このブログでよく取り上げている資料に現存する最古の「いろは」があります。
大東急記念文庫に保存されている、1079年に書かれたとされる「今光明最勝王経音義」の写本がそれになります。
あくまでも写本ですので誰かが原本を書き写したものです。
原本の再現性についてはどこまで忠実になされているのか疑問が残りますが、経典の解説書を写したものですのでそれなりの知識教養のある人が書き写したものであると思われます。
これ自体を疑ったらきりがないと同時に、現存する最古の史料とされていますので確認する術もありませんので、あらゆる「いろは」の研究がこの資料を基にしているところでもあります。
これをわかり易く表記したものが以下のようになります。
この「いろは」は文中で使われている文字の凡例として使用されているものです。
主に使われている文字が大きな字で書かれており、同じ音を表す異なる文字が小さな文字でその下に書かれていると思われます。
大きな文字だけを抜き出すと以下のようになります。
仮名の元になった漢字を字母と呼びますが、仮名にもひらがなとカタカナの二種類があります。
ひらがなは字母を草体化しながら漢字の全体を崩したものであり、カタカナは字母の一部を利用して簡略して記号化したものと言われています。
現行の仮名が定められたのは明治以降ですが、その時点で元となる字母も定められました。
それ以前には変体仮名と言われる同じ仮名であっても異なる字母を持つものがいくつもありました。
基準が定められたことによって変体仮名という呼び方ができるようになったものであり、それまでは同じように扱われていたものと思われます。
この主な文字だけを抜き出した「いろは」にどうしても気になる文字があります。
字母としての漢字が並ぶ中で一つだけ仮名の「へ」があるのです。
この「へ」はひらがななのでしょうかカタカナなのでしょうか。
はたまた、なぜ「へ」だけ仮名で書かれているのでしょうか。
「へ」の字母はひらがなもカタカナも同じで「部」とされています。
「部」は平安時代にもよく使われていた文字であり、略されて「阝」だけで使用されている例も多く見つかっています。
カタカナとしては部首のオオザトの「阝」が略されて「へ」になったとされていますが、ひらがなとしても略して使われていた「阝」が元になったっと言われています。
つまりは「へ」はひらがなもカタカナも字母も同じなら仮名も同じということになります。
ひらがなとカタカナで同じ文字は「へ」だけです。
「リ」と「り」は同じ字母の「利」ですが、カタカナは右側のツクリだけを利用し、ひらがなは文字全体を略したために違った文字として扱っているようです。
最古の「いろは」のなかで使われている文字のなかで唯一の仮名が、ひらがなとカタカナで同じ文字である「へ」であることは無意味だとは思えないのです。
「へ」の下にある同音の説明にも「反」という漢字が見えるのです。
「へ」を漢字とは異なる文字の仮名という認識をしていれば、わざわざこの一字だけ仮名を使用することを避けようとするのではないでしょうか。
「今光明最勝王経」は経典ですのですべてが漢字で書かれています。
原典には「へ」は存在していないので、経典を解説するための日本語に訳そうする文章に「へ」が登場していることになります。
「へ」を仮名であると意識していれば凡例である「いろは」にわざわざ使用するでしょうか。
四十七文字の中に一つだけ存在する仮名はそれだけで気持ちの悪い物にならないでしょうか。
「反」を使ってすべて漢字で表現しようする方が自然ではないでしょうか。
カタカナの「ア」の字母は「阿」となっています。
コザトヘンの「阝」を使って「ア」となったことは理解しやすい変化ではないでしょうか。
「部」の「阝」を使って「ヘ」となったことは、「ア」と比較したときにあまりにも無理があると思うのは私だけでしょうか。
同じように「キ」(幾)、「シ」(之)、「ワ」(和)などもかなり無理があるように感じています。
その中でも唯一、ひらがなとカタカナで同じ文字である「へ」が最古のいろはに漢字と同列で表記されていることはどうしても偶然であるとは思えなくなっています。
ひらがなとカタカナは瞬間に区別できる必要がある文字だと思います。
その中で全く同じ文字があることは、二種類の役割の違う仮名の存在に対して「?」とならざるを得ません。
「へ」はひらがなとカタカナに共通する何かを持った特殊な文字ではないのでしょうか。
しかもそれは、漢字と同等にも扱われて表記されるような意味を持った文字ではないのでしょうか。
そう考えると、不思議なものに出会った時に発する「へ~」という音も何か関係しているような気がしてきます。
「へ」は「は」と同じように使い方によって二つの音を持っています。
方向や目的を示すときの助詞として使われる「へ」は「西へ行く」のように「エ」という音になります。
「は」が「私は」と使われるときには「ワ」という音になるのと同じように複数音を持っているのです。
他の文字にはないことです。
最古の「いろは」に登場する唯一の仮名である「へ」はいろんなことを想像させてくれますね。