2013年6月14日金曜日

「正しい日本語」はない?

こんなブログを書いているものですから、最近こんなことを聞かれます。

「正しい日本語はどう使えばいいのでしょう。」

私にもさっぱりわかりません。(ガリレオの福山風に!)

正しい日本語とはどういう日本語なのでしょうか?

そもそも正しい日本語と言うものが存在するのでしょうか?


日本語という表現は標準語から方言まで外来語を含めた総称であって、これが日本語ですと言ったものはありません。

「正しい日本語」という言い方をすると、ほとんどの人はまずは標準語を思い浮かべるのではないでしょうか。

標準語のなりたちは、日本が戦争に向かっていったときに各地方から集まった兵隊さんが、方言ばかりで言葉が通じないと命令が徹底しないので標準の言葉を持ちましょうとしてできたものです。

この標準語を全国に広めるために日本放送協会(NHK)がラジオ放送等を通じて大きな役割を果たしたことはご存じのとおりです。


では、標準語が正しい日本語であってそれ以外は正しい日本語ではないのでしょうか?

勿論そんなことはありません。

方言であっても正しくない日本語とは言えません。

正しい日本とはどんなものなのでしょうか?

たぶん存在しないのではないかと思います。


あえて言えばこんなことは言えるかもしれません。

使ったらおかしい使い方の言葉があるので、それを外せばすべての言葉が正しい日本語です。

言葉は生き物ですから常に変化しています。

昔はダメだった、間違っているとされた使い方が、今では当たり前になっているものもあります。

たとえば、昔は「絶対に」という言葉は下に「~ない」という否定語が来なければ使えない言葉でした。

「絶対に買ってはいけない。」のような使い方ですね。

最近では「これ、絶対に買いです。」という使い方もありますよね。

同様に、「とても」という言葉も「とても我慢できません。」のように否定の言葉とともに使われていました。

「とても少ない」とは言いましたが「とても多い」とは言わなかったのですね。

でも今ではこの「とても」という言葉はとても便利なので、わたしもとてもたくさん使っています。


このように言葉の使い方は変化していきます。

今はこの「絶対に」や「とても」の使い方を間違っているとは言えないと思います。

特に若い人たちがわざと今までと違った使い方をして言葉を遊ぶことはよくあることです。

これだけ情報があっという間に拡散する社会となって、若い人たちの言葉がいつの間にか定着していくことは十分あることです。

元の使い方をわかっているから、わざと違う使い方をした時の面白さがわかるのだと思います。

言葉の使い方は世代によっても変わっているところがあると思われます。


以上のことから、「正しい日本語」は存在しないと言ってもいいのではないでしょうか。

方言や業界用語を含めて一人ひとりの母語という感性に照らし合わせて、気持ち悪いかそうでないかで判断していいのではないでしょうか。

一人ひとりの母語は育った環境が異なる以上、少しずつ微妙に違っているはずです。

その総体が日本語であって、そこには正しいとか正しくないとかはないのではないかと思います。




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