2013年5月5日日曜日

語感のよし悪し

日本語には表現するための文字がたくさんあります。

漢字、カタカナ、ひらがな、アルファベット・・・

近年はアルファベットの浸食に伴ってカタカナも新しい言葉がどんどん増えています。

日本語を母語とする私たちは、特に意識することもなく感覚的に漢字、カタカナ、ひらがなを使い分けています。


書かれたものから意味を受け取ることはできても、ときどき漢字とひらがなとカタカナのバランスが悪いなと思う文に出会うことがあります。

作家の作品でも漢字が多くて読みにくいものや、ひらがなが多すぎて意味のつかみにくいものがあります。

漢字とひらがな、カタカナのバランスの良い文はとても読みやすいでし、すっと頭に入ってきます。

中には声に出したときの音にまで注意が払われており、とてもリズムよく読み進むことができるものすらあります。

この、漢字とひらがなやカタカナの使い分けのことを語感と呼んでいます。


語感は一人ひとり異なりますのでこれでなければダメというものはありません。

同じ日本語を母国語としていても一人ひとりの母語が育った環境で異なるように、語感も一人ひとりの感性で異なります。

世代によっても異なるでしょう。

今の若い人たちのメールのようにカタカナと絵文字がたくさんあるような文を、語感がよいと感じるおじさんはほとんどいないと思います。


物を書く人は読んでいただくことが仕事ですから、語感を磨いて作品を仕上げないといけません。

その表現の仕方も平均的な語感を持った人をターゲットとするのか、一部の独特な語感を持った人をターゲットとするのかで変わってきます。

特に歌詞を作る場合は文字だけでなく音もついてきますから、訴えたいまたは売りたい層に合わせた語感がより重要になってきます。

40代後半の作詞家がアイドルの曲を書いてヒットしている状況は、曲のおかげもあるでしょうが語感がその世代に受け入れられているからだといえるでしょう。

私も時々曲を作って詞を書きますが、聞き手の語感までは考えていませんでした。

自分の語感で磨き上げるのが精いっぱいですね。

結局、同世代にしかうけないものになってしまうのかな?


自分の語感に照らしてとてもよい文が書けたとしても、読み手が同じ語感を持っているとは限りません。

標準的な語感は小学生のころを中心に全国ほとんど同じ教科書で習ってきたころに身についていますから、極端な違いはないと思います。

語感の違いはその後の環境でどのような言葉を使う世界で生活・仕事をしてきたかによって生じてきます。

学生のころから演劇に打ち込んできた人と研究の世界で論文を読んだり書いたりばかりしてきた人とは語感が異なります。

アナウンサーと新聞記者では語感が異なります。

その中でも一人ひとりの語感がさらに異なるのです。


せっかくのアイデアも語感が悪いためにきちんと伝わらなければ何にもなりません。

誰に読んでもらうものかやその書き物の目的(公文書、報告書、顛末書・・・)によっても語感が異なります。

様々な書き物に触れながら、自分の好きな語感を確認してみてください。

日本語は一人ひとりの物です。

これが日本語ですと型にはめられたものはありません。

日本語で遊んでみませんか?


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