2013年11月24日日曜日

「いいわけ」考

ここ数日の間で「いいわけ」について話題にする場面が3回もありました。
何かが引き寄せているのかと感じたので、アウトプットしてみることにしました。

アウトプットすることによって、頭ではわかっていたつもりでも理解できていなかったことや説明のできなかったことがクリアになります。
また、発信するためにはあやふやなことを確認しなければいけないために、より深い理解につながります。

今回の「いいわけ」には気づきがたくさんありました。
日本語としての解釈が人によってこれほど違うのかといういい例にもなると思います。



まずは辞書的に「いいわけ」を見てみます。
筋道を立てて説明すること。
  ①自己の事情を説明して、弁解をすること。弁明。「いまさら―してもおそい」
  ②物事の筋道を説明すること。解説。
  
(言い分け)言葉を別々の意味に分けて使うこと。
過失・罪などをわびること。謝罪。

一番話題にしていたのは1-①のことです。
ここで弁解という言葉が出ていますが、これも確認しておく必要がありますね。

「弁解」は、失敗に対して、それにはやむをえぬ理由があるというような意で、自己を正当化するために説明すること。「言い訳」もほぼ同義だが、「弁解」より、話し言葉的。
とあります。

なんのことはないですね、「いいわけ」も「弁解」も同じことを言っているわけで、それぞれのことばの説明に言い換えとして使われています。



「いいわけ」についての会話の中で焦点になったことがいくつかあります。
一つは言い訳する対象です。
誰に対して言い訳をするのかということです。

命じられた業務(仕事)があり、それをやらない(または、かやらなかった)ことに対して理由付けするのがいいわけですから、命令者がいます。
「いいわけ」はその人に対してしているものと思われます。

ところが、具体的に命じられなくともやらなくてはいけないこと、やるべきことはたくさんありますね。
中には、人に命じられたものではなく、自分でやると決めたこともあります。
これもやらない時には「いいわけ」をします。
この時の対象は自分ですね。
「あれをやろうと思ったけど、〇〇のおかげでできなかったよ。」などど、聞かれもしないのに言っていることもありますね。

人に対しても、自分に対しても「いいわけ」をすることがあるようです。


もう一つの焦点がこれからやることに対しての、やらないという選択は「いいわけ」か、ということです。
やらなかったことに対して、その後からできなかった理由をつけることは「いいわけ」として意見が一致しました。
しかし、これからやることに対して、「〇〇の理由でやりません。」ということは「いいわけ」になるのかどうかということです。

たとえば、
デートの約束がある日に翌日のプレゼン資料の急な修正が入って、残業しないととっても間に合いません。
「頼むぞ。」のひとことはありますが、さあどうしますかということです。

その場のその時の状況において、将来まで見越した時に、どちらを選択することが自分にとって利益・メリットが大きいかで判断しないでしょうか。
場合によっては刹那の楽しさや瞬間的な快か不快かを判断の材料としていることもあるかもしれません。
自然とこのような判断をしていないでしょうか。

この時の選択しなかった方にとっては、「いいわけ」となっていないのでしょうか。

これは話していても結論が出ませんでした。
相手にとっては「いいわけ」と取られるかもしれませんが、本人は選択・決断という過程をしっかりと踏んでいる以上、そんな意識はないのではないかとも思われます。


さらに、もうひとつの焦点があります。
「いいわけ」をしている時点で、やらなければいけないことであることを意識しているはずであるということです。
やらなければいけないと分かっているから、やらないことの「いいわけ」をするわけで、やらなければいけないと思っていなければ「いいわけ」の必要がないことになります。

つまりは、
「いいわけ」が出ることだけで、やることの重要性とやらなければいけないことであるを十分に認識していることになります。

もっと言えば、
やらなければいけないのに、やれない自分がいることを分かっているのです。
それを認めることが怖いので、「いいわけ」をするのです。
やれない自分を正当化するための理由を、自分以外に見つけようとするのです。

やれなかったと思うから、どこかにその理由があると考えます。
その理由を「いいわけ」として、理屈付けしようとします。


では、
自分がやれなかったのではなくて、やらなかったと考えたらどうなるでしょうか。
周りの理由ではないのです。
やらなければいけないことが分かっているのに、自分の意志でやらなかったとしたらどうでしょうか。

やらなかった理由・原因が必ずあるはずです。
やることがあったのに、急に飲み会が入ってしまったとしましょう。
飲み会に行くにはそのための理由が必ずあります。


飲み会で楽しく会話して飲んでいる姿が楽しく浮かびます。
楽しい時間が過すごせるという具体的なメリットがあります。

ところが、やるべきことは今日でなくてもいいのです、自分が今日やろうと決めただけです。
これをやったからといって、具体的に目の前で何かのメリットがあるとは思えません。
将来の独立へ向けての計画を少し見直そうと思ってやろうとしたことです。

本当に考えないと、目先の具体的なメリットに引っ張られます。
ところが、自分が本当に欲しいものは一日も早い独立と安定収入です。
これは、日々やらなければいけないこととメリットが簡単には結び付きません。


結果を出している人はほとんど「いいわけ」をしません。
その理由がわかってきました。
その場その場で決断しているからです。
本当に欲しいものがしっかりしていてブレないからです。

彼らも急な飲み会にも行きます、私たちよりもやらなければいけないことはたくさんあります。
彼らは「今日は飲み会に行く」と決断します。
そのために、やらないことを決めます、延期することを決めます。
そのために自分が本当にやりたいことに対しての時間というコストが増えることを覚悟します。

ですから、
やらなかったことに対しての「いいわけ」はしません。
自分の意志としての決断で飲み会に参加します。
ですから、思い切り飲み会を楽しみます。


私の結論を言うと
「いいわけ」は「自分でやらなかったことを正当化するために、自分以外のものに責任転嫁すること」になります。
これで切り抜けてきた(と、思っているのは本人だけでしょうね)ことがたくさんあるので、反復から癖になっているところまで来ているようです。
常に気をつけないと思わず「いいわけ」が出そうです。

しばらくは意志の力を借りて「いいわけ」をしたり考えたりする暇があったら、本当にやりたいことのためにもう一歩を進めたいと思います。
これが習慣になってくれるまで、意志の力に頑張ってもらいましょう。