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2016年1月7日木曜日

今年の目標、どのように表現しますか?

そろそろ正月気分も抜けてくるころではないでしょうか。

今年の目標を新たにした人も多いことと思います。

せっかく立てた目標ですが、どのように表現していますか?


書いて張り出したりメモしておいたりしている人もいるのではないでしょうか。

書き打された目標はどんな表現をしているでしょうか。


私などは、目標を立てることがとても苦手です。

目標という言葉を聞いただけで拒否反応が出てしまうくらいになってしまっています。

それは過去の経験によって刷り込まれてきてしまったことなのです。


目標を立ててその目標を達成していくという活動に対して、二つの反応があるようです。

簡単に言ってしまえば、肯定的な反応と否定的な反応となるのではないでしょうか。


目標を立てて達成していく活動に対して特に意識をしなくとも当たり前に行なえる人と、そうでない人がいます。

何かを成し遂げるための方法として目標を立てて達成していくことを唯一の方法として教え込まれた結果の反応なのです。

更には、本人が持って生まれた気質といったものも影響を及ぼしているとも言われています。


実際の生活においては持って生まれた気質が影響を与える場面よりも、後天的に教育や経験によって植え付けられたことの方が大きな影響を与えていると思われます。

目標を立てて達成していくという活動に対しての反応を肯定的に受け入れて適応できているタイプのことを目標志向型と呼び、うまく適応できていないタイプのことを状況対応型と呼ぶことがあります。
(参照:目標志向と状況対応

目標の立て方の上手い下手に大きく影響を与えることになります。

目標志向型は現実的な目標を立てることが上手で目標の達成レベルをいじることが得意です。

達成過程よりも達成することそのものに興味があり、夢のようなできるかどうかわからない様な目標を設定することを嫌います。

達成した実感を持つことができる具体的な目標を上手に設定し、何よりも結果を手に入れることに対して興味を示すことになります。


必然的に、今までの経験においても設定した目標はほとんど達成をしてきており、目標は達成するために設定するという感覚を持っています。

具体的に達成したと実感できる目標として設定することが得意ですので、できた出来ないの自己判断が簡単に明確にできる目標を設定することができるのです。

したがって、設定される目標は実現可能性が高い具体的なものが多くなっています。


反対に、達成に至るための経過や手段方法についてはあまり興味を示さない傾向があります。

いくつかの方法が存在するとしたら、迷うことなく最短最速と判断できる方法を選択していきます。

達成に至る時間とコストの関係を無意識のうちに感じており、より早くより良いコストパフォーマンスであると判断できればどんどん前倒ししていくことになります。

一般的に見れば、目標を設定することが上手く、しかも確実に達成していくことになります。

反面、その目標は現実的であり安定感・確実性がありますが、大きな変化は望めなくなります。

短期達成可能の目標設定に優れており、過去からの継続性の上で成長していくためには欠かせない能力となっています。


一方、状況対応型の目標設定ははっきり言うと下手くそです。

時間とコストの感覚を持った現実的な目標を設定することがとても苦手です。

過去において、大きな目標を描きながらも達成できていない経験をたくさんしています。

実現可能な短期の現実的な目標を設定して達成したとしても、満足感や達成感を味わうことができないのです。


教えられたり求められたりしているのは目標志向型の方法であることを理解しているのですが、実際に行なうことは極めて苦手なのです。

唯一の成功成長のための活動として目標志向型の活動を叩き込まれ理解はしているのです。

何度も実際にやってきてはいるのですが、本質的な納得感や達成感を得ることができないのです。

一般的には結果の出せない者としての評価を受けることが多くなります。


目標がないのかと言うと決してそうではないのです。

本人が持っている目標が目標志向型の設定する目標とは違ったものとなっているのです。

それは、人としてどうありたいかとかどのような生き方をするのかといった具体的な達成基準を明確にできない抽象的なものが多くなっているからなのです。


それでも現実社会においては目標志向型の活動をしなければ評価がされませんので、しかたなく目標志向型を装うことになるのです。

状況対応型は目標の達成そのもの対してはあまり興味がありません。

その過程における状況変化に対応していくことに興味の中心があるのです。


目標達成の活動をしていけば必ず活動環境が変化していきます。

日々刻々と環境は変化してることになります。

その変化し続けている環境に対して適応していくことに最大の関心と興味があることになります。


偶然に出た結果やラッキーで起こった結果では達成感を味わうことができないのです。

短期の具体的な目標を達成してもしなくても常により大きな現実的ではない目標を持ち続けていることになります。

現実的な目標は環境の変化に適応して常に変化する方がいいという感覚を持っています。


決まりきった業務で活動している企業ではとても苦しい活動環境であるということができます。

時間的な縛りのない納得感の積み重ねができる環境が必要であると言えます。

企業人よりも研究職などに向いているのかもしれませんね。


目標志向型の傾向が強い人は、機会あるたびに期限を定めて目標を設定することが向いていることになります。

状況対応型の傾向が強い人は、無理に目標志向型を真似ようとすると自己嫌悪にになる可能性が高くなります。

自分御持っている基本的な感覚と活動パターンに合っていないからです。


今の日本社会は、アメリカ型の徹底した目標志向型の社会となっています。

企業の活動も国の運営も教育もしかりです。

その中で、状況対応型の人は自分本来の感覚に逆らった生活をしていることになります。

世界でも有数のストレス社会である日本は状況対応型がかなり多いことを示しているのではないでしょうか。


状況対応型の人は無理に目標を立てない方がいいですよ。

期限を切った具体的な目標を立てる行為そのものがストレスになっているはずですから。

目標を立てるのが嫌いだなと感じたら、結果よりも過程の方に興味があると感じたら目標の表現方法を変えてみることをお勧めします。


人に見せるものではないのですから、自分で目指したいものを表現すればいいのです。

環境が変われば目標も変わっていいのです。

日々変化する環境のなかで適応していくことによって磨かれ続けていく自分を感じることができればそれでいいのです。

そのために目標が必要であれば変化することを前提に設定してみるだけいいのではないでしょうか。


持っている基本的な感覚によっては期限を切った具体的な目標がかえって本来の活動を見失わせることがあることを知っていただけるといいと思います。

わたしは、自分が状況対応型であるとわかっただけで随分と気持ちが楽になりました。

更には、目先のことに積極的に取り組めるようになりました。

あなたは、どちらですか?



2015年3月30日月曜日

偽りの目標症候群

日本語が持っている基本的な感覚では、高い目標を掲げてそれに向かって努力することが苦手になっているようです。

高い目標を掲げて、それに向かっての最短距離を走ることは、欧米型言語の感覚の得意とするところのもののようです。

脳の感覚は、幼児期に習得した母語によって決まってしまいますので、そのあとにどのような言語による感覚を植え付けようとしても、基本的な感覚と機能は変えることができないようです。


自然界に存在する様々な音を言葉として聞き取る感覚は、欧米型言語にはないものですし、日本語の大きな特徴ともなっているものです。

欧米型言語を母語とする脳と日本語を母語とする脳では、その感覚が根本的に違っていると思った方がよさそうです。


日本語の感覚の基本は、自然環境との共生のために自分を変化させて適応していくことなっていますので、欧米型言語の感覚である自己を確立し環境に対しての影響を強めていこうとするものとは対極の感覚にあります。

日本語の感覚では、高い目標を掲げてそれに向かって努力することよりも、日々行なっていることを少しでも上手くやる工夫をするために努力をしていくことの方が向いているのです。

日々やっていることは一つだけではありません。

いろいろな活動をしていますが、そのすべてを上手くこなしていきたいのが日本語の感覚です。

現実にやっていることの改善を繰り返しながら、全体をレベルアップしていくことの方が感覚的に合っているのです。

ですから、大きな目標のために何かを切り捨てて集中するということに対しては感覚的に拒否反応が現れることになります。

無理に言い聞かせて、そのような活動を続けているとストレスが蓄積していくことになります。


現実離れした大きな目標にはさらに違和感や不自然さを感じることになります。

無理にそのような目標を設定すると、実感が伴いませんので、脳は高い目標を掲げただけで満足してしまいます。

結局、絵に描いた餅にもならなくなってしまうことになります。


日々行なっている活動から直接つながるような目標でないと、目標として設定しても長続きはしないのです。

日々行なっている活動は、人によってさまざまですし、何種類もの活動をしています。

日本語の感覚としては、一つの活動が上手くいけば他の活動はどうでもいいというわけにはいきません。

全ての活動が上手くいくように努力するのが日本語の感覚です。

とても欲張りでもあり、真面目なのです。


何か一つの活動に目をつけて、他者より優れていることを探して、そこだけを評価の対象とすることができる欧米型言語の感覚とはかなりの違いがある部分です。

結果として、欧米型言語の感覚では、人の評価がある一点のアウトプットに対してだけでもできることになり、日本語の感覚では全人格的な評価としてなされることになります。


多くの新入社員が誕生する時期になりました。

「経営者としての視点を持ってください。」などという挨拶をする馬鹿者が毎年必ずいます。

日本語の感覚では、そんな視点は経営者が持てばいいのです。

経営者となる人が自然と身につければいいのです。

新入社員が経営者の視点を持って何をするのでしょうか。

経営者と意見を言い合うのでしょうか。

経営者としての活動をするのでしょうか。

そんなことができるわけがありません。


どうも現実の活動から離れた浮ついた話が多くなってきているように思われます。

ニュースになっている事件も、現実離れしたものが多くなっているのではないでしょうか。

日本語の感覚は、すべて現実がスタートであり、現実をしっかり認知することが原点です。

迷った時に必ず戻ってこれるところです。

すべてを捨てて挑戦することは、憧れがあったとしても現実的ではないことを感覚として理解しているのです。


何かをやろうとしたときに、最低最悪の場合を想定して備えておくのが日本語の感覚です。

上手くやるためにあらゆるものを利用し必ずやり遂げようとするのが、欧米型原語の感覚です。

企業の活動原理やマネジメントにおいては、ほとんどが欧米型言語の感覚でできています。

学校教育の中身についても同様です。


純粋な日本語感覚は、日々ストレスの中に晒されていることになります。

違和感と不自然さとストレスを抱えながら活動していることになります。

圧倒的にうつ病患者や新うつ病の率が高い日本は、持っている感覚と違うことを無理にこなしていることからきているのではないでしょうか。


母親から子供に伝承される母語としての日本語も、少しずつ欧米型言語の感覚に侵略されているものと思われます。

感覚の違いが個性であると言えます。

様々な個性があってこそ、人と協力する意味があることになります。


日本語の持っている感覚について、もっと知ってもっと楽に活動をしてもいいのではないでしょうか。

偽りの目標は掲げているだけでも、ストレスになりますしプレッシャーにもなります。

そんなものに振り回されるよりも、現実的に今の活動をもう少しは早くやることを考えたほうがよさそうですね。