そもそも日本語について興味を持ち始めてのは、曲を作るようになって伝える言葉としての「やまとことば」の素晴らしさに気付いたからでした。
やがて日本語の成り立ちが見えてきました。
そして、他の言語と比べたときの日本語の素晴らしが見えてきました。
さらに、その素晴らしに使っている本人が気づいてないことがわかってきました。
この素晴らしが生かされていない教育の現実も見えてきました。
いま、この素晴らしき言語を使って身につけるべきことが個人任せになっている現実があります。
人の生き方が大きく変わってきています。
そこそこの学校へ行って、そこそこの会社に入って定年を迎えれば、退職金と年金で死ぬまで何とかなるといったストーリーは完全に消滅します。
この変化は急に起こったのではありません。
最初の変化は富の配分の差に出ました。
そこそこでは死ぬまでの保証ができなくなりました。
そのために、より良い学校へ(世間的な受けが良いという意味)、より良い会社へ行かないとまともな老後をすごせなくなりました。
親から受け継ぐ財産がある場合は幸運ですが、そうでない場合は業績の安定した企業・組織で最低20年以上の在籍で定年を迎え、しっかりした制度に基づいた退職金を出せるところに属さないとストーリーが破綻するようになりました。
そのためには、そういう企業に入りやすい大学に行くことが教育の目的になり、そのための競争が激化しました。
常に篩(フルイ)に掛けられることの連続で、最後まで篩の中に残ったホンの一握りの者だけが満足のいく老後を送れる世界ができました。
それでも、年金制度のおかげで最低限の安定した生活の保障はありましたが、それも崩壊している最中です。
世界経済の安定的な発展に対応してきた企業・組織はその実績の安定による雇用の安定がありました。
これが壊れました。
もはや、年金でまともな老後生活はできません。
退職金は減る一方です。
それ以前に企業・組織の業績が安定しなくなったために、定年まで勤めること自体が難しいことなっています。
更に、企業・組織そのものの存続がきわめて不安定な状態です。
つまりは、年金と企業実績に頼った人生設計はもう成り立たなくなったということです。
今までは普通に生活していれば会社と年金によって、家庭をもって子供を育てて死ぬまで暮らしていけました。
年金制度が破綻した今は、家庭をもって子供を育てて死ぬまで暮らしていくためには二つの方法しかありません。
起業・組織に勤める中で勝ち残って、死ぬまでに必要な経済的基盤を確保できる立場を獲得するか、企業・組織に頼らず自力で確保するかです。
安定的な経済環境が見込めない中で、どちらも不安定さについては同じだと言えるでしょう。
もはや、企業・組織に構成員一人ひとりを守る機能は存在しません。
新たな貧困層が大量に生まれることになります。
この時代に子供を持つことは、本当に勇気がいることです。
親世代は今の生活基盤の延長で何とか生き抜けたとしても、子供たちが生き抜ける可能性は決して高いとは言えません。
今の親世代の生活基盤よりさらに不安定になると思われます。
たった一つだけ未来を託す子供たちに伝えるべき道具があります。
自立していく人間として一番必要な道具です。
今の親世代に一番欠けているチカラです。
日本語をしっかり使いこなすことと、「聞くこと話すこと、表現すること」です。
日本語はおそらく世界で一番表現力の豊富な言語です、一番大きな言語と言えます。
思考は言語で行います。
母語として日本語を持つ者の思考は世界で一番大きな思考です。
「モノ」中心の欧米の言語指向に対して、 「モノ」にも対応しながら基本に「コト」指向を持つ言語です。
世界のあらゆる言語をもつ国との交渉も増えるでしょう。
瞬間自動翻訳は目の前にあります。
コミュニケーションのために相手の言語を覚える必要はなくなります。
英語についても同じです。
日本語の方がはるかに大きな言語ですから、自動翻訳に適した日本語で表現すればよいだけです。
子供たちに伝え残すべきことは、相手の意見や考えを引き出す「聞くこと」であり、自分の意見や考えを精確に「話すこと」であり、相手の存在している状況にあわせた「表現すること」です。
今の教育制度の中では教えてくれないことです。
それぞれの内容については是非「国語教育の問題について」をご覧いただきたいと思います。
今の経済環境において子供を持つことは本当に覚悟が必要だと思います。
その覚悟のもとにこの世に生を受けた子供たちに、私たちは未来を託します。
せめて、彼らが一日も早く自らの足で道を開けるように、生きていくために一番必要なチカラを伝え残していきたいと思います。
私たちの手で生きるパターンを壊してしまった責任を少しでも果たすために、また自分たちのチカラでもっとよりよく生きる道を開いてもらうために、そしてこれらのことに気がついてしまった者としてやらなければならないことがあると思っています。
この時代に覚悟をもって子供を持っていただいたご家族を、できる限り周りの人達でサポートしていかなければいけないと思います。
そのための道具を少しでも多く発信していきたいと思います。