2013年11月20日水曜日

「失敗」という言葉の使い方

皆さんは「失敗」という言葉にどんなイメージを持っているでしょうか。
ほとんどの人は、あまり前向き(ポジティブ)なイメージを持っていないと思います。

何かをやって失敗してしまったとなると、すぐに出てくる言葉が「責任」とか「誰が」とかになりますね。
会社なんかですと「報告」「顛末」「処分」「評価」「降格」まで浮かんできますね。


失敗というのは単に、望んだ通り(狙った通り)の結果にならなかったということです。
望んだ通りの結果になったことをして「成功」と言いますから、それの反対ですね。
失敗というのはそれだけのことです。
単なる現象に対するとらえ方の一つです。

現象として望んだ通り(またはそれ以上)の結果のことを「成功」と呼び、望んだ通りにならなかった結果のことを「失敗」と呼んでいるということですね。

したがって「失敗」そのものには前向きも後ろ向きもありません。
自動車事故があった時に、加害者というのか被害者というのかと同じことです。

ただ、そのことから想像される以後に起きるであろうことが、感情的に「快か不快か」のどちらに近づくかによって、イメージの善し悪しが起こると思われます。
失敗という言葉からはそのあとに起こることが不快なものばかり想像されるので、失敗という言葉自体に後ろ向き(ネガティブ)なイメージがついてしまいます。

過去に自分がした失敗によってもたらされた、不快なことが思い出されるからです。
また、
不快なことばかりもたらされたことを「失敗」として記憶しているからです。


「失敗」という言葉が、ポジティブなイメージを持てないもう一つの理由としてはこんなイメージを持ってしまうこともあるからです。
「失敗」=「成功」するための正解を見つけ出すことができなかった。

私たちは今までの経験上、問題解決のためには正解が存在すると思い込んでいます。
一番多くこなした問題解決は試験問題かもしれません。
ずっと試験による評価を受けて続けてきました。
そこには必ず正解が存在していました。

正解があって〇☓が付けられないと、評価ができないからです。
評価するためには正解があることを問題として取り上げる必要があるのです。

こんな環境で数十年生きてきた私たちは、どんなことについても必ず正解が存在すると思っています。
「成功」するための正解が必ずあると思っています。

ですから、
失敗した時には、その正解を見つけることができなかった自分の過去の行動を後悔するのです。
何故、もっといろいろなところを検索できなかったのか、聞く相手が違っていなかったか、ほかのキーワードはなかったか。
そして、時間が足りなかった、情報が足りなかったと嘆きながら同じことを繰り返していきます。


その様なイメージが積み重なって「失敗」ということはとんでもない悪いこと、やってはいけないこととして染みついてしまっています。
特に格式ばった大きな組織では、失敗した者を排除することによって組織を維持しているところも多いです。

「失敗」に対しての恐れや不安は簡単にはぬぐえないものだと思います。
 

このことが行動に待ったをかけます。
失敗をしたくないから、正解を探しに行きます。
必ずどこかに正解があると思っていますから、見つからないのは自分の探し方が悪いからだと思います。
探し方を学んだりしながら、時間ばかりが過ぎていきます。

知らないうちに時間がたって問題を問題として意識しなくなり、そのことについて失敗する必要がなくなりました。
自分では時間を使って、いろんな検索を身につけていい経験になったなどと思っています。

結果は何にもやってないのです。
時間を無駄にしただけです。


「失敗」という言葉を平気で使って、悪いイメージを持っていない人たちがいます。
早く「失敗」をしないと困る人たちがいます。
同じ「失敗」という言葉を使っていても、意味と使い方が全く違う人達がいます。

この人たちは「失敗」をしないと前へ進めないのです。
少しでも早く「失敗」をして次のことをしたいのです。
そこで「失敗」をしないと次のことができないのです。

「失敗」なしで、何かができることはないと分かっています。
やろうとすることに「正解」がないことを分かっています。
行動して修正して、行動して修正していくことが「成功」することだと分かっています。

彼らにとっては失敗することが必要なのです。
少しでも早く失敗したいのです。
そこからしか、次にやることが出てこないのです。


彼らと話をしていると「失敗」という言葉がたくさん出てきます。
でも彼らの中では「失敗」という言葉はネガティブなイメージではないのです。
一緒に話していても、私には「失敗」はネガティブなイメージを含んで入ってきます。

話しているうちにどうなると思いますか?

彼らは「失敗」という言葉を使いながらも、どんどんポジティブに成功のための道を走っていきます。
私は、「失敗」という言葉からネガティブなイメージが導かれ、不快な言葉が引き出されて、不快な感情が残ります。
一緒に話していても、モティベーションが全く異なってしまうわけです。


これを解消するために、自分の中で「失敗」がポジティブワードになりきるまでは置き換えることを決めました。
「失敗」⇒「検証」と置き換えています。

「検証」と対になっている言葉は「仮説」ですね。
「仮説」は自分の頭で考えた「正解」に一番近いと思うものです。

「正解」は世の中にないのですから自分で「仮説」を考えるしかないですね。
「仮説」が上手くいくかどうかなんてわからないのですから、行動してやってみて「失敗」するしかないですね。
「失敗」で「検証」して、「仮説」を修正して新しい「仮説」を作っていくしかないですね。
成功するまでこれを続けていくしかないですね。


「失敗」という言葉を平気でたくさん使っている人たちは、毎日こういうことだけをやっていたんですね。
私の場合は「検証」という言葉に置き換えることによって、かなり気持ちが楽になってきました。
むかしから好きだった実験の感覚で向き合えるのがいいと思っています。

私にとっての「失敗」という言葉はかなり重いネガティブワードで、このことが他のネガティブ要因をズルズルと引き出してくる力があります。
自分にとっての元気の出る言葉を意識していつも使うことは大切ですね。
気持ちひとつで、行動が変わりますね。