2014年5月4日日曜日

自然の中に心を映す技術

世界の他の言語と比べると、日本語はとてつもなく大きな言語です。

豊かな表現力とともに表現に使用する文字の種類だけでも、ひらがな、カタカナ、漢字を中心にアルファベットまでも使いこなしていきます。

文法における構文の規制もとても緩やかなために、使いこなせれば自由度が高くなりますが、使いこなせるようになるまでが大変です。


学校教育における学習言語である「国語」の習得においても他の言語に比べて長い期間を必要とし、10歳頃までは基本的な言語習得の期間となっています。

そのために、「国語」科での教育も、表現や伝え方の言語技術を習得することより書き取りや文章の読解が中心になっています。

言語を使って何かを表現する技術は、個人的に演劇部や落語研究会などの部活動でもない限りは学校教育ではほとんど身に付きません。


それでも読書という手段によって、様々な表現に触れることは可能となっていますが、ほとんどの人にとっては読解が中心となってしまい、自らが表現する機会はあまりありません。

学習言語の前提となる母語の習得においては、母親の言語が伝授されていますので、母親の持っている言語感覚はそれなりに伝わっていることだと思われます。


日本語の表現の特徴が象徴的に表れるのは、和歌においてです。

万葉集において和歌を表記するための文字として、万葉仮名を編み出した日本人は、和歌の技術的な発達にともなってひらがなへと進化させていきました。

和歌において表現されてきた典型的な内容は、自然を詠いながらもそこに自らの心情や相手の心情を映してきた技術です。

そのために言葉としては存在していたはずですが、敢えて濁点を表記することをせずに、一つの言葉に複数の意味を持たせる技術を積み重ねてきました。


自然の現象や音に心情を表す言葉を重ねて表現したリしました。

海の凪(なぎ)を詠みながら、そこに心情としての泣き(なき)を重ねてみたり、降る雪(ゆき)に思いとしての行き(ゆき)を重ねてみたりの技は見事というほかはありません。

やがては地名にも同じように、逢坂(あうさか)に会いたい気持ちを重ねてみたり、同音異義語だけではなく濁点の省略を生かした技術などを磨いてきました。


世界の言語の中でも圧倒的に音の数が少ない日本語は、話しことばだけ取りあげたらとても覚えやすい言語となっています。

それだけに、同じ音でも意味の違う言葉である同音異義語が数多く存在するという特徴を持っていることになります。

音だけでは伝える内容に正確さを欠く場合が出てきますので、表意文字である漢字を使いこなすことによってより精度の高い表現ができるようになっています。


和歌を自ら詠まない私たちであっても、母語の中の言語感覚として受け継いできているのです。

このことが文学小説や文章にも生かされているのです。

特に和歌の流れから近いものとしては、音楽があります。

四拍子を基本とした、七五調の音の並びは何とも言えない美しい音を作り上げます。

さらに、その中に自然を詠いながら人の心情を移す技術が一番生かされているのが歌詞ではないでしょうか。


淡々と情景のみを詠っている詞にもかかわらず、そこに作者の心情を読み取ることができる曲がたくさんあります。

同じ情景を表現することをしても、見ている人の心情に合わせて様々な表現方法が可能になっているのです。


日本の言語は和歌によって磨き上げられたものと言っても過言ではないと思われます。

音としては文字のない時代より伝承された「古代やまとことば」を受け継ぎつつ、表記としては万葉仮名から「ひらがな」の発展を遂げていきます。

三十一文字のなかで繰り広げられる世界観は、字数からは想像できないくらいに広大なものとなっています。

勅撰集の編纂においてテーマごとに集められた歌は、一種ごとは勿論のことですが編纂された和歌群においても編者の世界観を作り上げているものとなっています。


これからの時代は、和歌を継承ていくには難しい環境だと思います。

しかし、日本語の原点がここにあります。

一旦途切れてしまえば、二度と復活することは難しいでしょう。


川柳としての残し方もあるはずです。

和歌と川柳の違いが判らない人も多くなってきているのではないでしょうか。

もっと身近に和歌を感じることができる環境つくりが大切になってきます。

コピーライティングや標語つくりでは、今でも七五調が基本になっています。

日本人の心に一番訴えかける言語技術がここにあるのだと思います。


和歌を見直すことが、日本語の持つ言語技術の可能性を見せてくれる方法ではないかと思います。

どこかで「和歌から学ぶ現代日本語の表現技術」をテーマにした内容に触れていきたいと思っています。



ヒントは古今和歌集ですね。

昔から気になっている「古今伝授」という伝承方法が、単なる歌の評価とは次元の異なった何かを持っているような気がしています。

そこにヘブライ語との共通性でも見つけることができたら、さらに面白いことになるでしょうね。
(参照:やまとことばとイスラエル語




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