個人は侵さざるものであり、評価する対象ではありません。

評価できるものはアウトプットされたものです。


日本人はこの区別がとても苦手です。

できないと言った方がいいのではないでしょうか。


アウトプットすることが苦手な日本人は、アウトプットを評価することが苦手です。

欧米人はアウトプットに対して批判したり褒めたりします。

それは個人に対してではなく、アウトプットに対してなされていることです。

決して個人を評価しているわけではないので、客観的に厳しいことも遠慮なしに批判できます。


彼らが自己主張や自己PRで取り上げることは、アウトプットしてきたことを言っているのです。

だから客観的なのです。

人としての自分を評価しているわけではないのです。

彼らがアウトプットを評価の対象としてることは、無意識の感覚となっているようです。

文化を伝承して持っている言語感覚と国語教育の結果ではないでしょうか。


日本人はその評価を個人に対してなされていることと勘違いするのです。

アウトプットに対してなされている評価を、個人の能力に対してなされていることと思ってしまうのです。

そもそも人間としての自分を、自分で評価できるわけがないのです。


アウトプットの苦手な日本人は、アウトプットを扱うことも大変へたくそです。

アウトプットを評価することも大変へたくそです。

個人としての能力やポテンシャルと言うとても抽象的なものを評価しようとします。

これも、無意識の感覚として行なわれていることとなっています。


そして、アウトプットに対してなされた評価を個人に対してなされた評価と感じて、一喜一憂するのです。

彼らは、アウトプットは評価の対象となるものとして、その目的とのマッチングを突き詰めます。

人の能力や人格は評価の対象としてはいけない大切なものとして尊重します。


彼らは自分で自分を評価しているわけではないのです。

自分のアウトプットとそれに対しての評価を述べているだけなのです。

だから客観的であり、恥かしさが伴うこともないのです。


アウトプットを扱い慣れていない私たちは、どうしても個人に対する評価を重視してしまいます。

個人に対する評価は、あらゆる観点からどんな評価でもできることになります。

そこにおいての自己主張や自己評価は、日本だけではなく彼らも嫌いなことです。


個人のプロフィールを表す時に、資格や能力を中心に表すのが日本であり、アウトプットの実績と評価を中心に表すのが欧米流となります。

言い換えれば、ポテンシャルを評価するのが日本であり、アウトプットを評価するのが世界のスタンダードだと言うことになります。


日本人はやれることよりも知っていること重視します。

表現することよりも、知識や経験を蓄えることを大事にします。

実績よりも潜在能力をより高く評価します。

アウトプットは評価することができますが、人は評価することはできないのです。

自分で自分を評価できるわけがないのですね。



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