2014年4月13日日曜日

安心安全の場を確保する。

逃げ場のない子供が増えています。

学校でいじめなどに合っていると、学校の中に安心して過ごせる場がなくなってきます。

先生や保健室など学校の中で、安心安全を感じることができる場所があるうちは、いじめから逃れるきっかけを掴むことが可能です。

この状態である時を見過ごして、学校の中に安心安全な場所を失くしてしまうと登校拒否とならざるを得ません。

学校の中に、本人にとっての絶対安全な場を作ることなしに登校させることは、更なる苦しみを押し付けることになります。

自分は安心安全にための場を提供していると勘違いしている先生も沢山います。

先生が無条件で心を開き本人の全てを受け入れていない限り、自分が安心安全の場となることはできません。

教室に連れてきたり、登校させようとすることが本人から安全安心の場を奪っていることをわかっていないのです。


家庭も、何とかして登校させようとする限りは本人にとって安心安全の場になりません。

家にいる時は部屋に閉じこもるか、外へ出て家以外に安心安全の場を見つけようとします。

形だけでも、やりたくないことを受け入れてくれる無条件の受容を示してくれるところに惹かれますので、とても危険な状況であると言えます。


家庭や学校において、親や先生が世間体や周りの評価を気にせずに、無上の愛を持って本人を守ってあげることができるかどうかが大きなポイントになります。

普段から接している人間で、本人が絶対の信頼感を持っている人が理想です。

そのためには、普段から腹を割った会話ができていなければなりません。

相手の反応はどうあれ、自分から先に心を開き事故開示している姿勢こそが信頼感を抱かせるものです。

学校でも家庭でも安心安全の場を失くした子供は、逃げ場がありません。

子供達だけでなく、社会人になってからも同じようなことに出会います。

しっかりした企業の人事には、このようなことに長けた人材がいることが多いです。


多少の注意をされただけで、絶望感を持ってしまう若者がいます。

叱られ慣れていないのですね。

叱った後に必ずフォローしないと落ち込んだままになってしまいますので面倒です。

フォローしすぎると叱ったことをすっかり忘れてしまっています。

いくら愛情を持って叱っても、表面的に叱られたことだけで落ち込みますので、お互いに慣れていくことしか解決方法はないようです。


同じことを言う場合でも言葉を選ぶことが重要になります。

普段から表面的な付き合いが多いですから、冗談のつもりで言った言葉であっても額面通りに受け取りますので表現には本当に注意が必要です。

新入社員が配属された後の職場でも、メンター的に新人の担当者を決めることが増えています。

自分から積極的に先輩たちに話しかけることにストレスを感じる者が増えていますので、先輩から手を伸ばしてあげる必要が出てきているのでしょう。

自分たちが数年したら、後輩を指導する立場になっていき、自分から心を開くことを実践することになるんですね。


自分で自分の安心安全の場を確保しておくことはとても大切なことです。

家庭が安心安全の場でなくなっていることが増えてきています。

本音を語り合いながらも、そこに集うもの達にとって安心安全の場であることが必要です。

ソーシャルの中にそれを求めることも出てきています。

きっかけとしては否定するものではありませんが、やはりリアルで話をすることには敵わないものだと思います。

安心安全の場をどうやって持っておくのか、これからますます大切になりそうですね。






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