2014年5月9日金曜日

語順による「あいまいさ」

和歌を代表とする、短い表現の中に込められた複数の意味を持つ言葉による「あいまいさ」を見てきました。
(参照:「あいまいさ」に込められたもの)

今回は、これも日本語の大きな特徴のひとつである、文法の規制の緩やかさによる「あいまいさ」を見てみたいと思います。


文法の規制は主に、主語、述語、修飾語、目的語などの語順による構文に大きく現れます。

この規制が厳格であるほど、言語としては規則正しいわかりやすいものとなります。


日本語は他の言語の文法に比べると、語順においては極めて緩やかな規制しか持っていません。

言い方を変えてしまえば、かなりいい加減な規制しかないと言うことになります。

ほとんどの他の言語が、主語+述語+目的語という基本的な構文を持っているのに対して、日本語は主語+・・・・+述語という並びになります。

さらには、肝心な主語や述語までもが頻繁に省略されということが起きますので、会話をしている当事者間でも「?」や勘違いが発生することがあります。


もともと精神文化的に、相手のことを根掘り葉掘り聞くと言うスタンスがありませんので、「一を聞いて十を知る」「以心伝心」「暗黙の了解」などが尊ばれます。

不明瞭なことを確認することよりも、推測しながらもそれ以外の可能性のあることに対して手を打っておくことが最高の対応として評価されることになります。

いわゆる「言われたことだけやっていればいいと思うな。」的な考え方が根底にはあります。


そのために、伝える側も受け取る側もしっかりとその内容を確認するということに慣れていません。

仕事を依頼するときも、結果としてほしい内容は何とか伝えたとしても、その結果を得るために経過しなければならない当然の手続きを伝えていなかったために失敗することがいたるところで見られます。

大事な場面では、暗黙の了解として当然の手続きを理解している人にしか仕事を依頼できなくなってしまいます。

これを、伝える側に原因があると思っている人はほとんどいません。

業界での常識や企業内での常識という、一般社会では関係のない暗黙の了解がいたるところにあるのです。

語順によるあいまいさを減らすためには、二つの方法があります。

ひとつは、なるべく省略しないと言うことです。

特に主語と述語ですね。

二つ目は、そのためにも、主語と述語を先に言うことです。


これらのことをやろうとするときに役に立つのが、外国語の文法です。

英語を参考するといいと思います。

英語の語順を参考にして、日本語で伝えればいいのです。

「君が、やりなさい。」で始まればいいのです。

あとは確認する内容ですね、それこそ5W1H(仕事上では2Hもありますね)を押さえておけば、できるできないの判断を含めてしっかり理解ができます。


5W1Hには主語も述語も含まれているのですが、一番先に確認すべきこととして「誰が、どうする」を明確に伝えることが必要になります。

日本語の習慣でいってしまうと、だらだらとやる内容や期限やその他の修飾語がついてきてしまい、誰がどうやるのかがぼやけてしまったり省略されてしまうことが起こります。

昔から言葉としてはよく言われていますね、「結論を先に言え。」ってやつですね。


二元論をベースとしてクリティカルシンキングを鍛えていく英語の感覚は、こういうことにはとてもよく似合います。

まず自分としての結論である、YES/NOがあって初めて、「なぜならば」が出てきます。

これが日本語の伝統的な語順に置き換わると、「なぜならば」が先に出てきてしまい、一番最後にYES/NOが出てくることになります。


うまく外国語のいいところを真似すればいいのですね。

日本語は、他の言語に比べてはるかに豊かな表現力を持っていますので、他の言語の文法に合わせて日本語で表現することが簡単にできるのです。

外国語を学ぶときのコツがここにあります。


人は母語として身についている言語以外の言語では思考することができません。

したがって、外国語を使う場合には母語でなされた思考を翻訳すると言う活動が行われます。

これは、バイリンガルの人でも同じことです。

バイリンガルの人は翻訳のスピードが速くなっていて、翻訳することを意識しなくてもすむ場合が多いだけのことです。


翻訳する言語の文法・構文に合わせて、日本語での表現をしておけばあとは単純に語彙の変換だけのことになります。

外国語を日本語に翻訳するときに、文章の頭から順番に翻訳していくと、日本語としての感覚としてはおかしなものになります。

しかし、感覚がおかしいだけであって、意味や論理は日本語としてしっかり伝わっているはずです。

つまりは、日本語として成り立っているのです。


その語順が、その言語における感覚なのです。

それに慣れてしまえば、あとは慣用句を理解するだけであっという間に使いこなせるようになってしまうのです。

日本語の文法における規制の緩さが、一番役に立つ場面です。


正確に伝えようと思ったら、そのための表現の仕方があるのが日本語の素晴らしいところです。

一部をとらえて、日本語そのものは「あいまいだ」などと訳知り顔で言っている人は、日本語の素晴らしを知らない人たちだと思います。

こんなことができる言語は、世界で日本語だけだと思いますよ。

本当によくできた言語ですね。

これを使いこなしている日本人は、本当にものすごい知的活動をしているのですね。




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